第56話 「植竜」

 始めからこうしておけばよかった。

 風景が凄まじい勢いで流れる。


 何をしているか言えば<飛行>を使って高速で飛んでいるのだ。

 <風盾Ⅰ>で空気抵抗を防いでいるので、顔がみっともない事にならずに済んでいる。

 あの種を飛ばしてくる花は初弾発射まで若干のタイムラグがあるので反応されるより早く通り過ぎてしまえば問題ない。


 実際、花が俺に反応して蕾を開こうとする頃には俺は射程外だ。

 馬鹿正直に全部相手にする事は無い、無視できる奴は無視だ。

 それにしても花が多い。奥に行けば行くほど花が増えていき、今では花で埋め尽くされている。


 ……いや、これ無理じゃないか?


 正面から行って勝てる気がしない。

 それにしても結構な時間飛んでいるが、いつになったら一番奥に辿り着くんだ?

 もう視界に花しか入らなくなりそうになった所で花畑が途切れて広い空間に出た。


 空間の中心にはでかい泉?のような物がある。

 ちょっと距離あるから色とか分かり辛いな。近づいてみると…少し頬が引き攣る。

 

 ……なにこれ?


 見間違いかと思って魔法で明るくして確認してみるが――見間違いではないようだ。

 色は緑。凄まじい青臭さと粘度が高いのかドロっとしていて、ちょっとした重量感すら感じるな。

 そして一番やばいのは水面?から溶けかけている人間の腕や足が突き出ている事だ。


 ……泉と言うよりは沼だな。


 これは酷い。大方、あの植物ゾンビ共の末路はこれだろう。

 ここはこの迷宮の胃袋みたいな物か?

 周囲を見回してみる。特にヤバそうな物はないな。

 

 奥は――あれか。

 道がぽっかり口を開けているのが見える。

 <飛行>をかけ直して道に入って行く。


 相変わらず例の花が大量に咲いているが速度に物を言わせて素通り。

 途中別れ道に出くわしたが、止まるのはヤバそうだったので適当に左を選択。

 更に少し進むと道が広くなってきた。


 ……?


 何か見えてきた。

 通り抜けようかとも思ったが正体が分からない以上素通りは危ないと判断して速度を落とす。

 

 ……今度は何だ?


 花にしてはでかすぎる。どう見ても二メートル近くあるぞ。

 それが大量にぶら下がっている。

 見えてきたな。

 

 ……おや?


 形状は瓢箪ひょうたんに近く、平らな部分から蔦が伸びて繋がっていおり、口?から何か液体が滴って酷く甘い匂いがする。

 どう見てもヤバそうだったので俺は少し離れた所で着地して瓢箪を観察した。


 ……どう見ても瓢箪だな。


 丸っこい形状に真ん中のくびれ。形状は俺の知る瓢箪のそれだ。

 だが、前の世界にあった瓢箪はこんなでかくないし、確か口から蔦が伸びていた…はず。

 小学生の頃、授業で育てたので間違いない――多分。


 まぁ、見た目通りの大人しい植物じゃないのは確かだろう。

 取りあえず魔法喰らわせて反応を見よう。


 まずはいつもの<爆発Ⅲ>で消し炭にしよう。

 消し炭になるまで動きが無かったら無害、あったら有害だ。

 かなり本気で撃ち込んだので通路が爆炎で埋まる。


 キイキイと耳障りな鳴き声?が爆炎の向こうから大量に聞こえて来た。

 まぁ、そうなるよな。

 煙を突っ切って例の瓢箪が大量にすっ飛んできた。


 口が大きく開いている。人の一人や二人ぐらいなら楽々呑み込めるでかさだ。

 想定済みだったので特に驚きはない。

 後ろに飛んでもう一発撃ち込む。まだ向かってくる。


 更にもう一発。

 瓢箪に繋がっている蔦が切れて、突っ込んで来た勢いのまま地面を擦りながら、俺の横を通り過ぎると動かなくなる。

 念の為、もう一発すぐに撃てるように準備すると、警戒しつつ煙が収まるのを待つ。


 視界が晴れるとそこには薄く煙を立ち昇らせる瓢箪がゴロゴロ転がっていた。

 手近の瓢箪に近づいて確認してみる。見た感じ完全に動いていない。

 剣で刺したりして反応を見たが特になし。


 ……仕留められたか。


 この瓢箪もどきがどういう物かは分かった。

 あと気になるのは、これって食えるんだろうか?

