第17話 「悪夢」

 あー……。まったく、とんでもない事をするな。

 俺じゃなかったら死んでたぞ。

 自分の体を確認する。


 片手、両足は完全に消し飛んで断面は炭化している。

 元椅子やらテーブルやらが全身に突き刺さり、我ながら針鼠のような有様だ。

 腹にもでかい穴が口を開けている。


 ……物理的にお腹が減ったなー。


 臓器類は使わないから邪魔だったので心臓や一部を除き取っ払っていたので、腹の中はほとんど胃袋になっていた。この体、食った物を完全に消化するから排泄しないしな。

 一応、心臓は動かしているが動いているだけだ。脈や鼓動がないと怪しいからな。


 何だか見え辛いかと思ったら片目も潰れてるな。

 幸いにも頭蓋骨の密度を極限まで上げておいたのと、咄嗟に庇えたので命は残ったか。


 ……にしても思い切った事をする。


 酒場に居た連中は囮で、これが本命だったのだろう。

 いや、ここの連中で仕留められればそれはそれでよしとしていたかな?

 使ったのは風と火の複合魔法か?


 <爆発エクスプロード>だったかな?

 しかも、複数人で協力して発現点と指向性を弄ってるな。

 周囲を見る。店自体は爆発でボロボロだが、壁だけは他に比べて不自然に綺麗だ。


 本来なら手元でしか発動できない魔法を協力する事で発現点を店の中に指定。

 それを俺に向けて四方で行い、吹き飛ばしてくれたわけだ。

 外で騒ぎが起こっていないところを見ると、魔法で音が漏れないような細工もしているんだろう。

 どう考えても、魔法が使える奴が二十近くとそれの護衛が同数近くいるな。

 

 ……寄ってたかって……か。


 胸からドス黒い物が湧き上がってくる。

 凄まじい暴力衝動だ。記憶が理不尽を滅ぼせと叫んでいる。

 あの恐竜もどきの時もそうだったけど……この手のシチュエーションに弱いな俺。


 以前のように深呼吸を繰り返して怒りを逃がす。

 ちょっと落ち着いたところで、行動を起こす準備を始める。

 どうしてくれようか。


 俺は外の連中への殺意を滾らせながら失った体を作っていく。

 さあ、見せてやろう。俺の殺意の形を。







 酒場で爆発が発生した事を確認すると、この場の指揮を執っている俺――ウグニェンは部下に指示を飛ばす。

 

 「煙が収まったら中に入るぞ。まず死んでいるだろうが万一という事もある。油断はするな」


 果たしてここまでする必要があったのだろうか?

 俺が受けた指示は酒場に踏み込んできた標的を仕留める事だ。

 標的は魂の狩人のメンバーを次々と殺して回っているらしいふざけた奴だ。


 それを聞いた時、俺は内心笑ってしまった。

 馬鹿な奴だ。

 俺達に喧嘩を売って生きていた奴を俺は知らない。

 

 今までも俺達の「仕事」の標的の家族とか言う奴らが復讐に来たが、例外なく返り討ちにした。

 その後でそいつの家族や友人をそいつの目の前で見せしめにするのは最高の娯楽だ。

 半年前だったか――息子を殺されたとか言う奴が復讐に来たが、結果は無残なものだった。


 目の前でそいつの娘を楽しんだ時は良かった。いい女だったしな。

 あの男の顔は今でも忘れられない。

 思い出すと体の一部の血行が良くなるな。


 殺すのは本当に勿体なかったな。


 今回の報復はどんな形になるのか本当に楽しみだ。

 出来れば家族や友人に女が居れば最高なんだがな。

 それを本人に見せられないのは本当に残念だ。


 仲間が何人も消されているので、油断する訳にはいかなかった。

 まずは、奴を誘き出す事を考えた。

 奴は俺達を殺す事に拘っていると思われる。その線で行くならここに必ず来るだろう。


 正確には死体が見つかっていないので、死んでるかどうかは不明だ。

 だが、街の武器屋に居なくなった連中の装備が売りに出されているところを見るともう手遅れだろう。

 特定は凄まじく楽だった。


 馬鹿なのか? 何でまたそんな足が付く事を?

