第36話 「飛行」

 宙に浮かせた<水球>に汚れた衣服を突っ込んで強引に粘液を落とす。

 着替えはあるにはあるが、これから森に入る事を考えると着替える気にはなれなかった。

 後ろを振り返るとハイディが無言で付いてきていた。


 一応は落ち着いたようだが、何を泣いていたのやら。

 洗った服を火系統の魔法で乾かしていたところでやっとハイディが口を開いた。


 「……すまない」

 「何が?」


 ハイディは俯いたまま話し続ける。


 「僕が村人を助けるように言ったから君が――」


 ……ん? 何を言ってるんだこいつは?


 「本当にすまない。 僕は君の助けになるどころか君を死なせてしまうところだった」


 あぁ、俺がデス・ワームに喰われたのを自分の所為だと思っているのか?

 何を勘違いしているのか知らないが、どっちにしろ俺は喰われてやるつもりだったぞ。

 多数の村人の近くに行かせてしまった以上、あそこで始末するしかない。


 あんな人目に付く場所で、殺してしまったら喰えないじゃないか。

 なら見えない所で喰おうと俺は考えた訳だ。

 それで思いついたのは、奴の体内。


 そこでなら何をやっても人目に付かないだろう。

 頃合いを見て突進攻撃を誘い、口に飛び込むつもりだったんだが…。

 あの触手は予想外だった。


 ……まぁ、結果的に腹に入れたからよかった。


 消化液は風系統の防御魔法で防いで、全力で根を広げ、腹の中からデス・ワームを逆に喰ってやった。

 ついでに消化されかかっていた村人も美味しく頂く。溶けていたが足しにはなる。

 根で吸い尽して干物にしてやっても良かったが、ごまかすのが面倒なので見た目が変化しない程度に留めておいた。


 デス・ワームが死んだのを確認した後は、こんな暗い上に臭い所に用はない。

 さっさと出ようとしたんだが、肉を押しのけて移動するのには難儀した。

 移動中に光が入って来る個所を見つけられたのでそこから何とか脱出に成功。

 後で知ったが、ハイディが俺を引っ張り出そうと腹を裂いたらしい。


 ……お陰で楽に出られたのでハイディに関して言えば、感謝しているぐらいだ。


 「ハイディ」


 俺が口を開くとハイディが口を閉じて恐る恐る顔を上げる。

 

 「俺が動いたのは確かにお前の言葉が切っ掛けだ」


 ハイディの目を見ながらなるべくゆっくりと続ける。


 「結果的に喰われたがそこは俺が選んだ結果だ。お前が気に病む必要はない」

 

 ハイディはまた泣きそうな顔になっている。

 今度は何だ。


 「どうして責めないんだ。 僕の我儘に付き合わせただけじゃないか……」


 何を聞いていたんだお前は。

 自己責任だから関係ないって話をしたんだが難しかったか?

 俺はもう一度「気にするな」と言って、すっかり乾いた服に袖を通した。


 




 デス・ワームの死骸は解体が難しく、俺自身も面倒だったので村の外に埋めた。

 こういう時、魔法って奴のありがたみを感じる。

 村人は遠巻きに見ていたが、特に何も言ってこなかった。


 ハイディが村人に何やら話しかけていたが、あいつなりフォローでもしてくれたのか?

