1章エピローグ 後編
翌朝、ちょうど月曜日だ。
「おはよう」
「ああ、おはよう」
身支度を済ませ、玄関から出る。
ちょうど同じタイミングで出てきた龍姫から声を掛けられた。
「……」
何故かはわからないが、こちらを怪訝な表情で見つめてくる。
俺を敵かもしれないと警戒している……にしてはあまり敵意は感じない。
視線そのものは俺というよりは別のものに向いているような――
「えいっ」
「あだだだだだだだだっ!?」
おもむろに俺の掛けている眼鏡のブリッジ(レンズ同士を繋いでいる部分)に指をかけて引っ張りだした。
だが、眼鏡はまるで接着されているかのごとく外れずない。
引っかかっている部分が痛くなるだけであった。
「いきなり何すんだよ!」
「いや、案外簡単に外れないかと思ってね?」
ただ単に興味本位で制御装置である眼鏡が外れないか試しただけだった。
だが残念だったな、動いても絶対外れないのは身を以て実証済みだ。
そう考えると、照美にあんなにあっさり外されたのはどういう事だろうか。
女神の巫女としての力だろうか?
「敵だった頃に比べるとずいぶん丸いわね。むしろそっちが素だったりする?」
「……侵略軍の戦士として気を張っていたのはある」
「全面的に信用するわけじゃないけど、助けてもらった恩もあるし……少なくとも有無を言わさず寝首を掻くのはやめておきましょうか」
おー、怖い怖い。
出会い頭に命を狙われないだけラッキーと考えるべきか。
「……あいつは何時意識を取り戻す?」
翔の事か……ライバルの事は気になるらしい。
「女神が言うには、夏休み直前くらいには目覚めるらしい。そのころには俺の肉体も復元出来るらしいから、それで万々歳だな」
「なら、一学期中は私の天下ってわけ? もし声掛けられるなら言っときなさい。さっさと起きないと置いていくってね」
「考えとくよ」
これくらい軽口を叩き合えるくらいには、翔の事を信頼しているらしい。
「あとは……ああ、そうだった」
急に周囲の空気が冷え込みだした。
背筋に悪寒が走り、熱気から来るものではない汗がにじみ出す。
発生源は間違いなく、凍るような笑顔をこちらに向けてくる龍姫からだ。
「明音を泣かせるような真似したら、即座に脳天に赤い花を咲かせるから」
黙って頷く以外の選択肢はなかった。
…………ん?
「なんでお前が『その事』を知ってるんだ!?」
「あそこまで深琴にモーション掛けられているのに靡かない以上、思い人が別にいるって考えるでしょ?」
「対象がお前である可能性は?」
「あんたに好かれるような事した覚えがない」
「そうですか……」
この辺凄まじくドライなのが龍姫らしいというかなんというか。
「あとは、照美があんたの家に泊まろうとしたのを全力で止めるように説得した話も聞いたから、対象はもう一つしかないじゃない」
色々聞かされた結果、その答えに行きついたわけか。
不可能じゃないかもしれんが察し良すぎだろ……。
「まあ、忠告は受け取っとくよ。そんな心配する必要ないと思うけどなぁ」
「それ、本気で言ってる? 照美とは何にもなかったの?」
「いや、たしかに近衛や世話係やっていたが、それ以上の事はなかったぞ?」
俺の回答に何か不満があるのか、龍姫にしかめっ面で溜息をつかれてしまう。
「……この様子だと、照美も大変でしょうね」
「なんでそこで照美が出てくるんだよ?」
「もういいわ」
何かを諦めたような顔をされてしまった。
「……おはよう」
少しして、照美が自宅から姿を現した。
微妙にゆらゆらしながら、ロボットみたいな歩き方で近づいてくる。
「おい、ずいぶん眠そうだが何してたんだ?」
「ちょっと寝付けなくて……」
髪ボサボサだし目は半開き、制服のボタンも掛け違えてるし……。
「さすがにその格好で学校行かせるのは無理だな……ちょっと待ってろ」
俺は一度家に戻り、寝ぐせ直し用のスプレーとブラシを持ってくる。
有無を言わさず、照美の髪をブラッシングし始めた。
照美も特に抵抗せずされるがままである。
「ボタンは自分で直せるだろ、それくらいは自分でやれ」
「ん~~……」
だらだらとだが、彼女も制服のボタンを付け直していく。
「ずいぶん手馴れているみたいだけど……」
「世話係時代からやっていた事だしな。これくらいは容易いもんだ」
「ふーん……オカンみたいな事していたのね」
質問に答えながら、視線は髪の方に向ける。
鮮やかなライトパープルの髪は、女神の巫女に選ばれた者の証……らしい。
照美も女神の巫女としての立場はあれど、王族ではなくなった。
なのだから、自由に恋愛したっていい筈だ。
こんなだらしない姿見せたら、学校の男連中に幻滅されるだろうに。
以外にそれもアリって奴もいるかもしれんが。
改めて考えると、コイツの眼鏡に叶うやつってどういうやつなんだろうな?
