第22話愛のカタチ後編

 『愛のカタチ』と題したノートをパラパラと捲り、今まで書いてきたことを改めて見返す。

 書き始めたきっかけになった友人の言葉、兄の結婚、そして自身の恋愛模様。ときどき理解できない『愛』もあったが、このノートには素晴らしい『愛』が詰まっていた。このまま作品として出しても良いくらいだ。

 しかし、これを本当に作品にして良いのかという思いも若干、ある。毎日書いていたわけではないが日記みたいなものだ。完全にプライベートのことしか書いていないこのノートを作品にして良いのか、清書を始める前にまた相談するべきか。迷いが生まれる。


「……いや、止めよう。迷ってたらいつまで経っても完成しない。思い切ってやってみるべきだよね」


 電話をかけようとした手を止める。ここで誰かに相談したら愛奈の作品じゃなくて、その人との共同の作品になってしまう。余計なことを考えないよう目の前のノートに集中する。作品とするかは完成してからにしよう。

 清書といっても大したことはしない。誤字脱字を修正したり、思い出したことを付け足したりするだけだ。一日もあれば終わる作業である。

 新たなノートを持ってきてボールペンに全集中を捧げる。間違えても修正液で直せばいいが、それはできるだけ避けたい。そして、書いたばかりの部分に触れないよう、特に小指に注意を払う。作品は綺麗であればあるほど良い。愛奈の持論だが、こればかりは譲れない。

 深夜、ついにすべての『愛』が新しいノートに綴られた。始める前は作品にして良いのかと思っていたが、こうして完成させてみるとけっこう悪くない。まずは友人に見せよう。もう『愛』がないなんて言わせない。

 翌朝、さっそく友人に連絡を取り、夜に食事をすることになった。時間まで作品に不備がないかじっくり見直す。極一部の、しかも親しい人にしか見せないものだが、だからといって手を抜く気はない。一つでも間違いがあったら急ピッチで手直しする腹積もりだ。


 ***


 時間は流れ、気付けばもう出かけねばならない時刻になっていた。身支度を整えて友人が予約した居酒屋に行く。


「あ、来た!」

「よう」

「こんばんわー」

「愛奈さんこっちです」


 なぜか愛十と佳代と隼人がいる。


「…………」

「驚いた? たまたま会ってね、愛奈が最高傑作持ってくるって言うから誘ったんだー」


 頭を抱える。友人に見てもらってから他の人に見せようと思っていたのに、まさかここで見られてしまうとは。イタズラに成功した友人に連れられて店に入る。ああ、処刑場に向かう罪人のようだ。


「じゃあ、料理が来るまで愛奈の作品を拝見いたしますか!」


 料理を注文して待っている間、さっそく見せろと催促してくる。愛奈は観念しておずおずと『愛のカタチ』と書かれたノートを提出する。友人が代表してページを捲り、それを覗き込む形で一斉に読み始める。

 長い。あまりにも長い時間だった。じわじわといたぶられる感覚。いっそのこと最初の数行でダメ出ししてほしい。しかし手は止まらない。どんどんページが捲られ、一つ一つじっくり読まれている。やがて――。


「ふぅ……」

「ど、どうだった?」


 みんな俯いて肩を震わせる。やはり駄目だったか。笑われる覚悟をして、身を小さくする。さぁ、笑うなら笑え!


「良かったよ愛奈! いやー今までは心情を書くなんてことしなかったのに、これにはたくさんの気持ちが書かれている!」

「特に隼人さんが出てきた時はすごいです。いつも淡白な感じなのに、隼人さんを前にした時だけ戸惑いながらもちゃんと愛してるんだなぁって伝わります。一緒にいて嫌いじゃないはもう好きと言ってるようなものですよ!」

「好きの反対は無関心とも言うしな。『愛』というものがわかってないように書いてるけど、十分わかってるよ。つーか、隼人が出てくる頻度がそれを物語ってる」

「僕はちょっと恥ずかしいやら嬉しいやらで胸がいっぱいです……まさか愛奈さんにここまで想ってくれているなんて……」


 そんなに隼人は出てきただろうか。しかし、みんな口を揃えて出てきた出てきたって連呼するから、無意識のうちに登場させていたのだろう。何やら顔が熱い。


「さぁて、愛奈。プロポーズ受けてたんだよな」


 愛十がニヤニヤと笑う。


「そうだったの? ほら、愛奈!」


 友人が笑いながらお膳立てを始める。


「愛奈さん。どうぞ!」


 佳代が嬉しそうに笑う。


「愛奈さん。僕と、結婚してくれますか」


 隼人が笑顔で指輪が入った小さな箱を差し出す。


「はい、喜んで!」


 私は飛び切りの笑顔で指輪を受け取った。

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愛のカタチ 涼風すずらん @usagi5wa5wa

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