二章

第13話 「冒険者」

 本日は快晴。

 余計な荷物も処分して服も新調した。

 俺の気分はかなり上向きだ。


 シュドラス山とさよならした俺はその後、特に妨害もなくアコサーン領に入る事ができた。


 アコサーン領。

 位置はオラトリアム領の東側。

 人口などは知らないが、記憶によれば陶器などの工芸品、武具や農具などの鉄製品の取引が盛んらしい。


 オラトリアム領との交易はなし。

 理由は二つの領を仕切るように存在する切り立った山からなる小規模の山脈があるからだ。

 人が通る分には問題ないが傾斜がきつく、馬車どころか馬でも通れないのだ。


 アコサーンは特にオラトリアムと交易する事にメリットを見いだせなかったのか、基本的に無視されていた。

 お互いの関係はせいぜい、顔を知ってるお隣さんレベルだ。

 

 ……礼儀とか形式だけでも交流しとくものじゃないんだろうか?


 この世界では違うのかな?

 ロートフェルトも特に変とは思っていなかったようだが…。

 まぁいいか。


 街を見た感じ金回りは良さそうだ。

 言っては悪いがオラトリアム領とは活気と規模が違う。

 隣にも拘らずどうしてここまで差が付いたのやら……。


 そして現在、俺が居るのは領主の直轄地であるエンカウの街。

 流石は領主のお膝元。人も多いし店も多い。

 街に入ってまずやった事はお宝とゴブリンの貨幣の換金だ。


 流石ゴブリンの財宝、中々の値で売れた。

 店の親父には出所をしつこく聞かれたが「冒険で手に入れた」で通した。

 嘘はついてないしな。


 その後は体型を弄ったせいで破れた服の新調をした。

 ちなみに泥のメイクは山を下りる時に落としておいた。

 懐は温かいので、ちょっと良い生地を使った頑丈な服と服の下に着こむ鎖帷子チェイン・シャツを買った。


 その後は、武器屋に使わなくなった武器などを売り飛ばした。

 戦輪はちょっと迷ったけど、投げても当てられる気がしないので処分した。

 手元には釘バットマカナとカタール、減音の腕輪だけを残した。

 この腕輪、いまいち効果が実感できないな。


 整理後、服装は購入した服とチェイン・シャツ、穴は開いたがまだ使える黒ローブ。

 武器はマカナとカタール。

 ちなみにカタールは弄ってると刃を出し入れするギミックを見つけたので小手としても使える。

 

 ポーチには、手に入れたけど結局使わなかった火薬入りの小瓶とお金、最後に愛用のボロ布君一枚。

 持ち物的にもすっきりしたな。


 さて、すっきりしたところで飯にしよう。

 最近……というよりこの世界に来てからまともな物を食ってない。

 記憶では知ってるが、実際食ってないからなんと言おうと食った事がないのだ。


 ちょっと高めの食事処で食った飯は美味かったが……やはり、心の琴線には触れなかった。

 まあ、このお陰で生肉を喰えたんだ。悪い所にも目を瞑ろう。

 腹ごしらえも済んだ。なら、いよいよ冒険者ギルドに登録に行こう。


 正直な話、かなりわくわくしている。

 冒険者!冒険ができる職業!

 ここまで心が躍るのは、生前の俺の願望だからだろうか…。


 暇さえあればあの冷たい現代社会コンクリート・ジャングル で、現実逃避に見知らぬ世界で冒険する事に思いを馳せていた頃を思い出した。

 我ながら生前の世界に全く未練がないな。 自分で捨てたし当然か。


 昔の事を思い出して少しテンションが落ちたが、気を取り直して冒険者ギルドへ足を向けた。





 おお、イメージ通りだ。

 初めて足を踏み入れた冒険者ギルドは、フィクションで見た通りだった。

 並ぶ木製の丸テーブル、酒を飲む強面の男達。

 壁のコルクボードに恐らくは依頼が書いた紙が大量に貼り付けられている。


 ロートフェルトはこういう所と縁がなかったからな…。

 俺はカウンターに向かう。

 受付嬢はこちらに視線を向けてくる。


 「ようこそ。冒険者ギルドエンカウ支部へ。ご依頼ですか?」

 「わた……ゴホン。すまない。冒険者登録をしたいんだが、手続きはここで可能かな?」


 危ない危ない。ロートフェルトの喋り方で話しかけたな。

 注意しないとな。

 受付嬢は俺の方を見て、一瞬目を細める。


 「……でしたら。こちらの用紙に記入をお願いします」

 

