出席番号25番 中野スペンサー剛は正義の味方である

第33話 正義の味方に不可能はなく

 木村いつかは、心底帰りたいと思っていた。

「いや、うん、確かに? 甲野に助けられたからその恩返しで、助けにいくってのはいいよ、うん。だって借りてるまんまってのもダメっしょ」

 木村は哲也とついでに斎藤に助けられた。異世界で荷物運びと爆弾みたいなことをさせられ、ついこの間、破裂したばかり。

 斎藤とアリシアの処置により一命をとりとめ、少しばかり恩返しをしようと考えていた。

「ただ、ほら、身体とかそういうので良いかなーって思ってたわけ」

 他人が幸せそうならそれでいいし、そういうの見るのがなんというか気に入っている。

 だから、そんな感じに相手が望むことくらいで済ませようと思っていたのだが、そこに舞い込んできたのは哲也に何かあったピンチ、助けて。

 とかいう感じの知らせ。

 斎藤は迷宮からあまり動けないから、必然的に動くのは木村になる。

「まあ、うん。そういうもんだし、助けにはいくよ」

 ただ――。

「うん? どうしたいつかくん! 顔色が悪いぞ! あの日か!」

「それセクハラだし。訴えるよ」

「はっはっは! すまん! 通報はやめてくれおれは正義の味方なんだ! 純粋な心配なんだよ!」

 太陽みたいな熱量の塊が隣にいるのだけは勘弁だった。そして、一切の言葉に嘘がないのがまた面倒なのだ。

 悪気もなにもない善意百パーセントの燃えるような金髪をアフロにした馬鹿。今の時代ありえないようなほどのお人好し。

 それが中野スペンサー剛という正義の味方なのである。

「でさ、あんたさ、本当になんとかできるわけ」

「知らん! おれは事情をしらんからな!」

「それなのに助けにいくぞ、ってあんた本当に馬鹿なんだ。なにそれウケる」

 日本にいた時から、この中野スペンサー剛は有名だ。まず名前からして目立つ。そして、その容姿も目立つ。

 外国人とのハーフで燃えるような金髪、それをアフロにしているのだ。目立たないはずがない。

 そして、鍛えられた肉体に起因した運動神経は、県内トップレベルだった。これで有名にならないわけがない。

 その上、声が大きくこの性格である。誰彼構わず助けにいくし、理由も聞かない。それで色々な問題を引き起こしたこともあるが、概ね救われた人の人数の方が多い。

 だから、有名なのだ。曰く、正義の味方と呼ばれていたらしい。

 木村からしたらああ、馬鹿なんだなとしか思っていなかったが、異世界に来てなんら変わることなくこの馬鹿の馬鹿は発揮されているようであった。

「なにが受けるというのかね! 教えてくれたまえ!」

「あんただよあんた」

「ふむ! おれは面白いのか! それは良いことだな!」

「あー、ハイハイ、とても面白いやつでいいですねっと。はぁ、まあ、でも。今はこいつしか頼りいない感じだし」

「ああ、存分に頼ってくれよ! おれは必ず甲野君や郡川君を助けて見せる!」

「でもさでもさ。相手は神ってやつじゃん。どーすんの、そこんところ」

「なに、相手は神様なのか!」

「ホンキでなんも聞いてないのね、はぁ……いーよ、あたしが説明するし、もいっかいきいて、いや、ほんと、なんども説明したくないから」

「うむ、すまないな!」

 というわけで、もう一度、これから冥界とやらに行って、戻らない甲野と郡川、八雲を助けにいくのである。

「うむ、良く分かった! つまり人助けだな!」

「あー、もういいやそれで。甲野と郡川助けるのは変わらないし」

「む、八雲君はいいのか!!」

「あー、忘れてた」

「はっはっは。級友を忘れるのは感心しないぞ!」

「別に、優先順位つけてるだけだし」

 とかく、中野と木村がこうして戻らない哲也と郡川を探して件の村へと向かうのであった。


 ●


「さて、村に着いたはいいけど、あいつらいないし、冥界ってとこの場所もわかないし、てか教えてくれそうにないし。どーすんのこれから」

 村について早速行った聞き込みお結果は散々だった。

 誰も何も教えてくれないし。なんかお祭りみたいだけどよそ者には厳しい感じで、どうにも無理難題

「はっはっは! 大丈夫だぞ木村君!」

「暑苦しいし、表情差分ひとつしかないし。で、なん? てか、そのスコップで何する気?」