 そのお陰か村の連中は特に何も言ってこない。

 正直、家を焼いたり、間接的に何人か死なせている以上、石の一つも投げられる物かとも思っていた。


 まぁ、連中も復興作業があるし、俺に構っていられないだけなのかもしれないな。

 居座ると後で何か言われるかもしれないし、さっさと村を出よう。

 ハイディはまだ村人と話をしていた。

 そこでふと思う。


 ……これはチャンスかもしれない。


 遺跡の攻略に限って言うなら、俺一人の方が効率がいい。

 そもそも速度が違う。

 もう一度ハイディの方を見る。よし、気が付いていないな。


 俺は早足に村を後にした。








 凄まじい勢いで流れていく景色と風を感じながら俺は森を進んでいた。

 誰もいなくなったので、使ってみたかった能力を再現してみたのだが…。


 「これは楽しいな」


 俺は木々を縫うように飛行していた。

 悪魔が持っていた飛行能力だ。

 連中には羽こそ生えていたが、実は飛ぶのに必要なかったりする。


 あくまで連中は魔法生物。

 魔法で肉体を維持している。

 羽も飛行魔法の発動のための触媒に近い。


 そこら辺の知識は持っていなかったので正確な所は不明だが、飛行という行為のイメージ補強と空中でバランスを調整するためのものではないかと俺は考えている。

 実際に俺自身、羽なしでもしっかり飛べているのでそこまで外してはいないと思う。


 某悪魔人間のようにデビルウィーングなどと言ってみたかったが、羽を生やすと服を突き破ってしまうので止めておいた。


 ……そろそろか。


 そろそろ目的地だ。

 デス・ワームの記憶からは有用な情報は手に入らなかった。 

 視力がないので映像情報が皆無。


 記憶と言っても魔力を鋭敏に感じ取る本能と、特定の魔力パターンを持った奴以外で魔力を放出してる奴は殺せという命令しか認識していなかった。

 特に常時魔力を一定以上放出している生き物には最優先で襲いかかれと物騒な事まで指示されており、デス・ワームのヤバさが伝わってくる。


 そもそもこの連中の本領は地中からの奇襲だ。

 魔力に敏感なだけあって、ある特殊な魔法を使える。

 土を媒介にして魔力の反応を探れるといったもので、精度が段違いなので魔法を使っていなくても探知される厄介な能力だ。


 これを使えば索敵範囲は数倍に膨れ上がる。

 地面に足を付いているだけで居場所が割れて、後は地中から丸呑みだ。

 今回、それをしなかったのは俺が喰った個体は随分と永い眠りから叩き起こされて腹が減っていたらしい。


 その所為で地中を潜航できなかったようだ。


 ……要は冬眠から覚めて体力がなく弱っていたので、やむを得ず地上を移動したようだ。


 村に来る前に数人喰ったようなので、先行した連中はこいつに喰われたという事で間違いないらしい。

 喰われた間抜けは、うっかり冬眠中のデス・ワームを叩き起こして死んだ訳だ。

 本当に迷惑な奴らだな。


 「あれか」


 目的地が見えてきた。

 ギリギリまで近づいて着地。

 年季の入った建造物が木々に埋もれる形で口を開けていた。


 位置も森の奥地と言ってもいい場所だ。

 よく見つけたものだと少し感心した。

 さて、中を見せてもらうか。

 

 入ってしばらくは一本道だった。

 罠の類も特になし。あったかもしれないが先行した奴が解除したのかもな。

 念の為、警戒しながら歩を進めたが、特に何も起こらなかった。

  

 デス・ワームの群れに襲われるぐらいの覚悟で来たんだがそれもなし。

 変化のない道に飽きてきた頃に階段が見えてきた。

 暗視のお陰で明かり要らずだ。


 そのまま階段を下りる。

 そこでも特に何もなし。

 下りきって少し歩くと広い空間に出た。


 ……ここか。


 床に血がぶちまけられていた。

 量から考えると複数人の人間がここで死んだのだろう。

 しかも血溜まりは割と新しい。確定だな。


 間抜けはここでデス・ワームに殺されたのだろう。

 

 ……妙だな。


 仕掛けの類が見当たらない。

 予想では宝箱的な物をうっかり開けてそのまま…とか、妙なスイッチおしたりレバーを引いたりといった事を想像したが、それも無し。

 

 ……ここで何があった?


 不意に後ろから気配。

 出たか。

 ゆっくりと振り返る。


 そこに居たのは小さなデス・ワームだった。

 小さいと言っても全長一メートル以上はあり、十分に人を襲えるサイズだ。

 デス・ワームはじっとこちらを見つめるように動かない。


 ……?


 俺が妙だなと思っていると、デス・ワームはゆっくりと口を開いた。


 「――」











 僕――ハイディは息を切らせながら森を走っていた。

 

 彼が居ない。

 それに気が付いたのはほんの少し前。

 僕は状況を把握できていない村の人達に事情を説明していた。


 早めに誤解を解いておかないと彼に変な悪評が立つかもしれない…下手をすれば彼の所為と言い出す者も出るかもしれない。

 そうならないためにも早めの説明が必要だった。

 幸いにも村の人達は彼や僕に対して悪い印象を持っていないようだ。


 僕達に「助けてくれてありがとう」と言ってくれた。

 正直、もっと身勝手な事を言ってくるのかと少し身構えていたが、その言葉に僕は少しだけ救われたような気持ちになる。

 

 それを彼に伝えようとしたところで、彼の姿がなかった。

 村を探し回ったが見当たらない。

 恐らくは1人で遺跡に向かったんだろう。


 僕は急いで彼を追って森へ入った。

 大体の位置はここに来る前に彼に聞いていたので道は問題ない。

 どうして彼は一人で森へ行ったのだろうか。


 彼は僕に失望してしまったのだろうか?

