第54話 「探索」

 翌日。

 迷宮の前まで来たのはいいが――人が多いな。挑戦者らしき連中が大量に周囲を行き交っている。

 どういう訳か、屋台や武器屋の出張所まである。


 傍から見たらただの洞窟だが入口らしい。

 苔や蔦で覆われていて完全に緑色。

 元々は木々に囲まれた場所だったらしいが、移動などの理由から伐採して丸裸になっている。


 入口の近くを見ると、結構な数の冒険者が集まって何やら打ち合わせをしていた。

 あ、昨日呼び込みしてた連中だ。


 「よく集まってくれた!今日、俺達は歴史に名を残す!」

 「我々はこの迷宮を踏破して英雄になる!」

 「えーゆーになるー」


 おー。結構な数集めたな。どうでもいいけどあの女、本当にテンション低いな。

 全部で三十って所か。青と黄色ばかりで赤は居ないみたいだな。

 何人生きて帰ってくるのやら。確か生存率一割だったか?

 

 ハイディも同じ事を考えていたのか連中に複雑な視線を向けている。

  

 「あの中で何人が帰ってくるんだろう」

 「どうだろうな。ただ、言えるのは連中が強制されていく訳じゃないって事だ」


 あの募集をかけてた連中にどんな甘い話を聞かされたかは知らんが、自分の意志で行く以上は死ぬのもそいつの責任だろう。

 だが…あれだ。実際、目の前にすると入ってみたくなるな。


 一人になったタイミングでちょっと覗いてみるか。

  



 一日かけて一通り街を見て回ったが、コレと言って面白いものはなかった。

 完全に迷宮で保っているような街だな。

 ただ場所柄、武器防具の店は異様に多い。たぶんだが、今までで一番の店の多さだろう。


 見る物も見たしさあ宿に戻ろうといった所でハイディが口を開いた。

 

 「あの、少しいいかな?」

 「何だ?」

 「実は手持ちが少し心許なくなってきて――」


 何だ?金でも貸せってか?

 俺の視線で察したのか慌てて手を振る。


 「ち、違うよ!お金の無心じゃないよ!」


 そうか、ならそう言えよ。

 ハイディは軽く咳ばらいをする。

 

 「えっとだね。ギルドでクエストを請けようと思うんだ。ただ、それの定員が後一人なんだ。……だから……」


 あぁ、なるほど。


 「分かった。いつからだ?」

 「明日から準備に入って明後日に出発。戻りは四~五日後ぐらいになるかな?」


 えらく長丁場だな。

 だが、俺としても好都合だ。


 「すまない。そう言う事だからしばらくはこの街に滞在したいんだ」

 「あぁ、話は了解した。頑張ってくるといい」

 

 ハイディは笑顔で「頑張ってくるよ」といって何度も頷く。

 それを見て、本当に子どもみたいな奴だなと内心で苦笑する。

 その後は特に何もなく、翌日の朝早くからハイディは出発した。

 

 さて、身軽になった所で俺も行きますか。

 やばい迷宮に踏み込むんだ。準備は念入りにしておくとしよう。

 具体的には飯を多めに食って英気を養うのだ。


 そうと決まればまずは食事処へ向かおう。

 宿を離れた所でふと気が付いた。ハイディの奴はどんなクエストを請けたんだ?

 そう言えば聞いてなかったな。


 数日かかるような仕事……何だろう?

 ちょっと出てこないな。まぁ、いいか。

 帰って来てから聞けばいい。

 

 



 再びダンジョンの入り口に付いたが、昨日とそんなに変わらんな。

 入口の周りには挑戦しようとしてるのか見てるだけなのか、何人かがうろうろしている。

 入ろうとすると入り口を固めている騎士に止められた。


 「おい!何をやっている」

 「入ろうとしてるんだが?」

 「……お前一人でか?」

 「一人でだな」


 騎士は絶句した後、大きく溜息を吐く。


 「お前、他所から来た冒険者だな。興味本位で入ろうとしているんだろうが止めておけ。ここはお前みたいな駆け出しに毛の生えたような奴が攻略できるような場所じゃないんだ!命を粗末にするんじゃない!」