「もちろん、掘るんだ!」

「いや、なんで」

「ああ、冥界とはだいたい下にあるものだろう!」

「まあ確かに? そんなイメージだけどさ。ふつーに掘っていける場所にあるわけないと思うんだよね、マジで」

「それは早計だぞ木村君! 何事もやってみなければわからないものさ!」

 そう言って中野スペンサー剛は地面を掘り始めた。

 人間とは思えないほどの膂力でどのように硬い土だろうが、頑張んだろうが、まるでプリンか何かのように堀り進んでいく。

 さながらそれは某サンドボックスゲームのようでもある。

「あんたさー」

「なんだ、木村君!」

「どんな特質してるわけ」

「特質とはなんだ、木村君!」

「あー、あんたも知らないパターンね、ハイハイ。ぷぅ、なんでこー、あたしの周りはこんなんばっかなんだろ、なんか泣けてきた」

「悲しいのか木村君! ならばおれの胸で泣くがいい!」

「あー、間に合ってるんでそういうの。とりあえず特質ってのはあれ、ゲームの? チート? みたいなやつ」

「ふむ、わからん!」

「じゃー、こっちきてなんかかわったこと」

「うむ! あまりないな! とりあえずおれは掘るだけだ!」

 重機のような速度で穴を掘り進めていく中野は、すぐに木村の目の前から消えた。どんどん深くなっていく穴は、本当に冥界に辿り着くのでは? とすら思えるほどにいつの間にか深くなっている。

 どうなってんだ、あいつの身体能力。あるいはそれすらも特質なのか? と思いつつ、木村も重い腰をあげてそろりそろりと穴へと入っていく。

 入ってみれば意外に快適などということはなく、ただ土の壁という圧倒的なまでの圧が襲ってくるだけだった。

「いや、もうこれ坑道じゃん。あいつほんとどーなってんの」

「む、着いたな!」

「は、いやいや、まだそんな経って――」

「そう思えばそうなるとも!」

 木村がそう言おうとした瞬間、

「は?」

 その瞬間、確かに踏みしめていたはずの地面が木村の足元から消失していた。

 木村は何が起きたのかわからない。まだ、自分の腹を突き破って聖騎士が出てくるから生贄になれと言われた時の方がマシな反応をした覚えがある。

 今は、何もわからずぽかんと大口を開けてしまった。

 なにせ、いきなり地面が消えた上に――

 今、木村と中野は上空から落下している。

「はっはっは! どうやらここが冥界のようだな!」

 寒々しい大地と死の気配しかしない世界。まさしくここは冥界だった。

「いや、あんた、なんでそんな冷静なんってどういうことこれ」

 もう一周回ってなにがなんだかわけがわからず逆に冷静になってしまうしまつだ。

 さっきまで適当に穴を掘っていただけで、穴の地面に降りた瞬間に空に放り出された。

 まさかどこでもドアでも使ったのかなどと思ってしまうほどに突然の変化に木村はついていけない。

 というか、このままでは死ぬ。確実に死ぬ。

「あーもう、冥界になんでか辿り着いたと思ったら、今度はすぐに命の危機。いや、もうほんとゴメン。神様、癪に障ったのなら謝るし、出来ればもっと平穏に生きさせてほしい」

 素行が悪かったのは認める。遅刻もサボタージュもしたのも認める。今度から絶対にしないし、真面目に生きるのでもうちょっと手心というものを加えてほしい。

 ただでさえお腹爆発するという人生でも最悪なことを体験しているのだし、少しくらいは平穏があっても良いではないか。

 そう木村はつらつらと思っている間に、近付いてくる地面。吹きすさぶ吹雪が顔にいたい。

「あー、だめだこれ」

「まだあきらめるのは早いぞ木村君!」

「いや、無理でしょ」

「なに、人間成せばなる! 空だって歩けるさ!」

「いやいや……」

 無理だろうと思っている間に、中野は空に立って木村を受け止めていた。

「えー……」

 いや、もう驚くのに疲れて思わずあきれてしまった。

「もうあんた一人でよくない?」

「はっはっは! どうだろうな! だけど、おれはそうだな、正義の味方だからな! このくらいのピンチピンチではないのさ!」

 特質:正義の味方。

 彼が信じる正義がある限り、彼はあらゆる不可能を可能にする――。

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