 見つけてくださいと言わんばかりだ。

 結果、あっさり見つかった。正直な話罠を疑うがその気配もなし。


 標的は最近、冒険者を始めたらしいローという男だ。

 詳しい素性は時間がなかったので調べられてないが、事が終われば報復のための追跡調査が行われるだろう。

 結果が出るまでは俺の出番はないだろう。お楽しみはその後だな。

 

 俺はふっと小さく笑う。

 皮算用だな、その辺は仕事を済ませてから考えるか。

 酒場で仕留められれば良かったんだが、保険をかけておいて正解だったな。


 中の連中が全滅した場合は外で待機していた、魔法使いメイジ共の魔法で仕留める手筈だった。

 三人一組で四方に配置、店内で直接発動し、指向性を持たせた<爆発Ⅲ>だ。

 まず、生きちゃいないだろう。


 そもそも判別できる状態かも怪しいな。

 死体の確認が面倒だな、等と考えながらそろそろ煙が収まってきたので部下を中に入れるか。

 

 「よーし。そろそろ入れ!死体を確認したら俺の所まで持ってこい!」


 数人の部下が店に入っていく。

 さっさと片づけろよと内心で思っていると――。

 凄まじい悲鳴が上がる。


 「!?」

 

 何だ!? 何が起こった?

 生きていたのか? 有り得ない。

 あの店には地下や塹壕はないぞ。どうやって生き残った?


 護符アミュレットの類か? アレを防げるなら相当の物だぞ!?

 考えている間に悲鳴が消えた。

 ……どうなった?


 軽い風を切る音と共に何かが顔にかかった。

 かかった物を手で軽く拭う。手を見ると真っ赤だった。

 後ろを見ると、何か果物のような物が弾けて中身をぶちまけていた。


 そして散らばった物と――目が合った。

 額から大量の汗が出てくる。

 恐る恐る店に視線を戻す。


 悪夢と絶望が姿を現した。


 

 見た目は地竜が一番近いだろう。

 だが、近いだけで完全に別物だった。

 手足は異様に太く、血管のような物が大量に浮き上がっている。


 何故か片手に棍棒のような物を持っている。

 胴体も凄まじい量の筋肉が皮膚を押し上げて力を漲らせている。

 そして、一番気になるのは尻尾だ。


 どういう訳か五本ある。

 筋肉量と手足のせいで、体のバランスがおかしい。

 

 何より――圧力と殺気が凄まじかった。

 視線に込められた殺意だけで逃げ出したくなる。 

 化け物は首をゆっくりと回して視線を巡らせると凄まじい咆哮を上げる。

 ここの周囲に配置したメイジ達の魔法で音は漏れないが、威圧されて一部の部下は足を震わせている。

 

 「殺せ! 早く!」


 言いながら俺も腰の剣を抜く。

 部下の一人が化け物に切りかかる。

 次の瞬間には部下の腰から上が消えてなくなっていた。


 化け物が手に持っている棍棒を振った結果らしい。

 何だあれは? 見えなかったぞ。

 少し遅れてベチャという音と何か湿った物が近くの建物にぶつかる音が聞こえた。


 「おい、今の見えたか?」

 「いや? え? 棍棒を振ったのか?」


 化け物は身を低くして凄まじい速さで走る。

 手近な部下の上半身を口で咥えこんで噛み千切る。

 地面に落ちた下半身から血が噴き出す。


 「ザッツが喰われたぞ! 正面からはまずい。後ろ! 後ろからやれ!」

 「槍だ! 槍で行け!」


 後ろから攻撃しようとした連中は尻尾の餌食になった。

 どうやって操っているのか尻尾が意思を持っているかのように動き、部下の腹に突き刺さる。

 

 「がはっ」

 「何だあの尻尾――生きているのか……」


 突き刺された連中の不幸は終わらない。

 

 「あが……何だ……吸わ……れ」

 「ギール! あぁ、なんてこった。 ギールが干からびちまった」


 刺された連中は何をされたのかみるみるうちに萎んでいき、数十秒で干物になった。

 化け物は恐ろしい速度で走りながら、正面に居る奴は歯で、すれ違った奴は尻尾で突き刺して食い散らかしていた。

 

