第44話 「放火」

 「オラトリアムを出る前から気になっていたんだけど…」


 夕日によって街は茜色に包まれている。

 露店を一通り見て回った後、街の南側へ移動し食事を取っていた所で話を振ってきた。

 俺は食事を続けながら視線で先を促す。


 「その武器?――は何だい?随分と変わった見た目をしているけど」

 

 視線を俺の棍棒に向ける。

 何だ、これが気になるのか。


 「棍棒だ。実を言うと腕力に自信があってな。こっちの方が使い易いんだ」

 

 腰に吊っていた俺の腕を加工した棍棒を見せる。

 形状は持ち手の部分を少し細くして先が膨らんでいるどこにでもありそうな棍棒。

 ただ、違うのは材質だろう。


 表面が焦げ茶色でデス・ワームの装甲を再現したものだ。

 サイズを落としたスパイクも付けてある。

 それに加えて何か所かスロットを取り付けており、近々魔石を突っ込んでマカナを再現するつもりだ。


 「そうなんだ。色と形がこの前の魔物と似てるから気になって…」

 「いや、合ってるぞ?例の魔物の外殻を加工した物だからな」

 「そうなのかい?でも、よく加工出来たね」


 ……しまった。要らん事言ったな。


 「ちょっとコツがあってな」


 ごまかしておいた。

 

 「そんな事より気づいているか?」


 突っ込まれても面倒なので話題を強引に変える。


 「何の事だい?」

 「襲撃がない」

 「……そう言えばそうだね」


 昨日の様子からまた来るかとも思ったが宿を出たら来なくなったな。

 念の為に警戒をしていたが尾行の類はなかったはずだ。


 ……どうやって俺達が宿を出たのを知った?


 それとも単純に打ち止めか?だったら宿を出たのは早まったか。


 「動かせる人間が居なくなったとかかな?」

 

 そう考えるよな。

 

 「だが、俺達が宿から出ている事を連中は把握しているとは考え難い」

 「さっきから尾行に気を付けてたって事?」

 「そんな所だ」


 正確にはデス・ワームの探知能力――名前は……<地探アース・ソナー>でいいか。

 ……で定期的に怪しい動きがないか調べていたが怪しい反応はなし。

 こちらは<熱探>と違って空間に作用しないので気づかれ難いと言う利点がある。


 実際、ハイディは俺が使っている事に気づいていなかった。

 本職のメイジでこそないが魔法の心得がある人間に至近距離で気づかれない以上は問題ないだろう。

 昨日のチンピラ共のレベルからハイディ以上と言う事は有り得ない。


 以上の理由から、尾行はまずないと考えていいだろう。 

 そうなると何でないのかが気になるな。

 打ち止めって事は考え難い。ハイディが叩きのめした連中はまだ生きている。


 じゃあ何で送って来ない?あの坊ちゃんの性格上、送らない理由がないだろう。

 喰った連中の記憶からもそれは明らかだ。


 「……と言う事は諦めたって事なのかな?」

 「どうだろうな」


 そうは言ったが内心ではないなと思っていた。

 

 ……となると、送る必要がなくなった?


 そこで気が付いた。

 これ、爺さん達ヤバいんじゃないか?

 もしかしなくてもかなり直接的な手段に訴える可能性がある。


 俺はどうした物かと考える。

 助けるだけなら難易度はそう高くない。

 孫を攫うか店を壊しに来るかは知らんが来た奴を返り討ちにすればいいだけだ。


 それをやったとしても無意味だ。

 翌日には次が来る。

 では完全に追い返すにはどうする?


 あの坊ちゃんを始末すればいい。

 ……で、それをやると領主を敵に回す事になる。

 そうなるとその後は簡単だ。


 国に犯罪者認定された上に面子を潰されたグノーシスにも狙われる事になる訳だ。

 うん。無理だな。リスクしかない。

 本気でやるなら俺は顔を変えればいいだけの話だが、そこまでする義理はないな。


 ……爺さん。精々頑張ってくれ。


 祈るだけはしておくか。

 難しい顔をしているハイディには黙っておこう。


 「どちらにしても何とも言えん。まぁ、来ないなら来ないでいいじゃないか」

 「……そう、なのかな?」

 「元々、俺達に関係のない話だ。そんな事より明日からだが、クエストを請けて路銀を稼ぐぞ」

 「分かった。僕に異論はないよ」


 この街で見る物は大体見た。

 そろそろ次へ向かう準備をしよう。

 真面目な話、昨日湧いてきたチンピラ君達からお金を貰ったので金には困ってないが、冒険者のランクをいい加減上げてしまいたいのでクエストを請けておきたい。

 

 ハイディもクエストを請ける事には賛成のようだ。

 

 「さて、方針が決まった所で今日の所は宿へ引き上げよう。明日から忙しくなる」

 「分かった。クエストは初めてだから楽しみだよ」


 お互い席を立って店を後にした。








 異変に気が付いたのはハイディだった。

 俺の肩を叩き西の空を指差す。

 視線を向けると一部が明るい。正確には何かに照らされて明るくなっている。


 確認するまでもなく火事だな。

 耳を澄ませば住民が騒ぐ声も聞こえる。

 それだけなら軽く流したが、問題は燃えている方角だ。


 ……は。あの坊ちゃんここまでやるのかよ。


 「そんな……」


 ハイディも気が付いたようだ。脇目も振らずに駆け出す。

 俺はハイディが視界から消えるのを確認した後、周囲を確認して路地に入る。

 入ってすぐに<飛行>を使用。近くの建物の屋根に上がり這うように飛ぶ。


 道をすっ飛ばして移動しているのですぐに目的地が見えて来る。

 視線を下げて下を一瞥する。甲冑を着た騎士が道を塞いでいた。

 

 ……封鎖済みか。


 目的地から少し離れた建物の上で着地。

 

 「……なんとまぁ」


 思わず声が漏れる。

 金糸亭が炎に包まれていた。

 見た所、普通の燃え方じゃないな。建物が完全に炎に呑み込まれている。

 恐らくだが油を撒いた後、火系統の魔法で焼いたのだろう。

 

 建物の周囲には死体がいくつか転がっていた。

 内一人は爺さんだ。全部で十人近く死んでるが、まさかあの人数を単騎で仕留めたのか?

