第42話 「霊山」

 「…そうだったんだ…」


 その日の夜。

 部屋に戻った俺は先に戻っていたハイディに昼間の話をしていた。

 尾行に気が付いていたのだが、実害がなかったので放置していたらしい。


 「酷い話だね。僕達にできる――」

 「そこまでだ」


 俺はハイディの言葉を遮る。


 「あの爺さん達は気のいい奴らで、境遇に関しても同情はしよう。だが、そこまでだ。連中はオラトリアムの領民でもないし助ける義務も義理もない」


 ハイディは悲しげな顔で頷く。

 理解はしたようだが、納得しているかは怪しいがな。


 「……それに。助けるにしてもお前どうするつもりだったんだ?」

 「それは、えっと……」


 これだよ。

 何か言う前に具体案をって話をしたんだが――まぁ、一朝一夕とは行かないか。


 「念の為、先に言っておくぞ。あの坊ちゃんを叩きのめした所で何も変わらんからな」

 「わ、分かっているよ」


 おい。何で動揺した?

 俺は重い溜息を吐く。


 「どちらにしても難しい話だな。まず、あの坊ちゃんの脇に控えている連中を突破しないとどうにもならんぞ」

 「護衛の事?そんなに強いのかい?」

 「あれはグノーシスの『聖殿騎士』だ。相手にするとかなりしんどい事になるぞ」


 聖騎士。

 教団が抱える最大戦力。


 グノーシスと言う組織は信者に対してある程度の実益を与えてくれる。

 信者(要お布施)は教団が運営する店舗で割引や各種サービス。

 そして、お布施と言う名の年会費を一定以上支払うとランクの高い信者に認定される。

 そのランクの高い信者は申請すれば教団から騎士を派遣してもらう事が可能だ。


 まぁ、お金いっぱい落としてくれるしね。護衛ぐらいは寄越すだろ。

 ……で、聖騎士は教団が育成している国とは切り離された独自の騎士団だ。


 ランクがあり、下から聖騎士、聖殿騎士、聖堂騎士。

 聖騎士ぐらいまでならそこまで脅威度は高くないが、聖殿騎士より上は中々厄介だ。

 連中は教団から特殊な武装を与えられている。


 俺が見た取り巻きが着けていた全身鎧がそれだ。

 『白の鎧』。

 一定以下の魔法の吸収に加えて、特殊な金属を使っているので見た目より軽く頑丈。

 

 正直、便利そうなのでちょっと欲しい。

 教団指定の標準装備で、アレをつけてる奴は例外なく聖殿騎士だ。

 聖殿騎士と言ってもピンキリだから全員が飛び抜けて強いと言う訳ではないが、一定以上の実力はある。


 まともに戦うなら苦戦するかもしれないし、下手に倒してしまうと面子を潰された教団がもっとヤバい連中を差し向けてくるかもしれない。

 はっきり言うと手を出す事にリスクしか感じられない。 


 ……話を戻そう。


 メドリームの領主様は熱心な信者で高い年会費を払って安全を買っているのだろう。

 教団の騎士はそこらの傭兵や冒険者より強いし、教団の看板を背負っている以上、まず裏切らない。

 護衛としてはこれ以上ないぐらい安心できる連中だ。


 「……聖殿騎士――そっか、じゃあここの領主はグノーシスの――」

 「そうだな、聖騎士じゃなくて聖殿騎士を連れている時点でお布施の額はそこらの信者とは桁違いだろう」


 俺は釘を刺す意味でハイディの目を見ながら話を続ける。

 

 「連中に手を出す事は教団に手を出す事と同義だ。何かするならその辺を念頭に置いてからやるんだな」


 暗に俺を巻き込むなと言っておく。

 自殺がしたいなら俺の居ない所で勝手にやれ。 


 「……分かった」

 「二日後に宿を変える。文句はないな?」

 

 ハイディは複雑な顔で頷いた。


 





