1章エピローグ 今はまだそれでいい 前編

「……んぁ?」


 気が付いた時、視界に広がっていたのはすでにお馴染みな、自室の天井だった。


 女神に夢の中で何か言われるかとも思ったが、こうして目が覚めるまで何もなかったという事は、回復に専念してもらうつもりだったのだろうか?


 ……とりあえず、上半身を軽く動かしてみる。


「あだっ……!」


 筋肉痛にも似た鈍い痛みが体に走る。


 受けたダメージが許容量を超えた反動なのかもしれない。




「少しは安静にしてなさい。あなたも明音もボロボロだったのよ?」


 扉の開く音と一緒に釘を刺してきたのは、照美だった。


「女神のやつ……肉体にダメージはいかないとか言っていたのに……」


「あそこまで心身ともに無茶するなんてさすがに想定してなかったんじゃない?」


 まあ、ある意味この程度で済んだのは幸運かもしれない。


 ドリル触手を受け止めた掌もすっかり修復されていた。


 ぐちゃぐちゃになってたかもしれないと今更ながら背筋が寒くなる。


 明音の方は無事だろうか……。


「あの子も無事。頑丈だし回復も早いからね。あなたが目を覚ます前には起きた」


「そうか……」




 今回は、色々な事が起きた。


 文字通り、ミカエルとの決闘。


 ディフィスタンの襲撃。


 そして、ミカエルとの共闘。




「今回、救援が遅れたのは明音に手を出さないで欲しいっていうお願いを聞いたから」


「あいつらしいな」


「横槍に気づいた時には強力な結界が張られていて、全て終わるまで手が出せなかったの。言い訳にしかならないけど、無事でよかった」


 そこは別に責める気はなかった。


 俺やミカエルも、肉薄するまで気配に気づかなかったのだ。


 おかげで決闘以外のダメージも結構なものになってしまった。


「今日はもう休んでなさい。あと、私以外にもお見舞いに誰か来るかもしれないから」


 そう言って、照美は部屋を出ていった。






 それから少しして――


「お、お邪魔しま~~す……」


 ゆっくりとドアを開ける音と一緒に、よく響く声が聞こえてきた。


 ただ、いつもよりは音量はちいさいが。


「明音……?」


 ベッドから体を起こして見た彼女の姿は、いつもの普段着だ。


 だが、頬には止血用ガーゼが貼られ、ところどころに絆創膏のおまけつき。




「え~っと……元気……?」


「見ての通りボロボロだよ。それに、傷だらけなのはお互い様だろうが」


「そ、そうだよね~~……あはは」


 どこか歯切れの悪い言い方だ。


 普段の明音らしくはなかった。


 当然か、ついさっきまで全力で戦ってきた相手なのだから。


「色々あったが……そうだな、言いたい事はまず一つある」


「な、なに?」




 ようやく落ち着いて話せる状況になった。


 ならば俺は彼女の『呪い』を解かなければならない。


 それが、俺にしかできない事だから。




「お前たちの見せてくれた輝きを、消したくないと思ったのは本当だ」


「あの時、言ってたこと?」


「以前、俺の事を優しいと言っていただろう」


「うん。今でもそう思ってる」


「俺はそれを自覚するのが怖かった。自分の中にある感情を」


「気づいてしまえば、自分が全く違うものに変わってしまう気がして……」


 俺の独白を、彼女は黙って聞いてくれていた。


「でも、それが消えると思った時、ようやく受け入れる事が出来た」


 だからな、と言葉を区切って告げる。






「お前の言葉は、その手はとっくに届いていたんだよ。……ありがとうな」






 ハッとした表情を浮かべた後、明音の目からは大粒の涙が零れ出す。


 声を殺して泣きじゃくる彼女は、どこにでもいる普通の女の子だった。




 俺の最初の死は、一人の少女に呪いをかけてしまった。


 生来のモノであろうお節介焼きにどこか使命感や義務感が上乗せされていたのは、目の前で繋げたかもしれない手が届かなかった後悔からだったのだろう。


 だが、彼女はもう大丈夫だ。


 明音には、家族がいる、仲間もいる。


 そして、俺がいる。


 その中に、本当に俺が入れるかはわからない。


 だが、彼女に二度と絶望の涙を流させるわけにはいかないだろう。


 何より、自分が惚れた女の子なのだから。






(……あれ?)


