ラヴェル追記 ─ 死せる言葉による死者への呼びかけ

革ズィマ・君・佳昌

ラヴェルへの追記としての本文

現実に存在していない私(以下、私)

「ドンドンドン。現実を下さいな。」


扉の向こうの老婆(以下、老婆)

「駄目だよ。君は現実と関係していないし、君は現実を持っていない。

 現実は現実の存在からしか現れないんだ。」


「あなたは現実にいるのですか?」


老婆

「私は現実にいるよ。同居人が直に帰ってくる。」


扉の前で一晩待った。


「ドンドンドン。同居人は帰ってきませんでしたよ。」


老婆

「馬鹿な子だね。同居人は現実の扉から帰ってきて、さっき出かけたところだよ。」


「ここが現実の扉でないなら、お婆さんはどうして扉をノックする音が聞こえるんですか?」


老婆

「私は虚実の両方と関係しているからね。でも、君は虚ろなものとしか関係していない。」


「このままでは死んでしまいます。助けてください。」


老婆

「嫌だね。この扉を開ければ同居人と安らかに暮らす現実が壊れてしまう。」


「仕方がないからここにある大きな石で扉を壊します。」


ドーンと大きな音がして扉が壊れる。


老婆

「とんでもない子だね。家の中をふらふらするがいいさ。どうせ、あんたは現実に作用することはできない。」


その部屋の中には様々なものがあったが求めるものはなかった。

夕方になるといつの間にか「同居人」が帰ってきた。「同居人」に対しては何も干渉することができない。諦めて入ってきたところから出ようとするが既に見当たらない。


老婆

「壊れた扉から出られる訳がないじゃないか。扉を壊したのはあんただろ。邪魔だからこの箱の中にでも入っていておくれ。」


一週間、部屋の中で手段を探したがどうにもならない。諦めて箱の中で暮らすことにした。


箱は老人の生活周りで使われることになった。時折、箱には調整が施されてその度に失われるものがあった。箱とは一般にそういうものであり、箱が壊されないだけマシであった。箱は遠くに運ばれた。レンガに使われる計画や計算機として使われる計画が持ち上がるもそれらには用いられなかった。占い師が箱の中の私を見て興じてくれたこともあったが、占い師には箱が不要で私は箱から出る術がなかった。


時が経ち、標準規格の使い捨ての箱が使われる時代となった。捨てられた箱を収めることで箱の中に仕切りを作り、仕切りとして機能できるようになった。しかし、機能できる可能性だけでは現実に存在できない。機能するには、機能することを示すラヴェルが必要なのだ。虚ろなものを認識できる現実の人間からラヴェルをもらわなければ、存在することはできない。


占い師の友人がいるという扉をノックし、許可を得て開ける。

そこにいるラヴェルのついた成人女性に挨拶を交わして交渉に入る。


「僕は存在しないのです。現実は現実の存在からしか現れないのです。これは現実の老婆が確かに言ったことです。」


ラヴェルのついた成人女性(以下、成人女性)

「老婆の言ったことは嘘よ。今、現実にいるあなたは全く現実の存在じゃないの。それに、現実に生きる私はあなたとやり取りできる。あなたは私のお友達ともやり取りした。」


「それはこの箱の様相としての存在であって、僕じゃない。僕は箱とは無関係だ。扉のあちら側のことでしか僕を定義付けられない。今やり直せるならあの扉をノックをすることもなかったろう。」


成人女性

「じゃあ、ここにいるあなたは何?」


「扉の向こうで死んだ者であり、あの部屋の中で死んだ者であり、この箱の中で死んだ者。そして、それを知っている者。」


成人女性

「その者として生きればいい。」


「そのラヴェルを下さい。」


成人女性

「それは自分で作りなさい。」


「僕のラヴェルは最初からあるのです。僕はラヴェルそのものと言ってもいい。だけれど、あなたは私を認識できなかった。

現実は現実からしか現れないという呪いはあなたや他の人にも成立しているのです。」


成人女性

「今、私は現実にあなたを見ている。あなたが現実に有効なラヴェルであることは疑いようがない。」


存在する文に現れている私

「老婆の部屋の扉を壊したようにあなたのラヴェルに書き加えただけです。

あなたは私を見た。」


その頃、老婆と老婆の同居人は現実にない筈の扉を見た。

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ラヴェル追記 ─ 死せる言葉による死者への呼びかけ 革ズィマ・君・佳昌 @yomikakuL

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