 丸一日以上動きっぱなしのせいか腹が減って来た。

 

 ふむ。折角だし食ってみるか。

 手近な焼き瓢箪に齧り付く。一口、二口――と食ってみたが、特に異常なし。

 問題なさそうだな。ここらの掃除をしてから食事と行くか。


 数十分ほどかけて周辺の花や瓢箪等の危なそうな植物を駆除した後、瓢箪を食った。

 ちなみに味は中々だった。






 近くに転がっていた瓢箪を食い尽して色々と満足した俺は奥を目指す。

 花は<飛行>で素通りして、瓢箪は離れた所から焼いて食ってやった。

 俺は拳大の瓢箪の欠片を齧りながら先へ進む。


 奥へ奥へと進んでいる内に道はどんどん広くなっていく。

 最初は花と瓢箪だけだったが、今度は蠅捕草ハエトリグサみたいな奴まで現れて襲ってきた。

 こいつは動きこそ早かったが見切れない程じゃなかったので魔法で仕留めてやった。


 次に襲ってきたのはラッパみたいな形をした奴で、近づくと一斉に花粉を吹きかけて来た。

 毒を持った花粉か?

 それと同時に瓢箪とハエトリグサが襲ってきたが、俺には毒の類は効かないので問題なく返り討ちにする。


 更に進むとどんどん種類バリエーションが増えて行った。

 放射状に広がった細い糸みたいな物から粘つく液体を飛ばしてくる物。

 地面に埋まっていて上を通ると口が開いて落とし穴のように体内に引きずり込もうとする物。


 種類を数え出したらきりがなかった。

 さすがの俺でもいい加減うんざりしてくる。

 こんなふざけた所、攻略できる奴居るのか?俺じゃなかったらダース単位で死んでるぞ。


 一応、攻略に当たって懸念事項だった食料エネルギーはここの植物共は大半が焼いたら食えるので

下手に油断さえしなければ今の所、問題なく進めそうだ。

 

 ……それにしても一体何なんだここは?


 ダンジョン等と銘打っている割にはダンジョン要素が無いんだよな。

 宝箱の一つもないしアイテムもドロップしない。

 危険なだけで碌な場所じゃない。唯一の旨みは街とギルドから出る攻略報酬か。


 それに奥へ行けば行くほど広くなる道。そろそろ縦横の幅三十メートルを超えるぞ。

 正直、嫌な予感しかしない。


 「……マジか」


 予感はすぐに現実になった。

 広くなっているし何かでかい奴が出て来るんだろうな。

 ……ぐらいの認識だったが甘かった。


 目の前に居るのは今まで出てきた植物共が融合したような奴だった。

 巨大な体に表面のあちこちから瓢箪やらハエトリグサやらが生えており、今までで一番ヤバそうだ。

 そしてもっとも大きな違いは蔦で繋がっておらず、四つ足?で歩行して甘ったるい臭いを垂れ流している。


 シルエットだけで見るならドラゴンっぽいな。背中から生えた植物が羽に見える

 あえて名前を付けるなら木竜?――いや、木の要素ないから植物竜――植竜プラント・ドラゴンって所かな?

 植竜は俺に気づくと頭?をこちらに向ける。

 

 ……あ、コレ絶対ブレスだ。


 防御魔法を展開したと同時に植竜は口らしき所から何かを勢いよく吐き出した。

 何だかドブみたいな色の煙だな。さっきの花粉とは色が違うが…効果は似たような物か?

 足元の小石を拾って軽く弾く。小石は俺の防御の外へ出ると一瞬で溶けて消えた。


 「……」


 これきついな。

 というか周りに生えている蔦とかも溶けるんじゃないのか?