 そこまで考えて、そう遠くない記憶の中から一つの場面がサルベージされる。


 それは、彼女も泣き止み、落ち着きを取り戻したくらいのタイミングだった。




――惚れた女が泣いてるのを、黙って見ていられるかーーーーーーーっ!――




「ああああああああああああああーーーーっ!?」


「うわぁっ!? どうしたの急に! どこか痛む?」


 思い出したのは、ディフィスタンの襲撃の一場面。


 そこで、自分が叫んだとんでもない一言を思い出してしまったのだ。


 なんてこった、あれ完全に告白じゃねーか!


 明音がぎこちないのも納得だよ! あんな事言った相手に見舞いに行くんだから!




「な、なあ……ちょっと聞きたい事があるんだが……」


「な、何……?」


「ディフィスタンと戦った時、俺なにか言っていなかったか?」


 正直、聞くには勇気のいる質問だったが聞かないわけにはいかない。




「えっと、何か言ってたっけ?」


「へ?」


「色々ありすぎてどれの事だかわからないんだけど……」


「それじゃあ……具体的に何か印象に残ってる言葉とかないか?」


「戦いが終わった後、ぐっすり眠っちゃって殆ど覚えてないよ……」


 テンションが振り切れてる状態で叫んじゃったはずだが……。


 彼女の口ぶりから察するに――




(あの時の告白紛いの叫び……聞き逃された?)




「はぁ~~~~……」


 俺の口から、安堵と落胆がないまぜになったような溜息がこぼれた。


「ど、どうしたの? さっきから妙に落ち着きがないね?」


「ああ……いや、うん。こっちの話だから気にするな……」




 とはいえ、これは別のチャンスが生まれたと解釈できるのではないか。


 改めて、明音への告白を行うという別のチャンスが。




「あーー……それでだな、横槍入れられて最後まで言えなかった答えだが――」


「待って!」「むがっ!?」


 俺が最後まで言うより早く、口元付近を鷲掴みにされてしまった。


 この止め方は色々どうなんだ……。


 あと、顔面掴めるレベルで近いから心臓がやばい。


 着ぐるみで追いかけられた時とは違う、これは緊張から来るドキドキだ。




「その答えは、今はいいや」


 そう告げた後、明音は手を放してくれた。


「……理由を聞いてもいいか?」




「だって、決着がついてないから」


「決着?」


「あんな形で終わっちゃったでしょ?、納得のいく決着をつけたいの」


「正直もう結果はどうでも――」


「私が納得しないの!」


「アッ、ハイ」


 何か押し通されてしまった気がする。


 つまりは、引き分けなのに勝ったことになるのが嫌って事か?


 何というか、明音といい龍姫といい、負けず嫌いが多いなホントに。




「だから、約束して」


 そして、明音は改めてこちらに向き直った。


「もう一度決着をつけるまで、あなたも絶対に負けないで」




 そう告げて、彼女は部屋を後にした。


 妙にガチガチになっていたように見えたが、気のせいだろうか・


(あなたも……か)


 あいつらしいとはいえ、結局告白は出来ずじまいだった。


 だが、今はそれでもいいだろう。


 絶対に勝利を諦めない意思の強さこそ、栄光の天使たる所以なのだろう。




 ……ちょっと待て。


「俺、もっかいあいつと戦って、勝てないと告白できないって事か?」


 さっきのやり取りから考えて、決着付くまで答えをもらえないかも。


 彼女の性格的に一度決めた事を曲げる可能性はかなり低い。


 あまつさえ、バトル漫画の主人公のごとき修行のために旅に出たりしかねない。


 そうやって強くなられれば、告白どころか勝負に勝つ可能性も消えてしまう。


「ひょっとして、しくじったか……俺?」


 これからどうするべきか……そんなことを考えながら俺は頭を抱えていた。


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