第18話 「領主」
「た、助け――」
――る訳ないだろう。
俺は最後の一人の命乞いを無視して首を喰い千切ると軽く息を吐いたつもりだったが、口から出たのはグルルとか言う唸り声だけだった。
思い付きだったが上手くいって良かった。
体の大半を欠損した俺は、修復だけでなく自分の体に手を入れる事にした。
まずは今まで出会った中でもっとも狂暴だった恐竜もどき――じゃなくて地竜って言うらしいな。
そいつをベースにトロールの腕や筋肉で地力を上げ、目玉を増やして視界を広げたりといった改造を施した。
中でも個人的に素晴らしい思い付きは、脳を増やした事だ。
喰ったクインハムの記憶は本当に役に立った。
やっぱり本物のメイジ――女だからウィッチか?――は考える事が違うな。
複数の思考ができれば魔法の多重展開は可能。
そんな事ができたらなーってレベルの考えだったが俺は大いに感心した。
思考するのは脳だ。
恐らくは魔法も脳が関わっているとみて間違いないだろう。
なら、単純に増やせばいいんじゃないかなと考えて実行してみたんだが大正解だった。
幸いにも余計な臓器は取っ払った後だ。スペースは空いている。
記憶を読んだおかげで使える魔法のレパートリーも増えたし、より専門的な知識も手に入った。
こうして作成した脳を俺は「補助脳」と呼ぶ事にしている。
最低限、魔法の構築だけこなせればいいのでそれだけに特化した脳を4つ。
それと接近戦用の器官として尻尾を5本にし、それを操作するための脳が1つ。
こいつは元々の脳に近い機能を備えている「予備脳」と俺は名付けた。
万が一頭が吹っ飛ばされた時にはこいつが体を操作するのだ。
俺の根を固めた物を仕込んでいる。
根は分離した後もある程度は俺の意志で動かせるが、どちらかと言うと俺の命令を聞いて動いているようだ。
以前、切り離して実験した時も来いと命令しただけで動かしてるという意識はなかった。
仮説だが、ある程度固めておくと本体と似た働きができるのではないか?
……と期待している。
この辺りはまだまだ検証や研究が必要だろう。
何故かゾンビ映画のタイトルが脳裏を駆け抜けていったがきっと気のせいだろう。
さて、体を作り変えて、何とか焼け残った愛用のマカナ君を握りしめて外の連中へ襲い掛かってやった。
正直、自分でも驚くほどの戦闘力だった。
尻尾は指示を与えて置けば勝手に攻撃してくれたし、刺した後は作っておいた毛穴から根を吐き出して栄養補給してくれた。口も付けたので噛み付きも可能だ。
補助脳の方も問題なく機能し、俺を魔法で消し飛ばそうとしてくれた連中を一掃してくれた。
結構な数が居たが、あっさり片が付いてしまった。
接近戦を挑んでくる奴は尻尾の餌食かマカナで即死か、俺の胃に収まるかのどれかを辿った。
弓矢も俺の分厚い外皮に文字通り掠り傷程度しかつけられず、持ち主は俺の食事になった。
最後に残した指揮官っぽい奴も、何か喚きながらお決まりの下段攻撃で突っ込んできたので、通りそうなところに尻尾を配置して迎撃した後、頭から丸齧りにしてやった。
……夢がどうとか言ってたが何だったんだろう?
後は、音を消すための結界を維持してる奴を残らず狩り取って終了。
人払いをしてる連中を始末してしまったので、店の有様を通行人が見たら騒ぎになるだろう。
その前に、やる事をやっておこう。
取りあえず死体は尻尾で吸い取ってエネルギーに替える。
持ち物は全て回収している余裕はなかったので、財布と高価そうなものだけ頂いていく事にした。
人数居るから結構いい稼ぎになったな。
後は適当に衣服を頂く。
貰う物を貰ったところで、俺はその場を後にした。
街から離れた所で、俺は体を作り直す。
流石にあのなりで街は出歩けないしな。
尻尾は使えないが補助脳と予備脳は内蔵した、ちょっとバージョンアップした人間体に作り変える。
容姿なども変える事を考えたが、せっかく冒険者ローとして生きていくと決めたんだ。
ここで別人になるのは嫌だな。
それに、ここまでやってくれた連中を野放しにはしたくない。
胸の奥で燻ってる黒い炎の所為だろう。
連中とこのふざけた状況を作ってくれた奴は殺そう。
そうすれば、この不快感も収まるだろう。
さっき喰った指揮官は中々地位の高い奴だったらしい。
ボスの側近とかいうのに会った事があるようだ。
次はその側近だな。そいつをやれば次で王手だろう。
後は依頼人とやらに報復して心安らかに王都を目指そう。
……にしても、売り捌いた武器で足が付いたか。
我ながら迂闊だったか。 やっぱり調べれば分かるものなんだな。
正直、異世界の調査能力舐めてた。
まぁ、随分殺したからここらで動かせる人間ほとんど残ってないだろ。
……という訳で引き続き連中の遺品は売り飛ばそう。
空を見ると日が昇りつつあった。
日が昇り街が目を覚ました頃に俺は余った装備を売り飛ばし、使えそうな物は頂いておいた。
その後、必要な物を仕入れ、防具と服を新調して準備完了。
予算もそれなりにあったので前回のより少しいい物が買えた。
武器はマカナと指揮官が持っていた剣を使う。
肉厚の刃と破損した場合、自動で修復する機能が付いている高級品だ。
ありがたく使わせてもらおう。
さて、まだ時間はあるのでまずは色々と済ませておくか。
俺は情報収集を兼ねて冒険者ギルドへ足を運んだ。
「街の外へ逃げたって話らしいぞ!」
「街中で暴れてかなりの手傷を追ったって話だ!」
「まじか。なら、早い者勝ちか!」
「情報を寄越せ! 俺が仕留めてやるぜ!」
何だか凄い騒ぎになっていた。
どいつもこいつも目を血走らせてカウンターに齧りつくように依頼を受けようとしてる。
カウンターで列の整理をしている職員に声をかけてみた。
「何かあったのかな?」
「緊急の依頼です。昨夜、この街に地竜がでたらしくその討伐依頼です」
おや? 何だか心当たりがあるぞ。
「遭遇した五十人近くの冒険者達が討伐に乗り出してくれましたが全滅――」
いやいや。何でそんな事になってるんだよ。
連中、くたばったのは自業自得だぞ?
