第43話 「露店」 

 「……そうだったんだ……」


 何だか既視感を感じるやり取りだ。

 時刻は再び夜。

 合流したハイディと昼間にあった出来事について話していた。


 「うん。僕の方にも来たよ。三組ほど」

 「ちなみどうした?殺したのか?」


 ハイディは首を振る。


 「街中でそんな事する訳ないだろう!?全員戦闘不能にして騎士団に突き出したよ!」


 え?殺さなかったの?

 あの手の輩はまた来るぞ。

 まぁ、やられていないし良しとしよう。


 「正直、あの坊ちゃんの堪え性の無さを甘く見ていた。まさか、翌日に手を出してくるとはな」

 「そ、そうだね。もう少し気長に攻めてくると思ってたよ」


 ハイディは困った顔をして頬を掻いている。


 「……話を持ちかけて数日で営業妨害を始めている時点で気づくべきだったな」

 「えっと、話は分かったけど明日はどうする?この様子だと明日も来るよ?」


 ……面倒臭ぇ。


 こうなってしまった以上は、爺さんに達には悪いが明日にでも宿を変えるか。

 気を付けてはいるがこれ以上殺すと足が付きかねん。

 

 「仕方がない。明日にでも宿を変える」

 「……分かった」


 納得はしてない顔だな。

 たかがすれ違っただけの人間相手に何を熱くなっているのやら。

 

 「明日は朝から宿探しだ。話が付き次第移る」


 方針が決まったので今日はさっさと休む事にした。

 面倒事を片付けたら市場でも見て回るか。

 北も南もまだちゃんと見ていないしな。


 ハイディは「お休み」と言ってさっさと眠ってしまった。

 俺も明かりを消して横になって静かに目を閉じる。

 今日は「誰」を見ようかな。


 






 ある男の話だ。

 彼はメドリーム領の外れの村で生まれた農家の三男坊だった。

 毎日毎日農作業に勤しむ日々にうんざりしていた。


 農家自体は兄が継ぐ事になっているのでこのまま行くと将来は兄の使いっ走りになってしまう。

 お世辞にも有能ではない兄にこき使われるのに我慢できずに十五で家を飛び出した。

 彼は自分はやればできる奴だと確信していたので、早々にウィリードへ行き冒険者を目指す。


 首尾よく冒険者になる事が出来はしたが、彼はそこで現実と言う名の壁にぶち当たる。

 冒険者としての階級が上がらないのだ。

 五年間地道に頑張って階級を青まで上げる事ができはしたが、そこで止まってしまった。


 一度だけ無理をして危険な魔物の討伐クエストに挑みはしたが失敗。

 その際に重傷を負ってしまう。

 それが彼の冒険者としての最期だった。


 そのクエストで心がぽっきりと折れてしまったのだ。

 やる気がすっかりなくなり酒に溺れて喧嘩三昧。

 魔物相手にはすっかり腰が引けてしまったが人間相手には強気になれるチンピラ君の誕生である。


 元々、青になれる程度には才能に恵まれていたのでそこそこの実力はある。

 そのお陰で裏家業の人間に目を付けられ、すっかり人を脅したり痛めつけたりと言った裏の世界にドップリ漬かり、気が付けば他人を痛めつけて金を貰う生活に慣れきってしまっていた 


