第19話 「娘」

 深夜。

 天気は曇天。

 いい感じに曇っていて暗い。


 俺は昼間に店で買った木でできた仮面と黒いマントで全身を覆う。

 これで俺が誰かは分かるまい。

 木の仮面は目の所に丸い穴が開いている簡素なものだが顔を隠すには問題ないな。


 屋敷を覆う塀に近づき目線の上あたりの所を剣の柄で殴って大き目の凹みを入れる。

 これで準備完了。

 俺は少し離れると塀に向け、助走をつけて跳んだ。


 凹みの所に足をかけて更に跳んで塀を乗り越える。

 そして着地。

 うむ。情報通り。


 この時間はこの辺りはほとんど人が来ないので、一部の警備兵のサボり場と化しているらしい。

 周囲を確認するが人はいない。

 問題ないな。


 俺はなるべく音を立てずに屋敷に沿って歩く。

 ……ここだな。

 一つの窓の前で足を止める。


 この中は倉庫だ。

 領主が集めた骨董品の保管場所らしい。

 正直、価値がよく分からない微妙な物を取りあえず置いておく所らしい。


 俺は魔法を起動。

 使うのは<沈黙Ⅰサイレンス・ワン>一定空間内の音を消す魔法だ。

 昨日、俺を襲う時に人除けに使ってた奴だな。

 

 軽くガラスを叩いて音がしないのを確認した後、叩き割った。

 中に手を突っ込んで開けようとし――鍵がないな。嵌め込み窓か。

 面倒な。俺は枠を掴んで窓ごと引っこ抜いた。


 引っこ抜いた窓をその辺の草むらに放り込んで証拠を隠滅して中に入る。

 

 ……埃っぽい部屋だな。


 確かに何だか奇妙な形をした壺やら絵やらが雑に置いてある。

 ゴブリンの宝物庫にも似た物があったな…。

 頂こうにもかさばるから帰る時に余裕があったら貰うか。


 ……確か領主の部屋は三階だったな。


 見つからずに行くのは――まぁ、無理だろうから一気に行くか。

 一応、この時間は動いてる使用人の数は少ないが警備は多い。

 巡回ルートと人員は把握してるが決まり切った時間に回っている訳ではないので、出くわす可能性はかなり高い。


 その辺を踏まえつつ俺は倉庫からそっと廊下に出た。

 

 「……」

 「……」


 執事っぽい奴と目が合った。

 

 「だ――」

 「ふんっ」


 声を上げる前に左頬の辺りをぶん殴った。

 うわ、首が百八十度回ってしまったぞ。

 しまった。咄嗟の事で加減が効かなかった。


 執事を倉庫に引っ張り込む。

 何でこいつこんな時間にこんな所をうろついてたんだ?

 記憶を確認する。


 ……あー。


 どうやら、こいつは倉庫の骨董品をこっそり売り捌いていたらしい。

 今回は持ち出す商品の値踏みに来たようだ。

 災難だったな――って自業自得か。


 執事って奴はみんなこうなのか?

 俺の知ってる執事は大抵ろくなことしないな。

 記憶をざっと確認していると領主の現在の居場所が分かった。 


 こいつはさっき領主と会っていたようだ。

 今は執務室で仕事中か。

 どっちにしろ三階だがな。


 死体は勿体ないので養分だけ吸い取って干物にしておいた。

 昨夜の尻尾を使った食事で思いついた捕食方法だが、これは中々使える。

 なんせ血で汚れないしな。


 ただ、直接喰った方が腹が膨れるような気がするんだが…気分の問題か?

 今はどうでもいいか。

 干物になった執事は服をはぎ取った後、骨董品の隣に並べて置いた。


 ……違和感がない……かもしれないな。


 万が一誰かが見てもごまかせるだろう。

 さて、気を取り直して先に進を急ぐか。

 俺は今度こそはと倉庫からそっと出た。


 廊下に出る。

 よし、今度こそ誰もいないな。

 隠れるような所もないので堂々と階段へ向かう。


 階段が見えてきたが警備が居るな。

 二人か。

 隠れる所もないし突っ切ろう。


 俺はマカナを抜いて突っ込む。

 二人は俺に気づいたようだ。


 「な、何だお前は」

 「ふざけたナリしやがって!」


 俺はマカナで片方の脳天に振り下ろす。

 頭が爆散した。

 