「……ん?」
ちょうど、照美の髪をしっかり整え終わったタイミングで。
ふと、肩を指でトントンと叩かれる。
叩いていたのは龍姫だった。
人差し指を別の方向に差し、視線を誘導している。
それに従い、目線を正面に向け――
「お、おはよ~~……う。あははは……」
固まった。
引きつった笑顔で目を泳がせながらギクシャクと手を振る明音がいたのだ。
「――……っ!!?」
俺でも龍姫でもない声にならない詰まった声が聞こえた。
おそらく照美だろうか。
ブラッシングしていたのでこちらから顔は見えないが、相当慌てているようだ。
「いやっ、そのっ、これはっ、違くてっ」
照美は、両手をわたわたさせながら何か言おうとしている。
だが、頭が回らないのか殆ど言葉になっていない。
俺はというと、完全に思考が止まり、黙って見ているしかできなかった。
「え、ええっと、お取込み中……? みたいだし……さ、先行ってるね!」
それだけ言い残して、明音は走り出してしまった。
「……はっ!? すまん龍姫! これとこれ家に置いて鍵かけといてくれ!」
おれはしょうきにもどった!
家の鍵とブラシとスプレーを龍姫に預け、走り出す。
今の肉体だと追いつくにはどれくらい――
「ええいまどろっこしい!」
おもむろに眼鏡を外し、力を解放する。
これなら追いつけるはずだ!
一目散に明音の元に駆けだした。
「……で、追いかけなくていいの?」
「今はいい……顔から火が出そうだし」
「そう……ま、お互い後悔しないように。どっちの味方もしないけど」
「……お互いってどういう意味?」
「ご想像にお任せします。それじゃ、頼まれ事を片付けてくるわ」
「はあっ……はぁっ……」
「ぜぇっ……ぜぇっ……」
何とか追いついた頃には、深琴の家を通り過ぎ、お互い息も上がっていた。
「そういや……なんで逃げた!」
考えてみれば、あそこで明音が逃げる理由がないのだ。
それこそ、一緒にブラッシングを手伝ったりしそうなものなのに。
「えっと……なんでだろう?」
「はぁっ!? わからないって……」
「ほ、本当に分からないの! 二人を見てたら急に嫌な気持ちになって……」
今にも泣きそうな表情で、制服の袖を握りしめている姿は、嘘ではなさそうだ。
明音は嘘が極めてヘタクソだ。
そもそも、世界が滅びに向かう間近の土壇場ですら勝利を疑わず、俺の中に燻る良心を信じてきた程のお人よしである。
ならば、本当に自分の感情に整理がついていないのだろう。
「……落ち着け、俺もちょっと強く言い過ぎた。一応言っておくと、まあ昔からあんな感じに世話してたんだよ。いつものノリでってやつで……あーー……」
俺自身、言葉に迷っている。
どうすれば明音を傷つけずに説明できるだろうか?
「私も急に逃げちゃってごめん。あとで照美ちゃんにも謝らないとなぁ」
「それは別にいいだろ。あんな無防備な格好で外に出てきたあいつが悪い」
「……なんか、照美ちゃんにだけは遠慮がないよね」
明音が何故か不服そうな表情を浮かべている。
「散々わがまま聞いてきたんだから、これくらい許されて然るべきだろ」
「なら、これからは一緒に戦う仲間なんだし、私たちにも遠慮しないで欲しいな」
名前呼びも慣れてきたし、そこまで畏まった感じにもなってない筈なんだが。
「一歩引いた場所にいるというか……上手く言えないけど遠慮してる感じがする」
そうは言っても、実際に敵同士だったわけだし、年齢的にも少し離れているからそうなるのも仕方ないと思うのだが、明音としては納得いかないらしい。
「今後は照美ちゃんに接するみたいに気兼ねなくして欲しいな!」
……こいつは警戒心とかないのだろうか?
とはいえ、ここまで言われてしまった以上、答えないわけにもいくまい。
「すぐには難しいかもしれんが、努力するよ」
「うん! これからよろしくね」
俺の答えに、サムズアップと共にこちらに満天の笑顔を返してくれた。
その笑顔は、忌野際に見たあの輝きよりも眩く感じた。
穏やかな日差しに照らされ、立ち込める白い煙が雲から覗く太陽を連想させる。
………………ん? 煙?
「えっ、なんでルースロットの体から煙が――」
ぼふんっ!
