第34話 めいかいぐらし
冥界の朝は早い。
目が覚めたらまずは朝食の準備だ。冥界でとれた野菜や肉を使っての料理である。やり方は脳裏魔導図書館に記録されている。
それをそのまま作ればプロ顔負けの味になる。作り始めてみれば意外にも楽しくついつい凝ってしまうのだ。
学校とか仕事があればこうはいかないだろうが、俺達には今は時間が無限にあるのだから別に凝ったところで問題ない。
いや、仕事はあるにはあるのだが。
「良し、出来た」
二人分の朝食だ。
それらを食卓に並べて、俺は隣の部屋へ向かう。そこにいるのは郡川だ。
「入るぞー」
一応、女子だからノックして入る。
「ふぁ~」
丁度、起きたらしくベッドから起き上がったところらしい。ただ、未だに半分くらいは眠っているのか上半身が左右に揺れている。
それがまた、目の毒だった。
「おま、またかよ!」
「ん~?」
郡川は裸であった。寒いと言っておいて、俺に滅茶苦茶暖房器具を設置させたおかげで、この部屋は暖かい。
おそらくこの冥界で此処以上に温かい場所などないだろう。
それで裸で寝てたら何なんだと思わなくもないが、彼女が揺れるごとに左右にぷるんぷるんしている大きな桃に関しては、まったくもってけしからん。
「朝だ、朝起きろ。あと服を着てくれ」
「ぅ~もうちょっとぉ」
「おまえこんなに朝弱いのかよ」
「世話してくれる人がいるからねぇ」
「起きてるな」
「ん、まあ、起きてる」
「じゃあ、頼むから普通にしてくれ。あと服は脱がないでくれ」
「別に、気にするような人もいないし、いいんじゃないかなぁ。甲野君、ちらちら見るけど襲ってこないし」
「信用されてるようでなによりっていうと思ったか服を着ろ!」
「んうぁ」
今日の服を投げつけてやって俺はさっさと退散する。
「はぁ……心臓に悪い」
『その割には炉心の反応が高めですが』
「言わないでくれ……」
とかく、そんな朝の一幕が終われば朝食となる。もっとスムーズにいってほしいものだ。
「今日もおいしいねぇ」
「少ない食材でなんとか頑張ってるんだから脱出の手段探しはどうなってるんだ?」
「んー、どーかなー」
「どーかなーって……」
「わたしってあまり出歩ける場所多くないからねぇ。あまり気にされてないってのもあるから動きやすくはあるんだけど、わたしって歌うしかできないからあんまりって感じ」
「こっちはツェルニの相手で動けないから、郡川が頼りなんだ」
「まあ、頼られるのは悪くないから、がんばるよー」
俺と郡川は何度も脱出の手段を探している。しかし、冥界に来てから俺は基本的にツェルニの話し相手で戦い相手みたいなものになっていてほとんど動けない。
郡川の方はほぼなにもないらしく指定の時間に鎮魂の歌を歌っていれば後は自由だ。彼女自身が戦闘タイプでも何でもないから警戒もされていない。
そこでなんとかこの状況をどうにかできる手段を探してもらっているわけだ。遅々として進んでいないのだが。
「頼むぞ、本当」
片づけをしたら部屋を出て俺はツェルニのところへ向かう。郡川は朝の散策と称して脱出経路やら脱出手段探しだ。
●
死の黒風が吹き荒れる。
大鎌を振るったツェルニはまさしく冥界の主。禍々しい黒の瘴気が沸き上がる。生命溢れる地上世界であれば、そこらの大地から植物、大気に至るまでが死に至る絶死に旋風。
しかし、ここは冥界。彼女の領域だ。ここならばなにも死ぬ者はいない。俺を除いては。
だからこそ俺は、まず、ツェルニが放つものはそういうものだと受け入れた。特に疑問を挟む余地もなくそれは自明であったからだ。
すべての攻撃が致死属性であることを受け入れて――俺は機械だからこそ死なないことを受け入れた。
受容の特質は、俺がそうと受け入れればそうなる。俺自身がこれで死なないと思ったのならばそうなるのだ。
世界の根幹法則すら受け入れ変容させる。それが受容の特質なのだと、ここに来てから俺は自分自身の理解を深めていた。
「ン、強イ。異界の人間は、やはリ」
「それはどうも――」
放たれる鎌の一撃を蹴り返し、拳打をお見舞いするがツェルニは小動もしない。これでどこが強いのだろうかと自信を失いそうになるほどだというのに。
ツェルニを倒すには特質をうまく使う必要がある。物理法則上ではおそらく神という種族に勝つことはできない。
彼らは物理グリッド上には存在しないらしいというのがシーズナルの言葉だ。曰く、立っている場所が違う。
上から見れば同じ場所にいるように見えるが、ビルの1階と2階にいるようなものだそうだ。