 舎弟もできて仕事も上手く行っている。

 そんなある日の事だった。

 依頼人はいつも贔屓にしてくれている領主の坊ちゃん。


 いちいちうるさいので個人的には毛嫌いしていたが金払いは良いので、いい客ではあった。

 依頼内容はある宿への嫌がらせ。

 完全に干上がるまで宿の客を痛めつけて寄り付かないようにしろと言った内容で、聞けば宿のある場所を更地にして別宅を建てる予定なので宿が邪魔らしい。


 大方、女を囲う為の屋敷だろう。あの坊ちゃんは結構な数の愛人が居るらしいしな。

 いちいち宿にしけこむのが面倒なんだろう。

 内心で死ねばいいのにと思いながら仕事をこなしていた。


 仕事自体は簡単だ。

 宿に張り付いて適当に弱そうなのを見繕って因縁を付けて痛めつける。

 去り際にあの宿に居ると同じ目に遭うぞと仄めかせるだけでいい。


 元々、立地の所為でそこまで繁盛している宿ではないのでそれだけで結構な損害を与える事が出来た。

 報酬は日払いなので、彼からすればとても美味しい仕事だった。

 その日もいつも通り宿から出てきた客の後を付ける。


 黄色のプレートを下げた雑魚そうな奴だった。

 生意気にも女連れで来ていた。しかもかなりの上玉だ。

 何人かに捕えるように指示し、二人程連れて男の後を尾ける。


 適当な所で路地に連れ込んで痛めつけてから女で楽しもう。

 男は早朝からムスリム霊山にあるグノーシスの聖堂へ向かうようだ。

 あそこで手を出すのは拙い。聖騎士が目を光らせている。

 この街の住人であるならば聖騎士の恐ろしさを知らない者はいない。


 手を出すのは危険だ。


 そんな訳で、男が山を下りるのを待って襲う事にした。

 中々下りてこないので苛立ちが募る。

 下りてきたのは日も高くなった頃だ。


 散々待たされたので色々と溜まっている。

 それをぶつける意味でも徹底的に痛めつけてやろう。

 嗜虐を含んだ笑みを浮かべて男を物陰へ引きずり込む。


 まずは建前の金を強請る所から始めようとした所で有り得ない事が起こった。

 手下の腕が無造作に引き千切られたのだ。

 その辺の草でも毟るように簡単に人間の腕を引っこ抜きやがった。


 その瞬間、身の危険を感じて逃げようとしたが…。

 男は手下の足を踏み折ると信じられない速度で魔法を使って彼の足を凍り付かせ動きを封じてしまう。

 何とか逃げようとしている彼の前で男は残りの手下を壁の染みにしていた。

 

 その後は――路地の奥で全身を解体されて想像を絶する苦痛を味わい暗転。

 エンディング。



 ……この世界ではよくある事らしいな。


 割と同じパターンでチンピラにジョブチェンジする奴は多いな。

 後、自分の実力を過信しすぎ。

 落ちぶれてるのにどうしてそこまで自信が持てるのやら。

 俺も気を付けよう。






 「……行かれるのか。客人」

 「あぁ、悪いな。金は返さなくていいぞ」

 

 朝になり、俺達は宿を後にする前に爺さん達に挨拶をしている。

 爺さんは申し訳なさそうな顔で金を一部返そうとしていたようだが、言う前に先に断っておいた。

 事情があったとはいえキャンセルするのは俺の都合だ。返金は筋違いだろう。

 

 ちょっとウザかったが、中々面白い爺さんだった。

 機会があればまた話をしてみたい物だ。

 変わった技を使っていたからその辺の話を聞いてみたいな。


 「いや、そうか。巻き込んで悪かったの」

 「全くだ。まぁ、宿の居心地は良かったからそう悪い物じゃなかったよ」


 一日足らずだったけどな。

 女将と娘はハイディを見て何だか名残惜しそうにしていたが、いつの間にか仲良くなっていたのか?