 翌日早朝。


 俺は宿の爺さんに護衛は要らない旨を伝えて外に出た。

 爺さんは心配そうにしていたがまだ翌日だ、さすがに襲われないだろう。

 その辺を伝えて引き下がってもらった。


 正直、居ても邪魔だしな。


 ……昨日酔っぱらっていた奴が何の役に立つのやら……。


 ハイディは市場で武器や道具を見繕ってくると言って北の市場へ向かった。

 俺は予定通り霊山へ向かい、現在山歩きの真っ最中と言う訳だ。

 山歩きと言っても道は舗装されているので歩きやすい。


 麓には小さい馬車で送ってくれるサービス(有料)もあるので足腰が弱い老人でも安心。

 周りを見ながら歩いているが、何というか――アレだ。

 所々に茶屋があるので、風情も何もあったもんじゃないな。


 だが、頂上に近づくとその辺りは鳴りを潜め、それらしい雰囲気が出てきた。

 空気がどうのと言うよりは単純に静かだからだろう。

 案内の立て看板に従って教会へ向かう。


 しばらく歩くと教会が見えてきた。

 知っては居たがやはり生で見ると迫力が違うな。

 縦長の構造にステンドグラス。この辺はいかにもと言った感じだな。


 ……教会ってのはどこもそんなに変わらないな。


 俺の元いた世界の教会も――まぁ、細かくは覚えていないがこんな感じだったような気がする。

 ここには行事で使う大聖堂と一般開放されている小聖堂があり、大聖堂は信者以外は立ち入り禁止。


 小聖堂はどちらかと言うと観光客用の施設だろう。

 敷地内を何人かの聖騎士が巡回している。

 俺は小聖堂へ向かう。小聖堂と言う名前の割には建物自体はでかい。


 朝も早いと言うのに結構な人数が出入りしているのが見える。

 俺も列に並んで入り口を通過。

 座席が並んでいる空間を歩き、中を通る

 中央の広い空間を抜けて突き当りに巨大なシンボルが展示してあった。


 柱に天使の羽が十二枚生えている。

 デザインは異なるが、信徒はこの形をしたペンダントを貰えるらしい。

 ちなみに魔力を込めると光るそうだ。地味に便利なアイテムだな。


 シンボルを一通り堪能した後は中央の広場に戻り正面から見て左側の通路に入る。

 入った通路の突き当りにある階段を上へ。

 小聖堂は上から見ると十字架を円に囲まれた形をしていて左右の端が塔になっている。

 この塔は小塔というらしい。

 

 登り切った所から外に出た。

 ここは教会の外に出ている通路で、上から見た十字架を囲んでいる円の部分だ。

 左右の小塔から入れて、街を一望できる。


 「おぉ」


 思わず息が漏れた。

 素晴らしい眺めだ。周辺に背の高い山も無いのでかなり遠くまで見渡せる。

 北の方へ視線を向けるとシュドラス山がうっすらとだが見えた。


 ……いい眺めだ。


 本当にいい眺めだ。この世界の広さが実感できる。

 次はもっと南に向かうとしよう。

 王都もあるしまだまだ見たい所、見たい物がたくさんある。


 俺は飽きもせず日が高くなるまで景色を眺め続けた。


 

 


 

 人も増えてきて窮屈になって来たので、切り上げて山を下りる事にした。

 山を下りる頃には日は完全に昇り切っており街も活気に包まれている。

 さて、これからどうするかな?


 俺は歩きながら上機嫌に予定を考えていると…。


 「おい」


 後ろから声をかけられた。

 俺が振り向こうとすると肩を掴まれて路地裏へ引っ張り込まれる。

 そのまま建物の壁に押し付けられた。


 視線を向ける。

 ガラが悪そうな男が三人。ニヤついた笑みを浮かべてナイフを構えていた。

 

 「おいおい兄ちゃんよ。金出しな」


 ………。


 何と言うかアレだ。冷水をぶっかけられた気分と言うのはこういう物なんだろうか?

 いい気分で歩いている所に水を差されるとここまで不快になれるとは驚きだ。

 

 「お前もバカな奴だよなぁ。人の忠告を――」


 ……もういい。黙れ。


 俺は<沈黙Ⅰ>で音を消すといつまでも俺の肩を掴んでいる奴の腕を掴むと肩から引き千切ってやった。

 

 「なっ!?」

 「あがぁ!? うでぇ!? おれのうでがぁぁぁ!」

 

 腕を千切ってやった奴は逃げないように足を踏み折った。

 一番遠くに居た奴の足に<氷結Ⅱ>を使って動きを封じる。

 残りのラッキーな奴は頭を掴むと壁に叩きつけて潰れた果物みたいにしてやった。


 お前ついてるよ。即死出来たからな。

 残りの連中が驚愕の表情で俺を見ている。

 

 「さ、続きは奥でしようか?」


 残った二人は悲鳴を上げたが外には漏れなかった。






 俺は重い溜息を吐く。

 何て事だ。本当に信じられん。


 あの三人は例の坊ちゃんに金を貰って俺を脅しに来たらしい。

 記憶を奪ったから間違いないし、喰う前に痛めつけた上に心を圧し折った。

 取りあえずくたばった馬鹿を目の前で齧って喰ってやったら、漏らしながら「頼まれただけだ」と坊ちゃんの事をペラペラ喋っていたが無視して足から順に解体してやった。


 傷口は凍らせて延命してゆっくりと楽しんだ。

 時間的には十数分だったが連中は一生分の苦痛と絶望を味わっただろう。

 やる事をやったので少しすっきりしたが、気分は悪い。

 

 ……何なんだあの坊ちゃんは。翌日に即襲撃とかふざけやがって。


 あれか?翌日まで待ってやったとでも言う気か?

