第38話 「交信」
墓参りを終え、デス・ワームに挨拶をして墓地を後にした。
外で待っていたハイディと合流して村を目指して進む。
道中、ハイディは何かを言いたそうに口を開けたり閉じたりしている。
それを尻目に俺もどうしたものかと悩んでいた。
一応、俺の日本語は聞かれてはいないと思うが、デス・ワームと何か話していたのは見ていたから、まず何か聞いてくるだろうと身構えていたが……。
何を聞かれても正直に答える気はないので、適当な事を言って煙に巻くか。
「……あの……」
お、やっと来たか。
さぁ、何でも聞いてくれ。
適当にしか答えないがな。
「何だ?」
「……僕は邪魔だったのかな……」
…………ん?
……いや、まぁ、邪魔かそうじゃないかと聞かれれば邪魔だな。
居るだけで、俺の選択肢が減る。
いらん気を使わないといけない。
現に移動時間が余計に掛かっている。
……でも、居たら居たで、何かと便利ではあるんだよな。
積極的に情報収集に行ったり、村ではフォローもしてくれていたみたいだ。
何かしら貢献しようという意気込みは買うんだが……。
正直、俺はこの女の真意を測りかねていた。
何を考えているのか理解できない。
最初は元に戻る為に俺に付き纏っているのかと思ったが、俺の知っているロートフェルトという人間はその手の腹芸ができる奴じゃない。
体に移った際に残った記憶の残滓の影響で少し性格が変化しているのか?
とは言っても、大した情報は残っていないはずだ。
記憶を確認して分かった事があったんだが、どうやら俺が喰ったのは奴の本体…多分だがあれが魂って奴なんだろう。
それを喰って得た記憶には偏りがあった。
奴自身の記憶、経験、技術と一通り揃っていたが記憶に欠落がみられる。
具体的には肉体の記憶。
リリネットと呼ばれていた少女の記憶はなかった。
体に入った後に見聞きした物は確かにある。
だが、裏を返せばそれだけだった。
そしてハイディの方は恐らくだが、俺の持っている魂の記憶は欠落しているはずだ。
実際、何度か会話した時に記憶の話をしたが、かなり歯切れが悪い。
察するに体が見聞きした物だけ残っているんだろう。
以上の根拠から、彼女に人格面での悪影響は少ないと判断した。
俺の経験上、人格に影響が出るのは感情を伴った記憶だ。
俺を例に挙げるなら、現状で心をかき回してくれるのは生前の憎悪。
前の俺は人間が憎くて堪らなかった。
自分自身が憎くて堪らなかった。
結局、人間を躊躇わずに殺せるのはこの辺が原因か。
冷静に見るともう憎しみが強すぎて何を憎んでいるのか分かっていない有様だったな。我ながら自業自得のような気もするが……。
……で、行き場を失くした感情は自分に向かい――首を吊ったと。
そう考えると、あの結果は必然だった訳だ。
「…………」
返事を待っているハイディと目が合った。
……しまった。考え事をしていて肝心のハイディの事を忘れかけていた。
さて、どう答えたものか。
「あぁ、どちらかと言えば邪魔だな。いらん危険を冒して化け物を引き付けようとするし、動いたはいいが結局、何人も死なせている」
面倒だったのではっきり言う事にした。
「お前は昔から気持ちばかりで行動に具体性がないんだよ」
ハイディは少し傷ついた表情になる。
「だが、お前に助けられた部分もある」
俺はそのまま続ける。
「お前がいなかったら俺はファティマに殺されていた可能性が高い。……正直、煩わしいと思う部分は確かにあるが、居てくれてよかったとも思っている」
その辺は正直な気持ちだが、どちらと言えば邪魔な事には変わりないので、この件が終わったらさっさとファティマに預けてしまうか。
一応、フォローはしておいたが、邪魔だと言う俺の偽らざる気持ちは伝わったはずだ。
後は屋敷に戻ってやんわりとお引き取り願おう。
遺跡の件は拍子抜けだったが、有益な情報も得られた。
結果的にはプラスだろう。
後はハイディを放り出せば余計なしがらみとはおさらばだ。
今度こそ気ままに冒険者やるぞ。
俺は考え込むように俯いているハイディを無視して先へと歩き出した。
「居てくれてよかったと思っている」
彼はそう言うとそれっきり無言で先へ進んでいった。
その背中を見ながら僕――ハイディは少し安心する。
「お前のせいで死ぬところだった」ぐらいは言われるかと思っていた。
でも彼は特に僕を責めずに僕の問題点を指摘するだけで特に何も言ってこない。
彼は口数が多い方じゃない。
でも、必要な事ははっきり言う。
少なくとも今まで彼を見て僕が感じた印象だ。
彼は僕に言うべき事を言ったと判断したんだろう。
なら、僕にできる事はその言葉をしっかりと受け止める事だ。
そして、最後の「居てくれてよかった」。
そこに彼の思いやりを感じた。
まだ僕は見捨てられていない。恐らくだが、彼なりの励ましだったんだろう。
次はもっと上手く――いや、同じ状況だったとしても、彼も皆も救ってみせる。
僕は決意を新たにして拳を強く握りしめた。
俺は内心で溜息を吐いた。
原因は後ろのハイディだ。
しばらく俯いていたかと思ったらいきなり元気になった。
俺の肩を叩くと「もっと頑張るよ」とか言っている。何が起こったのか理解できない。
結構、きついこと言ったつもりだったんだが、俺の言った事が彼女の脳内でどんな化学反応を起こしたのかは知らないが何故か謎のやる気を漲らせている。
……まぁ、後ろでネガティブ振り撒かれるよりはまし……か?