 大したコミュ力だ。俺にはたぶん無理だな。


 新しい宿を探す為に街に出る。

 幸いと言うべきか、祭りの時期ではないので空きがある宿は多かったが、金糸亭ほど質の良い宿は全て埋まってしまっていた。


 取りあえず冒険者ギルドの近い東寄りの位置にある宿にした。

 正直、金糸亭は気に入っていたのであの坊ちゃんに追い出された形になったのは癪だが気分を変えよう。

 新しい宿に荷物を置くとハイディと予定について話をした。


 「今日はどうするつもりだ?」

 「僕は特に予定はないから君さえ良かったら一緒に行ってもいいかな?」


 ふむ。

 今日の予定は市場を見て回る予定だ。

 そう言えばハイディは昨日、市場を回ると言っていたな。

 案内でも頼むか?まぁ、大体知ってるけど。


 「今日は市場を回るつもりだ。来るなら構わないが案内を頼んでもいいか?」


 ハイディはそれを聞くと嬉しそうに表情を輝かせて何度も頷く。


 「任せてよ!そういう事なら早く行こう。何を探しているんだい? 武具の類なら――」


 ……とペラペラと元気よく市場について話し始めた。

 これがマシンガントークって奴か。

 未だに話し続けているハイディを見て少し早まったかと思ってしまった。







 街の北部に位置する市場は揃わない物がないと言われるほどの品揃えを誇っており、大通りを店舗と露店が埋め、それを見る人で埋め尽くされている。

 商店には大きく分けて2種類ある。先述の通り店舗と露店だ。


 店舗はこの街に根を張る商人が経営しているので、安定した品質を誇っている。

 露店は外から流れて来た商人が旅の途中に仕入れた物を売っている。

 こちらは店舗と違って品質にバラつきがあるが意外な掘り出し物が見つかる場合がある。


 実際、手に入れた商人が分からず二束三文で売った後、真価を発揮して値打ち物だと分かったケースも散見されるらしい。

 そんな事もあり、ロマンを求めて露店で怪しい道具や武器を買う物が後を絶たないとか。


 ……商人からしたら美味しい話だな。


 上手くやればガラクタでもそこそこの値で売れる。

 詐欺に見えなくもないが、ここは自己責任の異世界だ。

 そういう事もあるだろう。


 ハイディはロマン志向らしく、目を皿のようにして露店の商品を見ている。

 俺も軽くだが視線を走らせて確認してみたが……。

 なんとまぁ。胡散臭い代物が多い。


 ・幸運の壺。

  一日数回触れば持ち主に幸運を運んでくれる。

  嘘くさすぎて触りたくもない。


 ・知力の水。

  アスピドケロン大瀑布で取れた水で、飲めば頭が冴え渡り魔法の詠唱速度も上がる。

  これ絶対その辺で汲んだ井戸水だろ。


 ・悪魔の首飾り。

  持ち主の寿命を代償に悪魔召喚の依り代になる。

  本物かはともかくグノーシスのお膝元でよくこんな物を売る気になったな。

  

 ・勇者の剣。

  かつて世界を襲った悪魔を滅ぼした剣で、資格ある物が手にすると真価を発揮する。

  あっさり壊れたら「資格がなかった」で通せそうだな。


 この辺りは極端な例だが、こういう胡散臭い代物が大半だ。

 だが、たまに面白い物もある。

 俺は錆だらけの剣を拾い上げた。


 経年劣化の極致とも言えるボロさだが、変わった形をしている。

 錆の所為で見え辛いが表面に等間隔で溝があり、何かしらのギミックの痕跡を窺わせる。

 思った通りの物なら結構使えるかもな。


 ……使いこなせるかは別として。


 それに今まで思いついたアイデアを試すにはいい実験材料だ。

 近々試すか。店主に言って金を払い購入。

 店主は不思議そうな顔で俺と剣を見比べていた。


 こんなガラクタを買うのが意外だったのだろう。

 前知識がないと俺も同じ反応をしていたな。


 「そんな剣どうするんだい?」


 歩きながら錆びの浮いた剣を触っているとハイディが聞いてきた。


 「あぁ、剣自体はどうでもいが剣のギミック――要は仕掛けに興味がある」

 「仕掛け?」

 「確認しないと何とも言えないがな」


 俺自身はっきりしたことが言えないのでやや強引に話を変えた。

 

 「そんな事より、お前は何か買ったのか?」

 「これだよ」


 ハイディは腰の短剣を見せる。

 形状はナイフに近く刃と櫛に似た峰が付いていた。

 ソードブレイカーって奴か。相手の武器破壊を目的とした形状だ。


 「ククリは村で欠けてしまったから代わりが欲しかったんだ」


 そういえば、デス・ワーム戦で欠けたって言ってたか。

 その他にも魔石をいくつか購入したようだ。

 露店を熱心に見ていたから得体の知れない物を買い込んでるのかと思ったぞ。


 俺はその事に内心でほっとしつつ、次の露店に足を向けた。

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