 どんだけ堪え性が無いんだよ。

 

 ……まぁいい。

 

 死体は跡形もないし痕跡も完璧に消した。

 しばらく次はないな。

 

 





 ……と思っていた時期が俺にもありました。


 舌の根が乾かない内に次が来やがった。

 内容も全く同じパターンだ。歩いていると物陰に連れ込まれて恫喝。

 俺も同じように音を消して痛めつけた後に昼飯になった。


 二組目の連中は何と制限時間内で片付けろとのお達しを受けていたようだ。

 はっはっは。

 なんだそれ。せっかちにも程があるだろう。

 

 日が暮れかかった所でもう一組出た。

 これはさすがに笑えない。

 この状況アレか?俺達が宿から消えるまで続くのか?


 ……俺の方にここまで来てるって事は、ハイディの方にも行ってるだろうな。


 そろそろ宿に戻るつもりだったし、ついでに生きてるかの確認でもするか。 

 まぁ、連中の目的は恫喝だから死ぬ事はないだろうが、どうなったのやら。






 「クソがぁ!」


 ボク――トリップレットは持っていた酒瓶を壁に叩きつける。

 瓶が砕け散り、琥珀色の液体が壁を斑に染めた。


 「どーなってんだよぉ!何で誰も報告に戻って来ない!?」


 時刻は夜。

 日は完全に沈み切っており、外は闇夜に包まれている。

 

 ……だというのに。


 何で昼間に送った連中は報告に戻って来ない?

 あの爺の宿に泊まった野良犬を追い出すだけだろうが。

 しかも雑魚そうな男と女のたった二人相手に何をしているんだ。


 最初に送り込んだ連中はいつも使ってやっている荒くれで、いつも迅速に仕事をこなしていたから最初に声をかけてやったと言うのに、昼になっても報告を上げてこない!

 ふざけるなよ?どれだけノロマなんだ!サボってるんじゃないだろうな!


 あまりにも遅いので別の連中に依頼をかけた。

 ボクを待たせるノロマなんて知らん。

 そいつらには夕方までに片を付けろと言い含めておいたにも拘らず、日が傾きかけても帰ってこない。


 ふざけるな!どいつもこいつも言われたことすらできないのか?

 仕方がないのでさらに別の連中を送り込んだ。

 だが、そいつらも帰ってこない。


 なら次をと指示を出したが仲介している奴が「これ以上呼べる奴がいない」などと言い出した。

 どうなってるんだ!あんな使えないグズばかり寄越しやがって。

 ボクを誰だと思ってるんだ。次期領主様だぞ!

 お前らの首なんてボクの気分次第だって事を理解していないのか?


 一番確実なのは僕の左右に控えている二人を行かせることだが、この二人はボクの護衛以外では使えない。

 仕事に含まれていないからだ。

 一度だけ、金を払うと言ったが、断られてしまった。


 役立たずが、ボクが主人なんだから言う事を聞くのは常識だろう?

 何でそんな事を理解しようとしない。馬鹿なのか?

 目の前で縮こまっている仲介屋を睨む。


 「他に人員は用意できないのか?」

 「できますが、明日にならないと都合が付けられないようです」


 クソっ。明日まで待てと?このボクに?

 爪を噛みながら考える。

 代わりの人材を用意できたとして、連中を追い出せるか?


 これだけ送って誰も帰ってこないと言う事は行かせた連中は返り討ちにあった可能性がある。

 なら、やり方を変えるべきだ。

 そもそも何なんだあの爺達は、このボクが家を売れと頼んでやっているのに断るとは、頭に欠陥でもあるんじゃないのか?


 そして5日もこのボクを待たせるなんて、もはや万死に値する。

 そう考えて、ふっと苦笑する。


 ……そうだな。ボクは少し甘かったらしい。


 五日なんて膨大な期間を待つなんて愚かな真似をした。

 その所為で正常な判断が出来なくなっていたようだ。

 

 「おい!仲介屋!明日はできるだけ人数を集めろ。あんな宿、焼いてしまえばいい」

 

 仲介屋は顔を引きつらせる。


 「しかし、街中でそれは――」

 「問題ない!ボクを誰だと思っているんだ!次期領主様だぞ!どうとでもなる!」

 

 尚も渋る仲介屋の足元に金貨の入った袋を放り投げる。


 「金ならいくらでも払う。さっさと動け!ボクを怒らせるな」


 ボクは脇に控えている聖殿騎士を見る。


 ……明日はこいつ等にも働いてもらうぞ。

 

 我ながら知恵が回る。

 動かないなら動かせばいいんだ。

 ボクは明日には解決するであろう宿の問題を想い――笑みを漏らした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る