「目撃者によると地竜は尾が複数ある変種で街の外へ逃げていったとの事です」
しまったな。
やっぱり見られていたか。
大丈夫かと思っていたんだが甘かったな。
「街の外に出たとは言え、戻ってこないとも限りません。事態を重く見たギルドは緊急で討伐依頼を発注しました。緊急なので報酬はかなり高額になっています」
あー。なるほどね。
そっかー。大変そうですねー。
頑張って討伐してください。見つからないと思うけど。
聞けば地竜は危険度が高く、現れた場合は単独で仕留める事が難しい。
その上、群れで行動する事が多いので、確認されたらすぐに、上位の冒険者を呼び出した上で討伐依頼が組まれるほどだ。
え? あいつらそんなにやばかったの?
記憶喰った連中は知ってても出くわした奴が居なかったから強いんだなーぐらいの感想だったんだが。
俺一人で一ダースぐらい仕留められたから、そこそこぐらいの認識だったよ。
その時点でこの話に対する興味が失せた。
俺は職員に礼を言ってギルドを後にする。
この様子じゃ地竜の話以外は出てこないだろう。
でも、昨夜の件と俺は無関係で通せそうだな。
知りたい事は分かった。もうここには用はないな。
今も混雑しているカウンターに背を向けて、ギルドを後にした。
よくよく考えれば、あれだけ派手にやってごまかせる自信があるという事はある程度の権力があるか、権力者に顔が利くって事だろう。
少し離れた所にある、巨大な屋敷を眺める。
エンカウ――いや、アコサーン領の統治者であるホッファー・アコサーン。
読んだ記憶によれば幹部とやらはここの警備隊長のシュドゥーリとかいう奴らしい。
どう見ても、シュドゥーリはホッファーの名代だろ。
そうでもなければ、警備隊長なんて身動きの取り辛い肩書なんて邪魔だろ。
さて、ここで情報を整理してみよう。
まずは、俺を襲撃したのは暗殺ギルド「魂の狩人」。
これは、複数人からの記憶で確定。
で、その元締めはホッファー・アコサーン。
これは確定ではないが、ほぼ黒。
ハングによると、俺への暗殺依頼は付き合いのあった人間からって話だが…。
ホッファーと付き合いのある人間って解釈でいいだろう。
……って事はロートフェルト絡みか。
そうなると考えられるのはオラトリアムかライアードの関係者だな。
……あれ? アコサーンとオラトリアムって付き合いあったか? ライアードは知らんけど。
それにしても、どうやって生きている事を知ったんだろう?
エンカウに入るまでは文字通り人里から離れてたのに…。
そのあたりは、ホッファーかシュドゥーリに聞くとしよう。
ふむ。
どう攻めたものか。
とりあえず夜に行く事は決定で、考えているのはどこまでやるのかだ。
皆殺しは流石に良くない……か? シュドゥーリは絶対殺すけど。
どこまでが連中の一味か判断が――って考えたら領主が関係者なんだったら皆殺しでいいか?
それだったら楽だな。
下から非戦闘員を重点的に狙って戦闘員は来た奴を返り討ちにすれば良い訳だし、一階に陣取っておけば逃げられる心配は――いや、お約束の隠し通路があるか?
他に気を取られて本命の領主を逃がすのはよろしくない。
いっそ人質でも取るか?
確か娘が一人いたな、そいつを押さえて領主をおびき寄せて出てきたところをぱっくりいけばいい。
うーむ。
何だか考えるのが面倒になってきたな。
もう正面から行くか。
適当に何人か仕留めて記憶を奪えばここの間取りは手に入るだろう。
後は真っ直ぐ行って領主本人を押さえれば問題ないか。
……いや、間取りはすぐに手に入るか。
門から交代で勤務上がりなのか警備兵が一人屋敷から出てきた。
俺は無言で屋敷から離れていく警備兵の後を追った。
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