 何故か怒られてしまった。

 その後、騎士はダンジョンの危険性を長々と話し始める。

 準備がどうのとか仲間を連れてないと死ぬだのありがたい話を聞かせてくれた。

 真剣に話しているので一応、数十秒は聞いてやったが、飽きたので途中でぶった切る。


 「話は分かった。通してくれ」

 「……お前、俺の話を聞いてたのか」

 「もちろん」

 「……もう好きにしろ」


 騎士は肩を落として道を譲ってくれた。

 俺は無言で騎士の脇を通って中へ足を踏み入れる。

 






 中は冷えるかと思ったがむしろ熱いぐらいだな。

 妙な熱気が頬を撫でる。足元は苔の所為か柔らかい感触が伝わって来た。

 さてと、まずは索敵だな。<地探>を発動。


 まぁ、これがあればどこに何が居るかなんて余裕で分かるしある程度は安全に進めるだろう。

 ローグライクゲームなら敵の位置が丸分かりで余裕で進め…。

 

 「……マジか」


 ……なかった。


 反応は確かにあった。

 生体反応を読み取れているが、ふざけた事にダンジョン全域から反応があってどこに何が居るのか分からない。

 

 試しに<熱探>に切り替えたが、こちらでも結果は同じ。

 熱気…と言うよりはダンジョン自体が熱を発しているので反応が掴めない。

 しばらく歩くと入り口からの光が届かなくなり真っ暗になるが、俺には暗さは関係ないのでそのまま歩く。


 周囲に警戒しながら進んでいたが、特に争った形跡や死体は見当たらない。

 数十分程何も起こらずに退屈な時間が過ぎるが、視界に動きがあった。

 俺は歩く速度を緩める。


 ……何かいるな。


 何かが動いているのが見える。それも複数。冒険者か?とも思ったが即座に否定した。

 明かりも持たずにこんな所に居るのはあり得ない。

 少しずつ近づくと正体が見えてきた。


 「……うわ」


 冒険者だった者だろう。傷だらけの体に耳や目があった場所から蔦が出てきている。

 体に目を向けると破れた服から覗く肌の表面には血管とは思えない筋が大量に浮かんでいて、傷口からは蔦が生えていた。


 「ウ、ゴ……ア……ア」


 何か言いたいのか口がパクパク動いているが残念ながら何を言っているかさっぱりわからない。

 要はあれか、ここで死ぬと魔物の仲間入りを果たす事になる訳だ。

 俺に気づいた連中は武器を手によろよろと向かってきた。


 取りあえず<爆発Ⅱ>を叩き込んだ。

 爆炎が敵を呑み込む。ほとんど植物みたいだし火系統で攻めれば余裕だろ。

 ……と思ったが、連中は元気な足取りで尚も向かってくる。


 しかも途中から走り出した。

 間合いに入ると大雑把だが速度の乗った斬撃を繰り出してくる。

 俺は躱しながら観察する。何で効かない?


 よくみると全身のあちこちが炭化している。全く効いていないって事はないようだ。

 じゃあ何で<爆発>に耐えたかというと原因は蔦だ。

 蔦から謎の液体が大量に流れている。要は全身濡れていたから燃えなかったらしい。


 ……とは言っても完全に防いでいる訳ではなく、衝撃や爆炎である程度のダメージは与えている。

 その証拠に動作の途中で一瞬痙攣して止まったり、転倒して地面でもがいている奴もいた。

 

 ……なるほど。こんなのが大量に居るならしんどいな。


 炎は効率が悪いな。やり方を変えよう。

 <風刃Ⅱ>で首を狙う。切れたが切断できなかった。マジか。

 距離を取りながら同じ場所を狙う。二発、三発目でようやく首が飛んだ。


 やったか!?とも思ったが効果なし。普通に向かってきた。

 念の為に手足を落として達磨にしてやったがモゾモゾ動いている。

 そして困った事に奥から増援が現れた。


 ……げ。ヤバいな。

 

 俺は少し考えて撃破から拘束狙いで動くことにした。

 魔法を発動<地隆Ⅱ>。地面を杭状に隆起させて相手を貫く魔法だ。

 これで時間を――稼げそうにないな。


 魔法は発動して何体か捉えたが杭が刺さらずに相手を吹き飛ばしただけだった。

 刺さらないのかよ!?