 「何だ! 何なんだよこれは!」

 「くそがぁ! 何でこんな奴が街中にいるんだよ!」

 「接近戦は無理だ! 魔法だ! 魔法で仕留めろ! メイジ共! 詠唱しろ!」


 部下の悲鳴に被せるように俺は指示を飛ばす。

 近づくのは無理だ。遠距離で仕留めるしかない。


 「弓を持ってる奴は射かけろ! 味方に当てるなよ! 時間を稼げ! 槍持ちは前に出ろ! 牽制だけでいい! 動きを止めろ!」

 

 動きが速すぎる! 最低限動きを抑えないとどうにもならん。

 槍を持った部下が間合いの外から攻撃を繰り出そうとするが…。

 化け物は槍を意に介さずに間合いを詰めると尻尾で片端から仕留めていく。


 奴の足元には元人間の干物が転がっていく。

 弓兵達が動揺を抑えて矢の雨を降らす。

 何とか動きが遅くなってくれれば…。


 矢が化け物に刺さ――らずに弾かれる。

 弾いてやがる!?

 どんだけ分厚い皮膚なんだ!?

 

 だが、時間は稼いだ。

 魔法の詠唱が完了したようだ。

 メイジ達が魔法を発動しようとして…首が飛んだ。


 「――は?」


 自分でも間抜けな声が出た。何が起こったのかさっぱり分からない。

 魔法を喰らわせようとしたメイジ達の首が冗談みたいに宙を舞っている。

 俺は化け物に視線を向ける。


 顔の前に魔法陣が浮いてる。

 馬鹿な!? 魔法だと!?

 しかも、風の基礎じゃない、応用の<風刃ウインド・カッター>…しかも射程と範囲を弄ったⅢだ。


 そしてもっとも恐ろしいのは三人四ヶ所で固まっていた十二人全員の首が飛んでいたのだ。

 ふざけた事にこの化け物、動き回りながら魔法を構築した上に複数同時起動している。

 いや、それ以前に何で魔法が使える!?


 地竜の――恐らくは変異種か? だとしても地竜は魔力はあっても魔法を構築する知能があるはずが……。

 そこで、ようやく俺は周囲の状況に目が行く。


 「――え?」


 立っているのが俺だけで、他は全員死んでいた。

 化け物は俺をじっと見ている。

 俺は震える手で剣を構え、どうするか必死に思考を回す。


 今まで数々の獲物や敵を切り裂いてきた愛用の剣がここまで頼りなく感じる事がここまであっただろうか……。

 逃げるか? 無理だ。

 生き残るにはやるしかない。


 地竜といえども首を切られて生きている訳はない。

 首だ首を狙うんだ。

 矢を跳ね返すほどの頑丈な皮膚だが、この剣ならやれるはず。


 やるんだ。やれる。やれるに違いない。

 自分に言い聞かせて集中力を高める。

 化け物は動かない。


 どう動く? 魔法か? それとも突っ込んでくるか?

 突っ込んできたとしてどう来る? 噛み付き? 棍棒?

 魔法を使われたらどうにもならん。


 俺は覚悟を決めて化け物に突っ込んだ。

 剣を構えて斬りかかる。

 でかい相手は下からの攻撃に弱い。地竜は視点が高いから尚更だ。


 身を可能な限り低くして走る。

 化け物は動かない。

 よし、俺の動きを捉えづらくなってる。


 棍棒を振りかぶっているのが見えた。

 更に速度を上げる。

 棍棒が俺の後ろの地面を叩く。よし、やはり奴にとって下は鬼門か!


 間合いに入った。剣を突き出――。

 

 「……?」


 剣がなかった――と言うより、肘から先が消えていた。

 何が起こった。

 俺は何が起こったか理解できず呆然と視線を巡らせる。


 「あ……」


 尻尾だ。尾の一本が俺の腕を銜えている。

 真ん中が開いて俺の腕を喰い千切ったのか。

 血が噴き出す。意識が急速に薄れていく。


 何でだ……どうしてこうなった。

 これはあのローとかいう奴を仕留めるだけの――仕留め……。

 ……あれ? あのローって奴はどこに……。


 そこで、俺はこの状況を完全に理解した。

 そうだ! そうだったんだ! 俺はおかしいと思っていたんだ! 

 そう考えれば全ての辻褄が合う。


 俺はその事実を言葉に乗せる。


 「夢だ! これは夢なんだ!」


 早く覚めろよ!

 俺の願いは化け物の大きく開けた口から覗く闇に呑まれた。

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