 名前、出身地、年齢、種族その他諸々の記入事項を用紙に記入していく。

 なんて書こうかな…それっぽかったら適当でいいか。

 あ、名前どうしよう。


 ロートフェルトじゃまずいよな。

 ロ……ロー……ロー……もうローでいいや。

 記入を終えて用紙を提出する。


 「……ローさんですね。出身は――ライアードですか? なぜこちらで登録を?」


 いかん。適当に元婚約者の領の名前を書いたんだが、ダメだったか?

 ごまかさないと。


 「実は――家を出て独り立ちして間もないというか……」


 もごもごと言いにくそうに言い訳してみた。

 受付嬢は少し目を細めた。怪しまれたか。

 

 「そうですか。分かりました。では、冒険者プレートの準備をしますので翌日またお越しください。プレートの引き渡しの際、登録料として銀貨十枚頂きます」


 納得してくれた……のか?

 

 プレートの引き渡しに一日あるのか。

 やる事なくなったし、宿でも取ってのんびりしよう。

 後、飯食おう。


 冒険者ギルドを後にする。

 えーっと、宿はどっちだ?

 俺が周りを見まわしていると、悲鳴のような声が聞こえた。


 ……ん?


 聞こえた方に視線を向ける。

 特に何もなかった。

 何だったんだ?


 まぁいいか。





 彼は、石畳を全力疾走していた。

 馬鹿な。ありえない。

 思考の大半は驚愕で埋め尽くされてまとまりが付かない。


 新しい主の命令でこの街へ買い出しに出ていたが、移動中に有り得ない物を見た。

 殺したはずの男が道を堂々と歩いていた。

 体格が違っているような気がするが、その顔は見間違いようがない。


 思わず悲鳴を上げてしまう。

 その後は恐怖のあまり全力でその場を後にした。

 充分に離れて、安全と思われるくらいに離れた所で足を止める。


 荒く息を吐きながら、彼は考える。

 ……殺さないと……。

 早く殺してしまわないと、いつか復讐に来るかもしれない。

 

 警戒するのは復讐だけじゃない…主に感づかれると更にまずい。

 あの女の氷の微笑を思い出す。

 背筋から冷たい汗が流れる。


 手段を選んでいられない、リスクはあるがやるしかない。

 彼――元オラトリアム家の執事ズーベル・ボンノードは必要な行動と予算を組み立てながら、目的地へ足を向けた。





 飯をたらふく喰って、機嫌が良くなった俺は取った宿の部屋にあるベッドに寝転ぶ。

 これで、眠れたら最高だったんだが、そうもいかないのがつらいところだ。

 明日はどうするかなー。


 ぼんやりと明日の予定を考える。

 冒険者カードって奴を貰った後、早速依頼をこなすか。

 最初はやっぱ定番のゴブリン退治かな?


 ……あぁ、それっぽい事もうやったな。

 

 じゃあ別の定番の荷物運びとか薬草採取とかかー。

 明日になってから考えるか。

 では、定番の根を使った練習するか。


 窓から外を見る。

 夜闇と月が見える。

 夜明けはまだまだ遠そうだ。






 翌朝、冒険者ギルドでプレートの受け取りに向かった。

 プレートは認識票ドックタグを思わせるデザインに首から下げる鎖が付いている。

 受け取った後は、血を一滴垂らして完了。受付嬢から簡単な説明を受けた。


 冒険者には階級があり、下から

 下級 黄 三~一級

 中級 青 三~一級

 上級 赤 三~一級

 最上級 金


 依頼の達成件数や稼いだ金額等で昇級するらしい。

 俺は黄の三級からスタートか。

 ちなみに三~一で上になるほどプレートの色が濃くなるようだ。

 俺のは薄い黄色で見るからに安っぽかった。


 説明を聞き終えた俺は、早速依頼を受ける事にした。

 どうせ、派手な依頼は受けられないんだ。

 地道に稼いでいこう。


 えーっと……家事手伝い、倉庫の清掃整理、民家の草むしり。

 村に出たゴブリン退治、畑仕事の手伝い、近所の村への荷物の輸送。

 

