第一章 第二話
「香が立ちきりました」
その言葉でふっと現実に
陽月は他の選者を見やる。
左大臣は
決まり通りに孝保が話を進めて、左大臣を
もったいぶるような長い
「……玄水竜家の、泉
その言葉に、右大臣は
右大臣の
「私は、碧木竜家の、楠葉殿を王にと」
次は陽月の番だ。二人の大臣の選はすでに異なっている。この儀で王が決まることはない。
それでも、ドクドクと激しく胸が打つ。実力で判断するという右大臣と同じ楠葉を選ぶのだ。ひどい当主を王に選ぶわけではない。自分に言い聞かせるが、孝保の指示の
何より、選定で最も大きな力を示したのは、白金竜家の鎮ではないのか。その思いが、
孝保の
さくこ、と。
陽月の
「……神剣は、碧木竜家の楠葉殿を、お選びになりました」
ひどい苦さを感じながら、陽月は目を伏せる。
選定の結果から、果ては守り役の名や性別まで、
それなのに、思っていたよりもずっとあっけなく、そして、何の問題も起こらなかった。
儀式など、まるで茶番のようだった。
「左大臣は、次の儀でも水竜を選ぶだろう」
選定の儀を終えた夜、陽月に
「
この男を
「朔子の命がかかっているのですから、私の身に何が起きようと
孝保は目を開いた後、
「そんなことを言えば、何をされるかわからないぞ」
そう
「わかったら、言動には気をつけろ」
陽月は孝保を睨みつけて選定の話を
「玄水竜家は各地の社家とも縁が深く、左大臣の下にある各所ともつながりがある」
「……左大臣と玄水竜家は親しいのですね」
「親しい? さあな。
左大臣に
「不正ではないですか。どうしてそんな」
無感情な声が、驚く陽月を
「
陽月はぐっと眉を寄せた。陽月自身、不正のただ中にいるのだ。陽月たち以外にも、色々な
「右大臣殿にも賂を贈っていたらどうするのですか。もし最後の儀で意見が割れれば、私が二人の大臣を
最後となる第三の儀で、三者の票が
「右大臣は、
陽月からすると、なぜその王を選んだのか、理由を話し合って決められるなら、それが一番良いように思う。
「この国の
「……凶事が続けば、竜や、それを選んだ大臣にも原因があると、思われるのですか?」
孝保は軽く頷いた。
「自らの意を満たす竜が王になればいいと思っていても、その治世が
孝保は、薄く
「結局のところ、楽なのだ。神剣という装置は良くできている。王が、何を
「……誰も、誰一人として、神意など信じていないのですね」
「不都合を
五竜も、陽月が王を選ぶと考えている。神剣を手に取り、竜としての力を見せた彼らでさえ、神意など信じていないのだ。
最も強い力を示した竜を、選者は誰も選ばなかった。信じろと言われても無理だろう。
「……白金竜家の鎮様は、竜の力が強かったのに、誰一人、選びませんでしたね」
「だからどうしたというんだ? お前は私の命じた通りに選べばいい。……それにな」
その後に続けられた言葉が、陽月にはわからなかった。
「白金竜は、王に選ばれてはならぬのだ」
「……なぜです」
「誰からも、王に望まれていないからだ。あいつが儀式でどれだけの力を示そうと、これからも誰も見なかったことにするだろうよ」
無意識に陽月の表情は
「宮中は、
「お前と同じだな」
陽月は目を伏せた。何も言い返せなかった。
そしてあの時、陽月は神剣が選んだと皆の前で告げたのだ。そしてこれからも、その言葉を
「……もう、
陽月は何も言わなかった。再び開かれた目の内には、厳しく、静かで、美しい故郷の風景だけが
陽月は、孝保が
神剣のある
五階建ての塔は、
最上階は下階よりも
ぬるい風と、
神剣は、
陽月はしばらく、ただ神剣を
儀式の時に感じた不思議さなど、もう感じなかった。それでも陽月は心のどこかで、何かを期待していた。
五竜がその剣で不思議を見せてくれたように、たとえば、神意を陽月に囁いたり、あるいは陽月にも不思議な力を与えたり、神がいると思わせたり、挙げれば限りがないようで、挙げる
それでも、今の陽月の
神剣は、何も答えず、ただの置物のようにそこにある。
こんなものに、斉家は仕えているのか、こんなちっぽけな鉄の
「父様……」
神意なんてない。そこまでは口に出せずに、古い剣を眺める。
──それでも、私は朔子を守ります。あなたがしてきたように、あの故郷を守ります。
全て捨てて、
背後から階段の
陽月は振り返らなかった。その人が誰か、
「……白金竜、鎮様」
「守り役
見た目が人と変わらない彼らを竜と呼ぶのは、敬意を
しかし、彼らは誰にでもわかるほど、気配から人とは違う。
鎮は中背よりやや背が高く、小さな手燭を持っていた。初めて見た時も、白金竜の名にふさわしい
鎮を前に何を言っていいかわからず、神剣に視線を戻した。古ぼけた剣に視線を戻したら、後ろから声がかかる。
「神剣が、
その問いに、なぜ
「……嫌いです」
そう
「守り役殿……誰に、楠葉を選べと言われた?」
ドキリとして、足が止まる。
その声にははっきりと、陽月の罪を
五竜の国 偽りの巫女は王を択ぶ 和知杏佳/角川ビーンズ文庫 @beans
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