「この後はどうするんだい?」
すっかり持ち直したハイディが今後の予定を聞いてくる。
「……まずは屋敷に戻る。ファティマと相談して村の復興と森への立ち入り制限の触れを出す手配。現状ではそんなところだろう」
森は立ち入り禁止区域を明確にしておいた方がいいかもしれんな。
有刺鉄線のような分かりやすい物を設置して違反者にはきつめのペナルティを設定。
デス・ワームの被害を考えると強引にでも抑え込んだ方がいいのかもな。
中途半端な事をして面白半分で入る輩が出てきても困る。
止めろといわれるとやりたくなるのが人間だ。
「分かった。まずは屋敷に戻るんだね!」
「ああ」
「あの、聞いてもいいかな?」
「何だ?」
……正直、聞いてほしくない。
「遺跡での事なんだけど…」
ほら来た。無視してもしつこく聞いてくるだろうしな…。
どう答えたものか。
「……あの魔物は比較的温厚な種族でな、一部の個体は人間の言葉が理解できると聞いていた」
「あの魔物の事を知っていたのかい?」
「ああ」
「あれ? でも心当たりがないって――」
要らん事を覚えているなこいつは。
「お、思い出したんだ。以前にパーティーを組んだ奴がそんな話をしているのをな」
「そうだったんだ」
我ながら苦しい言い訳だな。
「恐らくだが村で暴れたのは遺跡を荒らされて怒っていたからだと推測した」
ハイディはうんうんと頷く。
「だから、俺は貢物を持って遺跡に向かい、怒りを鎮めてもらうべく交渉したんだ」
「す、凄い、あの時持っていたものはそのためだったんだね」
「結果、何とか許して貰えたという訳だ。今後は人を近づけないと約束をした上でな」
何だか俺を見る視線にキラキラしたものが混ざっている気がする。
「僕らの常識では「魔物は処分」なのに、その魔物と交渉するなんて発想もそうだけど、実行に移して成功させるなんて本当に凄いよ!」
……ここまで手放しに凄い凄いと言われると罪悪感が湧く…。
ま、勘違いさせておくか。
その後は特にトラブルが発生する事もなく村に戻ってこられた。
特に用事もなかったので、さっさと屋敷に向かう事にする。
その途中でふと考えた。
……そういえばファティマと思念での<交信>って距離関係あるのかな?
――無いようですね。
頭にファティマの声が響いた。
これは便利だな。携帯要らずだ。
……いいタイミングで声をかけてくるな。こっちの状況は分かるか?
――さすがにそこまでは分かりません。
俺と繋がっているから解るんじゃないのか?
――距離の所為でしょうか? 今は分かりません。あなたとの繋がりが感じられず寂しいです。
後半は無視するとして。ふむ。近々検証してみるか。
――こちらは特に問題ありません。ズーベルの横領した資金は回収しました。
これで領地の方は問題なさそうだな。
――そちらはどうなりましたか?
……一応は解決したが少々面倒な物が見つかった。
俺は簡単だが経緯を説明する事にした。
デス・ワームとの戦闘。遺跡の正体。
転生者とそれを集める勢力について。
――話は分かりました。それは確かに面倒なものですね。
……面倒事になったと言うよりは表面化しただけだがな。
その胡散臭い連中の正体が分からん以上、打って出る事もできん。
現状、様子見だな。
――分かりました。差し当たっては村への援助と森への立ち入り制限の手配をしておきます。
…よろしく頼む。戻りは二日後ぐらいになりそうだ。
――はい。首を長くしてお待ちしています。
それだけ伝えて交信を打ち切った。
さて、面倒事は何とかなったな、後はファティマに任せておけば上手くやるだろう。
戻ったら旅支度だ。武器や防具も新調したいしな。
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