第一章 第一話
男子の服装は、意外なほど陽月に似合った。
すらりとした背に、中性的な顔だち、少し切って高い位置で
陽月自身は、身にまとうもので自分を左右されることのない
静かすぎる朝は、この
それともただ、陽月の体の内から音が消えているのか。
──この舞は場を清める。清い場を作ってから、神剣のお世話をさせていただく。
斉にはいくつもの舞が伝わる。場を清める舞、神を喜ばせる舞、除災、招福、
父の教えのままに、場を清める舞を
武器としての剣とは違い、
火で剣を清め、焼き入れを模して
こうしてようやく、神剣は清い状態に
あとは斉の者が神剣に向き合う。ただまっすぐに。
見つめるだけなど楽なように思われるが、自身の心持ちを調和がとれた状態に保たなければならず、修練が必要なものだ。父は陽月の気が散ると、それが表に現れていなくとも必ず
──神剣と自らとを同じもののように考え、それから心を整えていく。すると自然、神剣に宿る気も整うていくのだ。良いな、日夜子。
務めを終え、かつての名前を思い起こした
背筋に感じた強い感覚に陽月は気を散らす。散った気が、背後に引き寄せられる。それが、その相手の持つ気配と、
「──竜」
自分の言葉にさらに
なぜそんな風に思ったのか、自分でもわからない。でも、そうとしか思えない。竜だ。自分の後ろにいる、この人は竜だ。
陽月がそう感じた相手は、ただ、
「
とだけ静かな声で告げ、陽月が振り返った時にはもう、塔の階段を下りるわずかな足音しか残されていなかった。
「第一の選定の
孝保の声が、塔の二階に響く。王を選ぶ最初の選定の儀が、始まろうとしていた。
陽月は
儀式は
大臣二人、孝保と共に雑事をこなす神官が数名、そして、陽月の前にはそれぞれ五彩の一色で仕立てた正装に身を包んだ五竜が
これだけの人間といて、陽月はさすがに自分が女と知られるのではと不安になる。
五竜が目の前にいるとはいえ、神剣に仕える者として、剣を前に手をつき頭を下げている陽月には顔を確かめることもできない。
──でも、確かめたい。
神剣の清めの時、背後の人を竜だと感じた、あの不可思議な感覚を陽月はずっと持て余していた。
「各竜家の当主は、前へ。神剣を取り竜の力を示して頂きます」
竜は、木火土金水の内で、自らの
神剣は台の上に横向きに
陽月が顔を上げると、一人の神官が三方を持って神剣の前に置く。三方の上にはわずかな水と小さな
その前に、青で仕立てた正装の青年が座る。
背の高い、
「
そう言うと、神剣を手に取り、切っ先を土器の上に
陽月はその後起きたことに目を
これが竜の力なのか。それを
今までただのおとぎ話としか思えなかったが、神剣に本当に何らかの力があるのだろうか。
その疑問の証左とでもいうように、土器の上のものが、当主が剣を持つ度次々と形を変えていった。
「
明るい声がそう言うと、
次に幼い声が「
ため息をつきそうになるのをこらえ、次はこの土がどう変わるのかと思った時、聞こえて来た新たな声は、名乗りを上げたのではなかった。
「
よく通る
「
パキキ! と音がしたと思うと、土の内から金属と鉱石が生じ、その勢いは強く、
陽月は、引き寄せられるように白金竜鎮と名乗った青年を見た。三方に向けられたままだった鎮の目が、呼応するように陽月に向けられる。
その
なぜか陽月はひどくたじろいで、視線を落としてしまう。
──あの時の竜は、この人だ。
あの時と同じ、澄みわたっていて、どこか鋭い気配を発している。こちらの身まで引き
「
剣は次の竜の手に
「当代五竜は
孝保の言葉で、末席に控えていた神官が、小さな
この時、陽月は初めて当代の
すらりと背の高い、柔和な顔立ちの碧木竜楠葉。
同じだけの上背だが、彼よりもがっしりとして、明るい目をした紅火竜炯堂。
まだ十二、三にしか見えない、幼さが残る黄土竜尚基。
玄水竜泉は、女性と
そして、白金竜鎮。先程と同じ、冷たく輝く瞳をしている。
その瞳を見てようやく気づく。彼らの視線が、陽月に向けられていることに。
孝保の声で、陽月は彼らの視線から解放された。
「選者のお二人は香が立ちきるまでの間にお考え下さい。
孝保が
神剣の意思さえ、孝保に定められている。
「お前が王に選ぶ相手は決まっている」
都に来てすぐ、そう言われていた。
「ですが、神剣の
孝保は陽月をじっと見たまま、関係のないことを口にした。
「……俺、僕、……いや、
「何のことです」
「そのままでいいという話だ。その姿なら、お前を女と思う者はまずいない」
この男の無礼に口答えをしても
「……選者のことを聞いたのだったな」
神剣が王を選ぶとは言いながら、実際の
「その三者全員が同じ者を選ばなければ竜は決まらない。……が、最後の第三の儀まで票が割れ続ける場合もある。その場合、神剣を
「神剣の
だから、孝保の上にいる誰かは、こんな手を使ってまで、陽月を引き入れたのだ。
「そもそも、元は神剣だけが王を選び、大臣は立ち会いだけだった。時と共に貴族の力が強まり、この形になったと聞いている」
斉の役目は同じでも、それを取り巻く
「一応、第一の儀では、それぞれが竜の力を示し、その力を見て選ぶことになっている。……だがな、誰の力が強かろうが関係ない」
孝保が目を細めた。
「碧木竜家の、楠葉を選べ」
陽月は
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