 なら、追いかけても彼は迷惑に思うのではないだろうか?

 彼を助けたいという気持ちに偽りはない。


 だけど、彼が他者を顧みない人間になるのは耐えられない。

 僕と彼は完全に別人になってしまっている。

 でも、僕は元々彼だった。


 僕は元々僕だった者が道を踏み外すのを見たくないんだ。

 これは、僕の自分勝手な思いだろう。

 彼にそれを押し付けるのは間違っている。


 分かっている。

 それでも、そうせずには居られないんだ。

 彼が真に領主足り得るようになれば…僕の間違いを越えてくれるなら…。


 その時こそ僕は――。

 

 不意に僕の近くを何かが通り過ぎた。

 僕は思考を断ち切って警戒する。

 ここは人があまり足を踏み入れない場所だ。


 何が出てきてもおかしくない。

 もしかしたらさっきの魔物がまだ出てくる可能性もある。


 ……確かに今、僕の近く――というより上を何かが通り過ぎた。


 鳥類――にしては大きすぎる。

 一瞬だったが、人間ぐらいの大きさだった。

 別種の魔物? 方角を考えれば村に向かった可能性がある。


 戻って対処するか、進んで彼を助けるか。

 僕は迷うが、首を振って振り払う。

 村は心配だが、先行した彼の事も心配だ。


 本当に先行しているなら、あの魔物と一人で戦っている可能性すらある。

 どちらにせよ元を絶たないとまずい。

 僕は進む足を早めた。

 

 かなり急いだつもりだったが、結局彼には追いつけなかった。

 僕の目の前には遺跡がひっそりとしかし確実な存在感を持って口を開けている。

 念のために周囲を調べたら一ヶ所、土が大きく盛り上がった所があった。


 掘り返したと言うよりは何かが出てきたような荒れ方だった。

 大きさから考えて、あの魔物が出てきたのはここで間違いないだろう。

 この様子だと彼は休みを取らずに遺跡に入ったようだ。


 僕も後を追って遺跡に足を踏み入れた。

 照明を持ってきていなかったので<火球>を明かり代わりにして遺跡内を進む。

 遺跡の中は驚くほど静かだ。


 ……本当に彼はここに来たのか?


 疑問が頭を擡げるが、もしかしたら彼が動けなくなっているのではという想像によって焦りに変わった。

 一本道を急いで走り抜ける。足音が遺跡に響き渡る。

 階段を見つけ一気に駆け降りて、更に走ると広い空間に出た。


 ……ここは?


 周囲を見渡すが何も――いや、ここは――。

 僕は<火球>に魔力を注ぎ込んで大きくする。

 部屋の全体がよく見えるようになった。


 床をよく見ると乾きかけた血溜まりがある。

 一瞬、彼の物かと思ったが、違うだろう。

 時間が経ちすぎている。


 ……ここに彼は居ない。


 恐らく奥へ行ったのだろう。

 ここでじっとしていても始まらない。

 僕は奥への通路へ向かおうとして――気が付いた。


 何かが居る。見た所、奥の通路から出てきたのだろう。

 一目見て魔物と分かった。

 外見は村を襲ったのと変わらないが小さい。


 僕はゆっくりとククリに手をかける。

 魔物は僕を見て、ゆっくりと口を開く。


 「――」


 喋った。

 魔物が言葉を話したのだ。

 聞きなれない言語だったが、確かに意味のある単語の羅列に聞こえる。


 印象からして誰何しているような響きだ。

 僕はどうするべきだろうか?

 少し迷ってククリから手を放す。


 「――。――」


 魔物は何かを言い続けているが僕には理解できない。

 話しかけてみるか? もしかしたら通じるかもしれない。

 僕は口を開こうとして――。


 「待て!」


 後ろから彼の声が響いた。

 僕は弾かれたように振り向く。

 どうして彼が後ろから現れるんだ?


 知らない間に追い抜いた?

 彼は何故か桶のような物と花束を持っている。

 花束? 何故そんな物を?


 僕の疑問を無視して彼は魔物に歩み寄る。

 

 「ちょっと――」


 僕の制止に彼は特に反応せずに魔物の前に立つと屈んで、魔物に何事かを囁いて花束を突き出した。

 魔物は小さく頷くと、奥の通路に入っていく。彼もそれに続く。

 僕は後を追おうとしたが、彼は振り返り「大丈夫だから外で待っていろ」とだけ言って奥の通路に入っていった。


 疑問が脳裏を埋め尽くしていた僕はしばらく呆然と立ち尽くしていた。

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