「うおっ!?」
いきなりの破裂音と共に白い煙が周囲に拡散していき、視界を埋めていく。
「げほっ、げほっ……!」
少しずつ煙が晴れていく。
少なくとも人体に影響がある類の物ではないみたいだが……。
「おい、大丈夫か!?」
「私は平気! でも、一体何が……ぶふっ!」
落ち着いてこちらを改めて見た明音がいきなり噴出した。
相当ツボに嵌ったのか、腹を抑えて震えている。
追いかける時に眼鏡を外したので、力は戻っていた。
だが、もうカモフラージュの必要はないので外見上の変化はない筈である。
さっきの煙といい、いったい何が――。
「………………なんで肉球?」
俺の手には、なぜか巨大な肉球手袋が装着されていた。
以前力を解放した時に着ていた熊の着ぐるみの腕部分。
それがそのまんまくっ付いていたのだ。
「何が目的で女神はこんなものを……」
ふと、手袋の肉球を興味本位で触ってみた。
ぷにぷにぷにぷに。
「妙に質感が本物っぽいな……」
さすがに本物の熊の肉球を触った事はない。
だが、ぬいぐるみみたいな作り物ではない、生ものっぽい触感だ。
文字通りの熊の手ではないだろうが、妙に癖になるさわり心地である。
……視線を感じた。
その方向を見てみる。
物欲しそうな目で俺の手……正確には熊の手を凝視する明音がいた。
「……触ってみるか?」
(コクコクコクコク!)
なにも言わずに首を縦に振りまくって質問に答えてくれた。
ぷにぷにぷにぷに。
「はぁ~~……」
何とも締まりのない笑顔を浮かべて延々肉球をプッシュし始める。
まあ、変に沈んだ顔されるよりはずっといい。
ぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷに。
「いや、どんだけ触ってんだ……」
「え、だめ?」
「いや、ダメではないが……飽きないのか?」
「結構楽しい!」
いいのかそれで。
結局、龍姫たちに拾われていた深琴と合流するまで延々肉球を触り続けていた。
案の定他のメンバーにも笑われてしまったが。
眼鏡を掛けなおし、目金翔の姿へと戻ると、熊の手袋も一緒に消滅する。
「結局、いきなり現れたあの熊の手は何だったんだ?」
「ヴィクトリアス様が場を和ませるためのジョークのつもりだったり?」
「だとしたら俺を生贄にしないで欲しいんだがな……」
「もうちょっと触りたかったなぁ……」
明音が名残惜しそうに見つめていたが、流石にあの手袋付けて登校は出来ない。
「まあ落ち着け、お詫びにタケさんとこでコロッケおごってやるから」
「そ、そんな食べ物で私が釣られるとでも……」
そういう明音の口元からは隠し切れない涎が顔をのぞかせていた。
「…………出来れば二つ」
素直でよろしい。
「なら私も一つ」
「おい、なんで照美にまで奢らにゃならん」
「別にいいじゃない、二つが三つになろうが大差ないでしょ?」
いや、その理屈はおかしい。
「手間賃代わりに私にももらえる?」
「龍姫まで……まあ借りもあるしいいだろう」
「わ、私も……!」
「深琴もかよ!?」
「ここまで来て深琴だけ無しってのは筋が通らないでしょう?」
龍姫の援護射撃もあり、もはや逃げ場はなくなった。
「……わかったよ。ただし二つって言った明音以外は一個だけだぞ」
「やったーー! 放課後楽しみーー!」
いつも通りの元気を取り戻した明音は、そのまま走り出す。
「こらっ! 待ちなさい!」
「お、置いていかないでください~~!」
彼女を追いかけるように龍姫と深琴が続く。
「……追いかけないの? 置いていかれるけど」
どこか試すような口調で照美が俺に問いかけてくる。
きっと、これから先も明音は突き進んでいくだろう。
立ち止まっていれば、あっという間に見えなくなるほどに。
だからこそ、俺の答えは決まっている。
「追いかけるに決まっているだろ。すぐに並んでやるさ」
異性を支配する対象としか見ていなかったディフィスタンに、俺は答えた。
自分が欲しいのは、共に歩んでいける存在だと。
あいつと隣に並んでも恥ずかしくない男になる。
俺のこの気持ちが、実るかどうかはわからない。
だが、今はこれで良いのだろう。
「おいこら! 危ないから大股で走るな!」
学校に向かって走る彼女達を、俺も追いかけ始める。
「お前らの修学旅行先で特産品買い漁ってただろ? あれ、照美が原因だぞ」
「えっ、そうだったの?」
「ちょ、今それ掘り返さないでよ!」
「生八つ橋食べたいとか言って俺にパシらせたの忘れてないからな」
「なんで修学旅行に居合わせたのかと思ったらそんなことが……」
「照美ちゃんも食いしん坊だったんだね~~」
「そういうお前はおみくじで大凶引いて凹んだ状態で戦ってたじゃねーか」
「うげぇっ!? 思わぬ二次被害!」
「ちなみに、私は大吉だった」
「……末吉でした」
「龍姫は何故ドヤ顔……深琴は、うん、ドンマイ」
「変に優しくしないでください! 色々悲しくなります……」
いつになるかはわからないが、答えが見つかるその日まで。
彼女達の笑顔を守る、そう心に決めたのだから。
悪の侵略者幹部は生まれ変わって正義のヒロインと恋がしたい。 総一智 @sotomo
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