第37話 「墓標」
俺は目の前を進む小型のデス・ワームをぼんやりと眺めながら歩いていた。
……それにしても驚いたな。
魔物が喋るだけでも驚きだったのに何と日本語が飛び出すとは……。
あの時、広場に居たデス・ワームに話しかけられてさすがに耳を疑った。
第一声があれだからな。俺は少し前の事を思い出していた。
「ここは私有地です。用がなければ立ち去ってください」
目の前のデス・ワームの言葉に驚いた。
口をきいたかと思えば、私有地と来たか。
でも、警告をしてくれる辺り手順は踏むんだな。
なら、こちらも合わせるか。
「いや。用事はある。俺はここの周囲の土地を所持している者だ。最近、この遺跡が発見されたので調査にきた」
日本語は久しぶりだ。
デス・ワームは首を傾げる様な動きをする。
「そうですか――では、この地を荒らしに来たという訳ではないのですね?」
「それ以前の問題だな。俺はここが何なのかすら分かっていない。君達の素性も含めて、できればその辺りの説明もしてくれるとありがたいのだが?」
デス・ワームは1つ頷くと話し始めた。
「ここは我等が主が眠る墓で、我等はその墓守です」
やっぱりこいつらデス・ワームじゃないか。
主ってまさかチンギス・ハーンじゃないだろうな。
……にしても流暢な日本語だ。
遺跡ではなく墓か。
こいつらが日本語を話しているところを見るとこいつの主は日本人か。
これは詳しい話を聞いてみたいな。
なら、少しでも印象を良くしておこう。
「ここは墓だったのか。なら、これも何かの縁だ。参らせてもらっても構わないかな?」
「そういう事でしたら歓迎いたします」
心なしか声が嬉しそうだ。
このデス・ワームは主の事が好きだったんだろうな。
そうと決まれば準備だ。
俺は「準備してくる」と言い残して遺跡――墓地を後にして、村に戻った。
村に取って返した俺は、墓の掃除道具とお供え用の花と酒瓶を用意して再び遺跡に向かう。
墓参りセットを揃えるのに少し時間をかけてしまったが、何とか揃ったので良しとした。
急ぎで戻ってみると、遺跡には何故かハイディがいた。
デス・ワームは言葉が通じない奴には襲い掛かりそうだったので、慌てて割って入り「自分の連れだ」と伝えて、事なきを得る。
ハイディに警戒しているようなので、彼女には戻るように伝えて、俺はデス・ワームに案内を頼んだ。
……で今に至る。
「いくつか質問してもいいかな?」
「どうぞ」
俺は道すがら色々と質問をする事にした。
「俺達の前に何人か来たはずだが、あいつらは何をやらかしたんだ?」
「まず、彼らは日本語が話せません」
……日本語を話せる事がここに入る前提なのか。
いきなり高いハードルだな。
この世界の連中じゃまず無理だ。
「第2に彼らからはこの地を荒らすような言動が見られました」
大方、お宝がどうのとか荒らす気満々で来ていたのだろう。
……でそれを垂れ流していた訳だ。殺されて当然だな。
というか、こいつらこっちの人間の言葉も理解できるのか。
……俺も発言には気を付けよう。
「最後に私の言っている事が理解できないので攻撃しようとしていました」
……あぁ、もうどうしようもないな。
言ってる事、解らないし殺っちまおうぜと目の前で宣った訳だ。
うん。死んだ連中は自業自得だな。
「なるほど。ちなみに全員殺したのかな?」
「はい。皆殺しにしました」
とりあえず、ここの事は他所には漏れそうにないな。
歩いていると開けた場所と階段が見えてくる。
底が見えないぐらい深い穴と螺旋階段があり、ゆっくりと下りていく。
「ちなみに君が直接殺したのか?」
「いえ、配下を一つ起こして処理させました」
目の前のデス・ワームは器用に階段を下りていく。
「その配下はどうなったんだ?」
「外へ出ました。戻るように言ったのですが空腹には勝てなかったようですね」
「……もし、外で出くわして襲ってきたら殺しても構わないか?」
「構いません。主が生きていれば違ったでしょうが今の主は私です。私の指示を聞かない個体に用はありません」
そうか。これで下手に隠す必要はなくなったな。
次に来る時に聞かれたら正直に始末したと言おう。
来る機会があればな。
「君達の主の事を聞いてもいいかな?」
「どうぞ」
主とやらが今に至るまでの事を簡単にだが話してくれた。
主の名前はコトー・ヒロノリ。
家族構成は娘と妻の三人家族。
ここへ来た切っ掛けは、交通事故らしい。
俺と同じパターンで気が付けばこの世界に居たようだ。
折に触れて「向こうに一人残した娘が心配」と言って、帰還の方法を探して旅をしていたらしい。
自分は旅の途中に生み出されたと付け加えた。
……生み出された?
コトー何某はデス・ワームを生み出す能力を持っていた?