 どれにしようか? 個人的には力仕事の方が楽そうだな――疲れないし。


 手始めに倉庫の清掃整理と、草むしりでもしよう。






 しっかりと根を張った草を抜く。

 抜く際は、根を残さず完全に引き抜く。

 抜く抜くひたすら抜く。


 空には月、日はとっぷり暮れていて完全に辺りは夜の闇に包まれている。

 普段なら視界が利かないので、草むしりなんてできたものじゃないんだろう。

 だが、ゴブリンの暗視を手に入れた俺に死角はなかった。


 体力もさっき十分に飯を食ったのでまだまだ余裕がある。

 疲労感は全く気にならない。

 作業を進めながら、進捗状況を確認する。


 ……うん。このまま行けば朝までには片が付くな。


 朝日が昇る頃には、依頼にあったエリアは完全に丸坊主になっていた。

 起きだした依頼人は自分の庭が一夜で綺麗になっていた事に驚いていたが、俺の仕事ぶりに満足してくれたようだ。

 報酬とは別に朝食まで喰わせてくれた。


 おっさんいい人だな。

 また依頼があったら草むしりしてあげるよ。

 よし、次の仕事だ。



 

 次の仕事は倉庫の掃除と整理だ。

 現場を見たが、大量の農具や肥料が乱雑に置かれた倉庫だった。

 整理さえしてくれれば清掃は軽くでいいとの事だが、疲れない俺が本気を出せば余裕だ。


 まずは中の物を全て外に出す。

 空にした後、中の清掃と出した物を戻しながら整理。

 夕方には全て片付いた。


 依頼人のじいさんは大満足で、チップまでくれた。

 

 冒険してないけど冒険者の仕事はとても楽しかった。

 人に感謝されるのは悪い気分じゃないし、最高なのは終わったらそれっきりで済ます事ができるからだ。

 人と深く付き合う必要ないし、俺は金とその場限りの感謝を貰って気持ちよく仕事ができる。


 最高じゃないか。

 



 依頼を終え、気分良く道を歩いているとチンピラみたいな奴が3人道を塞いできた。

 

 「おい、最近羽振りがいいみたいじゃねーか」

 「俺達にも分けてくれよー」

 「酒代なくて困ってるんだよ。助けてくれよ」


 それぞれ、ナイフを抜いて突き付けてくる。

 ああ、みたいな奴じゃなくて本物のチンピラか。

 周りを見る。うん、人はいないな。


 じゃあ、遠慮はいらないな。

 俺はカタールを付けた腕で手近な奴の頭を拳で打ち抜いた。

 頭蓋骨を粉砕した手応えが伝わる。即死だな。


 「なっ」

 「なにしやがる」


 腰に差したマカナを抜いて、もう一人の顎に喰らわせる。

 おっと、力が入りすぎたな。顔がなくなってしまったぞ。

 おいおいチンピラ君弱すぎだ、二等ゴブリンの方がよっぽど強かったぞ。


 残りは逃げようとしたので、捕まえて首を百八十度回転させた。

 首がおかしな角度になったチンピラは地面に崩れ落ちた。

 おお、俺強いな。勝ってしまったぞ。


 さて、死体が三つか。

 取りあえず身ぐるみ剥いで、体は喰うか。

 ありがとうチンピラ君、君達のお陰で食費が浮いたよ。


 どうでもいいけど、仕事始めて一週間しか経ってないのにチンピラに襲われるのこれで二回目だがこの街の治安は大丈夫なんだろうか?

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