 あの爺さん何かあるとは思ってたがマジで強かったんだな。


 ……で、アレは何なんだろうな。


 少し離れた所で例の坊ちゃんが取り巻きの聖殿騎士を引き連れて帰っていくのが見えた。

 あいつ何で現場に来てるんだ?いや、理由は解るよ?

 あれだろ?宿が燃えるの見たかったんだろ。


 顔出しちゃまずいだろ。

 一応、騎士団に封鎖させてるから問題ないんだろうけど、その辺の危機意識ないのか?

 あ、馬鹿だからないのか。


 坊ちゃんが視界から完全に消えた後、溜息を吐くと建物から飛び降りた。

 

 ……ハイディをどう宥めた物か……。


 俺は着地するまでの間、そんな事を考えた。

 


 



 彼の言葉に僕――ハイディは驚きで声が出なかった。

 

 「それは本当なのかい?」


 声が震えているのが自分でもわかる。


 「……あぁ、金糸亭が燃えていた」

 「トラストさん達は――」

 「少なくとも爺さんは死んでいた。他は見ていないが恐らくは…」


 彼は力なく顔を伏せる。

 ついさっきの事だ。彼と宿へ戻る途中に空が明るくなったのが見えた。

 方角と光り方からすぐに金糸亭の事が頭に浮かび、気が付けば足が動いていた。


 急いで金糸亭に向かったけど途中で騎士が道を封鎖していたのでそこから先へは進めず、別の道を探すために戻ると彼が待っていて、一言「見て来た」とだけ言うと僕を宿まで引っ張っていった。

 その後、部屋に戻り彼から金糸亭に何が起こったのかを語り始めた。


 例の領主の息子が手勢を連れて襲撃したらしい。

 彼が駆け付けた時には全てが終わっていて宿は完全に燃えており、領主の息子が雇ったらしい無法者とトラストさんの死体が残されていたらしい。

 

 「やっぱり宿を変えるべきじゃ――」

 「その時は死体が二つ増えていただろうな」


 僕の後悔を彼はあっさりと切って捨てる。


 「もしかしたら撃退は出来たかもしれない。だが、宿を守るのはまず無理だ」


 かと言って納得できるものではないよ。

 彼は僕に構わず続ける。


 「いいか。確かに俺達が加勢すれば爺さん達は死なずに済んだかもしれない。……前にも似たような事を言ったと思うが繰り返すぞ。お前の助けたいって気持ちは間違っちゃいない。だが、お前はあの爺さん達の人生にどこまで責任を持てる?それとも善意だからで通すつもりか?」


 彼は鼻を鳴らす。


 「仮に今回、助けたとする。――で、次はどうする?あの坊ちゃんを成敗するか?確かにそれをやればあの宿は助かるかもしれんな。だが、俺達の人生は終わる。領主に喧嘩を売った以上は、晴れて犯罪者で追われる身だ。言っとくが騎士団だけじゃないぞ?護衛をしていたのは聖殿騎士だ。面子を潰されたグノーシスも刺客を送り込んでくる。もちろん俺達が死ぬまでだ」


 軽く息を吐いて「もっとも聖殿騎士を突破出来たらの話だがな」と付け加えた。


 「その辺があの爺さん達に肩入れしなかった理由だ。助けたいって気持ちは分からなくもない。だが……いや、よそう。済んだ話だ」


 軽く溜息を吐いて口を閉じた。

 彼も彼なりに金糸亭の件は思う所があるのだろう。

 それ以上言ってこなかった。


 彼の言う事は正論だ。悲しいぐらいに。

 実際、僕は反論の一つも出てこなかった。

 つまるところ彼の言いたいのは助けるならそれ相応の危険を覚悟しろと言う事だ。


 僕には分からなかった。

 何故、トラストさん達は死ななければいけなかったんだろうか。

 何故、あの領主の息子はこんな事を平気でできるのだろうか。

 何故、何故、何故。考えても答えは出なかった。


 「で?明日からどうする?」

 

 彼は話題を変えてきた。

 もしかして僕に気を使ってくれているんだろうか?


 「えっと――?」

 「この街に居るのがきついなら、行商の護衛クエストを請けるか、馬車を手配して別の街に移る段取りをするが?」


 気を使ってくれているみたいだ。

 彼、こういう時は何だか優しい。

 

 ……甘えるのは良くないな。


 「いや、大丈夫。切り替えるよ。明日からこの街でクエストを請けよう」


 彼は少しほっとしたような表情で頷いた。

 

 「分かった。では、明日からよろしく頼む」

 「こちらこそ」


 話がまとまった所で今日は休むことにした。

 まだ胸の奥に引っかかる物を感じるけど僕はそれを飲み込んで横になる。

 彼も僕を一瞥すると横になって目を閉じた。


 僕は彼に「お休み」と言って目を閉じる。

 

 ……今日の事はなるべく引きずらないようにしよう。


 そのまま僕は眠りに落ちた。

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