 「……え?」


 目の前の出来事に呆然としてるもう一人は頭を回転させて仕留める。

 こうなってしまった以上仕方ないな。

 俺は全力で階段を駆け上がった。


 二階は用事がないので無視。

 そのまま三階へ。

 廊下へ出る。


 警備が一人背を向けて歩いていたが反応する前にマカナを脇腹に喰らわせる。

 警備兵は血反吐を吐いて吹き飛んだ。

 俺はそれを無視して廊下を走る。


 下で何やら悲鳴が聞こえてきたが無視だ。

 執務室は――見つけた。

 俺は執務室の扉を蹴破ると中へ踏み込んだ。


 中には領主のホッファーが誰かと向かい合っている。

 話し中かな? お邪魔するよ。

 いきなり入ってきた俺を見て目を見開いていたが、すぐに立ち直る。


 「な、なんだね君は!?」


 おお、立ち直り早いな。

 俺ならこんな怪しいナリした奴が目の前に来たら驚いて逃げるわ。

 隣に居るのは――うお、すっごい美人。


 金髪で胸も結構でかい。 

 前世で会ってたらガン見してたな。

 察するに娘か。特に用事はないから無視だな。


 「ホッファー・アコサーンだな」

 「そ、そうだが。どうやってここに……」

 「昨日の騒ぎの被害者――と言えば分かるか?」

 

 ホッファーは察したように表情が明るくなる。

 ん? 明るく?

 

 「き、君が「狩人」の連中を返り討ちにした男か! な、なら頼む! 助けてくれ!」


 んん?

 何を言っているんだ?

 ホッファーは娘を指差す。


 「この女を始末してくれ! 殺しの片棒を担ぐのはもうたくさんだ!」


 え?娘じゃないの?

 何が起こっているんだ?

 俺は急展開すぎて状況に全く付いていけなかった。


 「今も君を殺すために街を――おごっ」


 娘――じゃないのか?がホッファーの髪を掴んで頭を執務机にたたきつける。


 「っせーんだよ。お前は黙って俺の言う通り動いておけばいいんだよ」


 うわー。まじかぁ……。

 あの見た目でこんなドスの利いた声出せるのかよ。

 しかも一人称俺かよ。色々台無しだ。 いや、俺が美人に幻想を持ちすぎたのか?

 悲しい気持ちになった。

 

 「うぐぐ、あんな輩を何人も家に入れおって――お前など娘でも何でもないわ!」

 「あら? お父様。どうして娘にそんな酷い事が言えるの?」

 「黙れ外道! ニーザも貴様が殺したんだろうが! 今までは娘と思い疑いたくはなかったが……」

 「あら? 酷い。お母様は事故死でしょ? もうボケたのかしら?」

 

 あー。あの子が娘で合ってるのか。

 察するに魂の狩人のボスはあの娘?

 夫人が居ないのは気にはなっていたが…母殺し?


 「っとぉ。無視して悪いな? ロートフェルトさんよぉ。今はローさんだっけ?」


 娘はホッファーの腹に蹴りを入れた後、追加で2、3回頭を机に叩きつけた後、手を放した。

 痛めつけられたホッファーは鼻血を出しながら床に崩れ落ちた。

 呻いてるところを見ると生きてはいるようだ。


 「自己紹介がまだだったな。アコサーン家長女。リリネット・クリスチーナ・エルド・アコサーンだ。それにしても良くここが分かったな? 嗅ぎ付けられるとは予想してなかったぜ」

 「口の軽い奴が居てね」

 「ほー。そりゃ興味深い。ここまで辿れるような情報持ってる奴は居なかったと思ったが……」


 娘――リリネットはああ、と得心したように頷いた。

 

 「シュドゥーリかぁ……あのゴミ野郎しくじりやがったな」

 「一人で盛り上がっているところ、悪いんだがお前が魂の狩人の頭で間違いないんだな?」

 

 リリネットは俺に向き直ると笑みを浮かべる。

 うわ。すっげえ顔。

 美人でも下品に笑うとこんなに酷い顔になるのか。


 隠せないから本性とはよく言ったものだ。

 

 「ああ、その通りだよ。まさか来てくれるとは思ってなかったから。お前のために用意した催しが無駄になってしまったなぁ」

 「確認ついでに依頼人の事も喋ってくれると嬉しいんだが?」

 「おっとぉ。それは言えないな。知ったところでお前はここで死ぬからな」


 いきなり目の前に魔法陣が現れた。

 魔法!? 予備動作なしかよ!?