 今度は<地Ⅱ>で岩塊を作って押し潰そうとしたが止めておいた。

 

 下手にやると道が塞がる。

 切り口を変えよう。

 氷系統で凍らせれば――無理だな。ここの気温の所為ですぐに溶けて復活する。

 

 こういう時は大抵どっかに弱点があってそれを潰せば即死というのが良くある話だが……。

 この数相手に試すのは面倒だな。何か効果的な攻撃はないか。 

 ちなみに棍棒で殴りつけてみたが、妙に柔らかくて手応えが薄い。


 ……もう喰ってしまうか。


 折れた剣で斬りかかって来た奴の顔面を掴んで『根』を送り込む。

 

 「……!?」


 俺は咄嗟に『根』を自切して手を放す。逆に掴まれそうになったが蹴りを入れて吹き飛ばす。

 掴んだ手を見る。手の平から出した『根』が虫食いみたいに欠けている。

 

 ……喰おうとしたら逆に喰われた。


 マジかよ…。あの蔦って俺の『根』と似た性質を持ってるのか?

 正直、困ったら捕食すればいいやぐらいの気持ちだったから、地味にショックだな。

 参ったな、どう攻めたものか。攻撃を躱しながら考える。


 打撃、斬撃、炎、氷と一通り試したがどれも効果が薄い。

 効果がないと言う訳じゃないのがいやらしい。

 そろそろネタ切れ――いや、試してないのがあるじゃないか。

 

 手近な奴の攻撃を誘って懐に入る。

 胴体に掌底を叩き込んで<枯死>を発動。これが通らなかったら逃げるのを視野に入れよう。

 完璧に入って胴体のど真ん中が砂になって大穴が開く。


 ……通ったか。


 胴体に風穴を開けられた死体はふらふらと歩いて倒れた。

 他からの攻撃をいなしながら観察する。倒れたまま動く気配がない。

 動かないな。どうやら仕留められたようだ。


 やっぱり胴体に何かしら弱点があるみたいだな。

 攻略法さえ見つかれば後は楽だった。

 襲ってくる奴を片端から砂に変えて仕留め、数分程で全滅させてやった。


 動かなくなった死体を検める。

 軽く棍棒で突いて反応を確かめたが特になし。

 さて、記憶は拾えるかな?『根』で死体を調べる。


 ……記憶は――無理っぽいな。時間が経ちすぎてるからか。


 喰えはしたが記憶は探れなかった。

 まぁいいか。取りあえず、進む分には問題なさそうだな。

 時間もあるしもう少し潜ってみるか。


 その後も植物に操られた死体に何度か襲われたが、砂にして始末してやった。

 ほとんどが冒険者の死体だったが、変わった所で腕や足だけで地面を這って襲って来た奴もいた所を見ると、俺のように死体を操ると言うよりは単純に動かしているだけのようだ。


 だから腕や足だけでも問題ないのか。

 死体を動かせるようになるプロセスに関しては今の所は不明だが、確かめようにも動きを止める為に完全に砂に変えてしまっているから調べようがない。


 歩きながら周囲をよくよく観察すると一部が炭化した蔦や、破損した装備が散らばっていたりと戦闘の痕跡が散見されている。

 そう言えば昨日、団体客がここに来ていたな。


 連中どうなったんだろう?もしかしてさっき始末した死体に混ざってたか?

 いや、あの死体は結構痛んでいた。確かに新しいのはあるにはあったが少なかった。

 奥へ行ったと見ていいだろう。

 

 あのゾンビみたいな連中をどうやって仕留めたのか興味があるな。

 生きてたら拝めるかな?なんて事を考えながら奥へと足を進める。

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