だからこちらの領域で攻撃をしようとも倒せることはない。そして、それこそが神という存在の強さだという。
各種備え付けた概念そのもの。
『ただし、条件で言えばマスターも同じです』
特質とは備え付けられた概念とイコールで結べるのだという。いうなれば権能。神の権利の一つを持っている状態。
ただし、問題なのは俺の特質が受容であるという点。攻撃性能は一切ないのである。
こうして防御とか耐性に特化することは出来ても、それ以上が出来ない。困ったことにここで時間稼ぎをするしかないのが現状である。
郡川の歌の概念であればある程度の攻撃性は発揮できそうであるが、本人の耐久度がなさすぎてツェルニの目の前に立っただけで死ぬ。
戦闘に入ることが出来なければ意味がない。
「良くさばク。あいつの契約間違いなシ」
「できればその契約を俺たちにも説明してほしかったね! で、俺たちを出来れば返してほしいんだが!」
「代わり用意すル」
「それじゃ、意味ないんだよなぁ!」
俺たちがここから帰るもっとも簡単な方法は俺たちの身代わりを用意することだ。
この冥界を管理する者としての生贄を用意することだ。生贄とはそういうもので、管理を手伝うという最上位の誉れ。
こんな何もないところでも冥界の加護を受けた生贄は、ここで一生を過ごす。強大な力を以て死者を統べるのだ。
概ねその仕事は、このようなツェルニのじゃれつきから始まり、風呂の用意や食事の用意などである。
召使のようなもので、年若い女が選ばれるのは良くわかる話だ。
だから、俺たちもそんな仕事をしている。それゆえにその代わりを差し出せばここから返してやるとのこと。
しかし、それでは意味がない。俺たちが出るかわりに誰かを生贄にするなど俺が認められるはずがない。
アリシアが一瞬思い浮かぶ。あいつは俺が言えば喜んで犠牲になろうとするだろう。あいつはそういうやつだ。
献身もあるだろうが、一番は逃れたいという思いもあるに違いない。だから、冥界に逃がしてやるつもりはない。
最後まで現世苦界で過ごしてもらうのがある意味で俺の復讐でもあるのだ。
というわけで誰かを生贄にするという選択肢はない。かといってこのまま冥界にいるという選択肢もない。
「ン、運動終わリ」
「あれが運動なのね、はぁ。とりあえず、ツェルニはこのあと仕事だろ」
「ン。テツヤは、下?」
「ああ」
「それじゃあ、あとデ」
ツェルニが宮殿に消えるのを待って、俺は下へと降りる。宮殿の下に在るのは死者の都。
冥府にいる彼らは死者の都で生活している。転生までの時間をここで過ごすらしい。
罪を犯せばその罪を雪ぐまで、善人であればその功労に見合うだけの幸福を味わうまで。
彼らは死者の都で過ごすのだという。基本的に生者ならば誰でも襲われる。彼らは基本本能として生者を羨むというらしいためだ。
しかし、ツェルニの庇護下にある場合は、普通に接してもらえる。
青い色をした淡い炎が照らす町は、どこかホラーの世界のように幻想的であった。
「おーう、テツヤじゃねえか。どうだ、調子は!」
真昼間――冥界基準――で酒をかっくらう大柄な男が俺を目ざとく見つけて声をかけてくる。
「おう、あんたか。どうって言われても普通だな」
「なんだそりゃ。ま、冥界だしな! がっはっはっはっは!」
「テツヤー、今日も試していってよ」
大笑いにつられてゴーグルの少女がやってくる。
「勘弁してくれ、あんたの実験でなんど死にかけたことか」
「実験であたしも死んだしねぇ。でも冥界なら死んでも意味ないし、いいでしょー」
「俺は死ぬかもしれないから勘弁してくれ」
次々と俺を見ては関わってくる住人たち。なんでも外からやってくるやつは珍しいから色々を関わりたいのだそうだ。
外から生贄を求めるのはこういうこともあるのかもしれないなどと思いつつ見回りを続ける。
異常らしい異常はない。冥界の主の力が強いため、ほとんど問題を起こそうとする輩がいないからだ。
ただ、この日はどうやら違うようだった。
殺風景で青みしかない風景に色がついていた。
「花弁……?」
花弁が舞い、色づいている。
冬の冥界では草花も育たないはずなのに、花が咲いている。
そして、その中央にいたのは――。
「いたな!」
全裸の金髪アフロだった――。
異世界に召喚されたら奴隷として売られて魔導サイボーグに改造されました 梶倉テイク @takekiguouren
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