いや、恐らく手に入れた何かしらの能力で一から作ったってところか。
その途中でゴブリンやエルフの子供を拾って供にしていたとか言っていたがその辺は蛇足だな。
帰還の目途は全く立たなかったが旅は楽しく、充実した毎日だった。
……娘が心配だから早く帰りたい……か。
俺には全く理解できないが親として自分の子供が心配だったんだろう。
俺の親はどうだろう……。
何故か俺の死体に「恥をかかせやがって」と言いながら蹴りを入れている家族の姿を幻視したがきっと気のせいだろう。
娘を一人って事は奥さんももう死んでるっぽいな。
そんな事を考えながら話に耳を傾ける。
旅を続けていたある日の事だった。
デス・ワームが言うには「敵」が現れたらしい。
そいつらは最初はコトー氏に仲間になるように言ったらしいが断ると襲いかかってきた。
最初は雑魚だったが、次から次へと追手を差し向けてきたらしい。
それを撃退しているとどんどん強い敵が現れ、苦戦するようになった。
その後、別の勢力が現れて同じように声をかけてきたようだ。
それも断るとそいつらまで襲ってくるようになったらしい。
……何だそのクソみたいな連中は。
勧誘して断られたら殺そうとするとかとんでもないな。
話を聞く限り、勧誘した二つの勢力はコトー氏を取り合った結果、仲良く追い回す事になったのか。
その連中について詳しく知りたかったが、デス・ワームは視力がないので外見は不明。
特徴は両方とも魔力を常時垂れ流しているので近くに居るとすぐに分かるそうだ。
一瞬、悪魔の事が頭に浮かんだが――召喚されないと出てこれないし違うか?
どちらかと言うと連中に近い生態を持った魔法生物って線が濃厚だろう。
それとも転生者か? 現状、情報が足りんな。
長い逃亡生活に疲弊していったコトー氏は守り切れないと判断して連れている子供達を逃がして、能力でデス・ワームを大量に生産して追手を迎え撃った。
激戦の末、何とか追手を全滅させたコトー氏だが、致命傷を貰って死亡。
最後まで娘や逃がした子供達の事を心配していたらしい。
生き残ったデス・ワーム達は亡き主の墓を作り、それ以来ここを守っているとの事。
大筋は理解した。
途中で同類に会った時の話などもあったが、今は省略する。
一通り話を聞いて少し危機感が湧き上がった。
話が本当なら俺やコトー氏のような転生者を集めて回っている勢力があるらしい。
断ったら襲ってきたところを考えると戦力として組み込む気だろう。
転生者は強力な戦力になる。
行く所まで行けば、数人で国すら落とせるだろう。
転生者が他にもいるって話に関しては特に驚きはなかった。
……まぁ、居るだろうなとは思っていたさ。
俺は自分が選ばれし者で、チートを授かって俺tueeeできるなんて欠片も信じちゃいない。
劣っているから選ばれたというなら信じるがね。
ここに飛ばされたのも何かしらの条件を踏んだ結果と思っている。
なら、同じように条件を満たしてここに飛ばされた奴が居ても全く不思議じゃない。
……積極的に関わりたいとは思わないけどな。
可能であるなら情報を得たいところではあるがそれだけだ。
その点で言うなら今回の話は有意義だった。
お宝貰うより得したかもしれない。
「……話してくれてありがとう。参考になったよ」
デス・ワームは「いえいえ」と首を振る。
話をしているうちに底が見えてきた。
底に到着。
通路を抜けると広けた場所に出た。
部屋の中央に大きな石碑があり、中央には「古藤 宏典」と彫ってある。
「石碑と文字は君が?」
「はい、以前地面に書いていただいたのを覚えていましたので…」
聞けばこのデス・ワームは魔法を使えるようで、この墓地も魔法で少しずつ作っていたらしい。
話を聞く限りまともにコミュニケーションが取れるのはこの個体だけのようだ。
他は村に来た奴とほぼ同レベルの知能って事か。
裏を返すとこいつを殺してしまうと統制を取る奴が居なくなるのでどれだけいるかは不明だが、ここで眠っている墓守達が制御されずに暴れまわる事になるのか。
少なくとも後五匹は居る訳だしな。
現状、実害がなかったからスルーしていたが、壁の向こうに気配を感じる。
さっき喰って奪った探知能力が早速役に立ったな。
デス・ワーム――村で仕留めた奴よりでかいのが五匹。
この部屋の周りを動き回っている。
こいつらは起こした奴じゃなくて、元々起きている奴か。
この部屋を守っている精鋭か? 動きがかなり速いし無駄がない。
いつでも壁を突き破って俺に喰らいつく位置取りをしている。
まぁ、初めから何もする気はないけどな。
経緯を聞けばこの警戒は当然か。
俺は外の気配に気づかないふりをしながら墓を簡単に掃除して、花と酒を供えて手を合わせる。
声に出さずに内心で簡単な挨拶だけして終了。
特に古藤氏には思う所はないのでここにはこれ以上の用事はない。
後はここの扱いだな。
人が入らないようにしないと危険だ。
遺跡と勘違いした間抜けが入るたびに近所の村が襲われたらたまったものじゃない。
……入り口を埋めてしまうか何かで隠した方がいいな。
帰り道の階段で相談をする事にした。
「……という訳なんだ。できればここの入り口を埋めてしまいたいのだが――」
「それは困ります」
話を切り出してはみたが、あっさり断られてしまった。
誰にも入ってほしくないならそもそも入口なんて作らないだろう。
「主の子供達を迎えねばなりません」
……あぁ、話に出てきた逃がしたエルフとゴブリンか。
そこでおや?と内心で首を傾げる。
エルフとゴブリンって戦争中ではなかったか?
……どうでもいいか。俺には関係ない。
「分かった。だが、こちらからも一つ頼みたい。今後、侵入者に関してはいくら殺しても俺からは何も言わないが、墓地の外で人を襲うのは止めてほしい。こういう言い方は好きじゃないが、やりすぎると討伐対象になって冒険者や騎士団が大量に攻めてくる事になる」
デス・ワームは少し考えるように沈黙した後「分かりました」と返事をした。
とりあえずだが、言質は取ったしこの件はこれでいいだろう。
後は一応、村に森への立ち入り制限の触れを出して――完了かな。
思ったより面倒事にならなくて本当に良かった。
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