1章エピローグ 中編

「……はぁ」


 翔くんの家――今はルースロットが使っている――から出てすぐ、私の家の扉に背中を預けて、私はため息をついた。


 今、私はどんな顔をしているのだろう。


 軽く耳を触ってみる……ものすごく熱くなっていた。






――惚れた女が泣いてるのを、黙って見ていられるかーーーーーーーっ!――






「……っ!」


 あの時の言葉を思い出し、思わず座り込んでうつむいてしまう。


 私はしっかり聞いていた。


 あの時はぐらかしていたが、疑いようもなくハッキリと聞いていたのだ。


 今の顔は出来れば鏡で見たくない。




 正直、混乱していた。


 死んだと思っていたルースロットが自分たちの味方となって戻ってきた事も。


 事故に遭った翔くんと融合していることも。


 ……自分に対して好意を抱いていることも。




「今度会う時にどんな顔して会えばいいの……?」




 どれも私の頭では処理しきれない程の情報だ。


 あまり頭が良いわけではないのは自覚している。


 まともに顔を見れる自信は全くない。




「らしくないじゃない、いつも考える前に突撃する桃花明音とは思えない」


 こちらを鼓舞するような声が聞こえ、伏せていた顔を上げる。


「照美ちゃん」


 カジュアルな服装ながら、その高貴な振る舞いは夕日を背にしてなお綺麗だ。


「ひょっとして、全部見てた?」


「そうね、ガチガチになって部屋を出て家の前で悶々してる姿なら」


「ごめん、それ以上言わないで……!」




 手で制したものの、クスクスと笑っているのは見なくてもわかる。


 なかなかどうして、今日の照美ちゃんは意地悪だ。


「その様子だと、せいぜい決着はまた今度つけようって事になったの?」


 えっ! どうしてわかったの!?


「いや、そんな驚いた顔されても困るのだけど……すごいわかりやすいし」


 じつはヴィクトリアスの人間って超能力とか使えるのが当たり前なのだろうか?


 照美ちゃんは、感心している私を見てため息をついた。


 そして、目線を合わせるように座り込み、私の肩に手を置く。




「……あいつが何言ったかはともかく、まだ答えを急ぐ必要はないんじゃない?」


「どういう意味?」


「そのままの意味。明音があいつの気持ちにどういう形で決着をつけるにせよ……答えを焦ったらロクな結果にならないって、私は思う」


 そういって、照美ちゃんは優しく諭すように語る。




「それに、直接告白されたわけじゃないんでしょ?」


 私も、投げかけられた問いかけに静かにうなずく。


「まあ、あなたなら答えを出さずにズルズル、みたいなことはしないでしょ。馬鹿正直で猪突猛進で、曲がった事が大嫌い……それが私の知る桃花明音。違う?」


「……違わない。ものすっごく悔しいけど」




 そうだ、それが私、桃花明音だ。


 すぐにはわからなくても、逃げずに正面から答えを見つけ出してみせる。


 それがたとえ恋愛であってもだ!


 蹲った状態から一気に立ち上がり、両手で頬を叩き気合を入れ直す。




「いい顔になった。とりあえず、調子は戻ったみたいね」


「うん、ありがとう照美ちゃん!」


「気にしないで……そうでないと張り合いがないもの」


「ん?」


 最後の方が微妙に聞き取れなかった。




「ああそうそう、答えを焦るなとは言ったけど……あんまり長いこと迷うのもNG」


「……なんで?」


「あいつ結構モテるのよ。色々仕事に真面目過ぎて本人は気づいてなかったけど、帝国の下っ端の中には憧れてる娘も結構いた」


「ええっ!?」


「今は目金翔と融合してるから表には出てこないでしょうけど、ふと何かの拍子に関わった誰かが……なんてこともあるかも」




 何てことだ、まったく考えてなかった。


 恋愛沙汰で誰が誰に告白したなんて話を聞いたことはある。


 もしかしたらルースロットもそういう相手になる可能性もゼロではないのだ。


 例えば同じクラスの女子が彼に告白してそのまま恋人同士に――




「なんか想像したらイライラしてきた……」


 ……だが、この気持ちは大事なものなのだろう。


 しっかりと胸に留めておくことにする。


「ふふ……それじゃ、頑張って」


「うん! 頑張るよ!」


 照美ちゃんのエールに笑顔で答えた。


 ふと、彼女が急に私の耳元まで顔を近づける。




――頑張らないと、私があいつをもらうから――




「……へっ?」


 それは、私以外には誰にも聞こえないような囁きだった。


 その後、照美ちゃんは踵を返し手を振る。


「ちょ、ちょっと照美ちゃん! さっきのはどういう……!」


 夕日の逆光に照らされた表情は、窺い知ることは出来なかった。


 その日の夜は、悶々として眠れなかったのは言うまでもない。








 自宅に戻り、照美は部屋のベッドに倒れ込んだ。


 すっかり見慣れた天井を見つめながら、物思いに耽る。




(我ながら、嫌な女だ……私は)


 正直、猪突猛進な明音なら、速攻で決着をつけると思っていた。


 付き合うなら自分に勝てる人と豪語している彼女が迷う。


 そんなのは予想外にも程がある。


 そして、そうなった事をどこか安心してしまった自分がいた。


 今陥っている自己嫌悪はそれが原因だ。




 もともと、ルースロットと私の関係は、姫と近衛以上の関係ではなかった。


 少なくとも、この世界にやってくるまではそうだったのだ。


 彼は私のわがままを渋い顔をしながら聞いてくれていた。


 そしてどこか優しい、兄のような存在である。


 当時の彼なら、間違いなく優しいと言ったら反論してくるだろうが。


 私がエンジェルスとして覚醒し、帝国を抜けた時も、私を責めなかった。


 彼本人も自覚はしてなかったのだろうが、信頼してくれていたのかもしれない。


 明音から彼の死を聞いた時は、柄にもなく泣いてしまった。




 全てが終わり、議会制となった国で、父の退位と共に私は王女ではなくなった。


 本来なら、暴君として国民に処断されていてもおかしくない。


 だが、ヴィクトリアスの民たちは優しかった。


 そんな国のために出来る事は何かを探し、見つけたのが議会の御意見番だ。


 国を乗っ取られ、荒廃させた事への贖罪のため、父と共に。


 そして、陰ながら自らを送り出してくれたルースロットに笑われないような……立派な国を作っていくために。


 だからこそ、留学生の一人として立候補した。


 もっと色々な事を知って、国をより良くしていくために。




 ルースロットの転生に伴う監視を女神に命じられたのはそんな時だった。


 まさか、明音に惚れているとは予想していなかったけど。




 明音も大切な存在だ。


 彼女達と接する事で、私は人としての良心を取り戻せたと言ってもいい。


 その恩人が、恋敵になってしまった。


 だからかもしれない。


 宣戦布告に等しい言葉を送ってしまったのは。




 恩人で、戦友でもある明音に、裏から掠め取るような真似はしたくない。


 彼女とは、正面切って相対したい。


 それがどんな結果で終わったとしても。






 ……と、意気込んではみたものの――


「明日、どんな顔して会えばいいのよ……」


 勢いが付くと自分でも予想できない行動をとるのは、私の悪い癖だ。


 結局、その日の夜は中々寝付くことが出来なかった。


 この代償はアイツに払わせるとしよう。

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