 気になって視線を動かすと、蔦は煙に呑まれておらず、逆に吸収していた。

 

 ……おぉ、これは凄いな。換気扇いらずだ。


 よくよく考えてみれば俺もさっきから火系統の魔法を散々撃ちまくっていたが、狭い空間で火を使いまくると酸欠になるんじゃないか?と言う事に今更ながら気が付いた。

 そうならなかったのはこの蔦が空気を浄化していたからか?

 

 まぁ、結果オーライだ。

 俺はブレスが収まった所で<爆発Ⅲ>で反撃。二、三発も喰らわせれば――。

 炎を吸収してるのか!?


 植竜は俺の魔法を体の表面で吸収していた。

 火が効かないのかよ?じゃあ接触して<枯死>だ。

 俺は距離を詰めると植竜は体に生えた植物を嗾けてくる。


 突っ込んで来たハエトリグサやどっかで見たような狂暴な植物の攻撃を掻い潜って懐へ入り、魔法を拳に乗せて前足へと叩き込む。

 

 ……どうだ?


 魔法は効果を発揮して植竜の前足を砂に還す。さすがにこれは効くか。

 追撃をかけようとしたが、なくなった前足から蔦が飛び出してきた。

 俺は反応できずに蔦は俺の体に絡みついて動けなくなる。


 ……げ。これはまずい――か?


 冷静に考えるとあのブレス以外はそこまで脅威じゃないしさっさと蔦を切って…。

 俺の思考を読んだのか植竜の体の表面から口のような物が突き出てくる。

 

 ……おいおい。


 突き出た口は一斉に開くとブレスを吐き出した。

 俺は咄嗟に防御魔法を展開するが近すぎた。ブレスは防御を貫通して俺に襲いかかる。

 体のあちこちから嫌な臭いがする。ちょ、待て待て。  

 

 俺は盾を維持しながら<風刃Ⅱ>の連打で蔦を切って拘束を剥がすと、植竜の股下を潜って後ろを取る。

 こいつに前後の概念があるか怪しいが、とにかく後ろを取った。

 俺は背中に取り付いて全開で<枯死>を叩き込む。


 背中の一部が砂に変わり、突き出た植物が次々と枯れ落ちる。

 内部が剥き出しになっている状態ならどうだ?

 傷口に<爆発Ⅱ>を至近距離から喰らわせてやった。


 俺も爆風に巻き込まれたが、植竜の方も吸収できずにまともに喰らう。

 キイイイと耳障りな音が響く。俺は畳みかけるように<爆発Ⅱ>を連発する。

 爆発、爆発、爆発。


 得体の知れない緑色の汁や千切れた蔦が宙に舞う。

 植竜の足が折れて体勢が崩れる。やったか!?

 やってなかった。


 ハエトリグサが何本か俺に喰らいついて来る。

 肩口に噛み付かれた。

 くそっ!しぶといにも程があるぞ。


 噛み付かれた肩から嫌な音がする。

 さすがに体内に仕込んだ装甲を抜けるとは思わないが、これは拙い。

 俺は更に魔法を撃ちこむ。


 肩から嫌な臭いがして煙が出てきた。やばい溶かされてる。

 俺は魔法を<火球>に切り替えて植竜の体内に叩き込んで中から焼く。

 肩の圧力が強くなり、何かが砕けるような音が聞こえてくる。やばい、装甲に亀裂が入った。 

 

 俺は中に打ち込んだ<火球>に魔力を送り続けて維持する。

 植竜の体のあちこちから火が出始めた。俺の方も装甲を抜けて骨が砕け始める。

 もうここまで来ると根競べだな。


 植竜の体が更に傾く。俺の方も肩からブチブチと嫌な音が響く。

 

 ……さっさとくたばれ!


 俺が渾身の魔力を注ぎ込んだ<火球>が植竜の内部を焼き尽くしたのと俺の腕が喰い千切られたのはほぼ同時だった。

 植竜が崩れ落ちて軽い地響きが起きた。

 

 ……何とか片付いたか。


 俺は溜息を吐くとその場に座り込んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る