序章 第三話
都に上ることを決めた日夜子は、朔子にそれを伝えた。無論、
「明日の出立の
孝保が声をかける。
朔子の前では多少
「
「もっと支度に時が必要かと思っていましたが、そんな必要はなかったようだ」
宮中に持っていくような物など何もないと暗に
孝保は日夜子と朔子に笑顔を見せる。
「お社のことは気になさらぬよう。藤野と
それはつまり、日夜子と孝保のいない間、朔子たちを
自分が都に行きさえすれば、それで終わりなのではない。宮中でも日夜子が孝保の指示に従わなければ、この男はまた朔子や村人を
日夜子は胸がつぶれそうで、それでも表情には出さなかった。自分がこれから何をするのか、孝保に何を強いられているのか、朔子に気取られてはいけない。それだけは
「孝保殿」
日夜子が呼ぶと孝保は視線を日夜子に向けた。
「何でしょうか?」
「一つ、準備を忘れておりました。麓へ下り、村の
「朔子は千早を取ってきて」
朔子は
毎日、ただ次の代に正確に伝えるためだけに、
十三の時は、自ら行くと言い張ったお役目だった。日夜子では国を乱すと、父にそう言われたことはまだ彼女の胸に
帳をくぐり、
「ねえさま」
頭に花や飾りを身に着けることもあるようだが、斉の神官は神事の際に身を飾ることはしない。
祝詞を唱えるうちに、孝保に
「これから、村のことは吉万呂に任せます。あと、朔子のことを、よろしく
声がかすかに震える。
朔子と、この人たちを守りたい。その
もう一度笑って、明るい声を出そうとした。みっともなく震えた。
「あと……、私たちを今まで育ててくれてありがとう。みんな……、っ、大好き」
最後には、もうそれしか言えなかった。皆も、日夜子の普段の
日夜子は感謝を込めて手をついて頭を下げる。ふっと息をつくと日夜子は立ち上がった。
しばし、誰もが音を立てなかった。草木や鳥さえも
タン! と床を
父の
でも、
静かに、舞が終わる。皆が自分を見ていた。
「みんな、息災で」
朔子が顔を
最後に残った孝保を見ると、彼は
「準備はこれで済みました」
日夜子が言っても、孝保はしばらく答えなかった。彼女はさらに言葉を重ねた。
「明日の夜明けに出立でいいですか」
「あぁ」
孝保は目を逸らしたままだった。そして、顔を上げ、日夜子を見る。いつもと
「
「はい?」
一度きつく目を
「日夜子と名乗れるわけがないだろう。陽月とでも名乗っておけ。陽光の陽に、月夜の月だ」
それだけ言うと、孝保も立ち去った。
元の名前からとったと
「……斉、陽月」
口にしても、他人の名を呼ぶようだった。
──もう、日夜子の名は、捨てる。
陽月。
故郷も名も、全て捨てる
ただ、軽いものだとも、思い切れなかった。
たった一人、社の内で立ち
皆、行ってしまった。旅立つのは自分なのに、置き去られた子どものように心細かった。
彼らと離れるのが、寂しい。
「どうか、息災で」
祈るような言葉を聞き届けるものは何もなく、静かな
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