 俺は咄嗟に後ろに飛んで手を交差して防御する。

 

 視界が炎で埋まる。

 昨日も使われた<爆発Ⅱ>ってところか。

 俺は爆発で廊下まで吹き飛ばされた。


 また、このパターンか。

 今回は一方向、防御も間に合い、防具も上等と三要素が揃っていたので、いきなり手足が欠損する事態は避けられた。

 ただ、マントと仮面はダメだった。燃え始めたので脱ぎ捨てる。


 「おー。中々いい男だな。俺の部下だったら一発くらいやらせてやったかもな?」


 うるさいな。お前みたいな下品な女はお断りだ。

 左右からナイフが飛んでくる。

 片方は手の甲で、もう片方は剣の柄で弾いた。


 廊下にはいつの間にか男が二人、影の様に音もなく立っていた。

 魔法はこいつらか。

 リリネットは左の男を睨む。

 

 「おい。シュドゥーリ! 手前ぇだろ! ここの事漏らしたのは!」


 シュドゥーリはゆるゆると首を振る。


 「俺ではない……が、確かに昨夜の襲撃で指揮を任せた男とは面識がある。だが、奴が吐いたとは考えにくいな」

 「ほー。じゃあ、どうしてここを特定できたんだろーな?」


 左右の男は鏡で映したように瓜二つだ。双子か。

 浅黒い肌に綺麗に剃った頭。中東とかにいそうな顔だな。

 両手には大振りのナイフ。刃には溝のような物が彫ってある。


 ……毒か。

 

 「それは分からない。状況から拷問している余裕はなかったはずだ」

 

 ……にしてもこいつら余裕あるな。


 視線は俺から切ってはいないが、普通に喋ってるぞ。

 付き合ってやる義理はないので、まずは目の前のリリネットを狙った。


 マカナで脇腹を狙う。

 頭は避けないとな。

 

 「おっとぉ」

 

 リリネットは引き付けてから少し下がるだけで躱す。

 正直、空振ったとしか思えないほどギリギリの見切りだった。

 しかも、土産付とはな。


 俺の肩にはナイフが刺さっている。

 帷子のお陰で体には食い込んでないが――この女、躱しながら投げてきやがった。

 引き抜いて投げ返す。


 「あら? 帷子か? 運のいい奴だな? 毒で弱っているところが見たかったのに残念」


 躱しながらへらへらと締まりのない笑みを浮かべる。

 舐められて――いや、挑発か?

 

 「あとさー。俺ばっかり見てても良くないんじゃないか?」


 背中が斬られる。

 双子か。

 空いた手で剣を抜いて横なぎに振る。

 

 二人もあの女同様、少し下がるだけで躱す。

 シュドゥーリが振りきったところで俺の懐に入り、頬をナイフで切り裂く。

 反撃しようとした俺をもう一人が腕を捻り上げて、関節を極めて床に押さえ込む。


 「あーらら。もう終わっちゃたな」

 

 リリネットは関節を極められて動けない俺の頭を踏みつける。


 「昨日、五十人近くを返り討ちにしたって話だったからどんな奴かと思ったら、このざまかよ?」

 

 俺の頭をぐりぐりと踏みにじる。

 困ったな。こいつら強いぞ。

 特にこのリリネットが曲者だ。


 へらへらしているが、まったく油断をしていない。

 そして、双子との連携が上手い。

 撹乱、攻撃、防御の役割分担がしっかりできている。


 ざっと見た感じ、リリネットが煽って注意を引き、シュドゥーリが投擲などで攻撃。

 残りが、反撃に対処するんだろう。

 今回は拘束する役だが――。

 

 拘束はすぐに外せるが、こいつらをどう仕留めるか。

 広範囲に魔法を打ち込めば勝てはするだろうが、先への手掛かりがなくなってしまう。

 最悪、一人だけでも頭が無事なら何とかなるか。


 「……となると。替え玉か仲間がいるか……か? おーい。これ見えるか?」


 目の前で小さな袋が揺れている。


 「お前を斬ったナイフはな。とある魔物の毒を濃縮した奴でな。しばらくすると体がだんだんと痺れて動けなくなり――そして激痛が全身を襲い死に至る。……でこれが解毒剤。欲しいだろ?」


 いや、いらないです。

 

 「俺の質問に素直に答えるなら。くれてやるよ」

 

 今、考え事してるから黙ってくれませんかね。

 

 「おいおい。何とか言ったらどうなんだ?」

 

 うーむ。

 試したい事もあるしこれで行くか。

 俺は視線を上げてリリネットの目を見る。

 

 自信に満ちた目だ。

 自分が負けるとは考えていない人を見下す強者の目だ。

 前の俺がそう在りたいと思って、届かなかった目だ。


 そして、もっとも嫌いだった目だ。

 胸の奥でチリチリと黒い炎が燃える。

 その高い鼻を理不尽に圧し折ってやりたくなってきたぞ。


 胸の炎が勢いを増すのを感じた。


 ……あぁ……殺してやりたい。

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