8-3 準規制と言うべきもの

 前の節で、規制に不可欠な要素として、制約を命令する主体が権力であることと、違反した場合にペナルティがあることを挙げた。では、このうち1つだけを満たす場合はどう考えればいいだろうか。


 このようなパターンは2通り考えられる。1つは、前者だけを満たすパターン、つまり、ヘイトスピーチ規制法のように、禁止されてはいるが罰則がない場合である。もう1つは、後者だけを満たすパターン、つまり、業界団体が独自にルールを定め、それに違反した場合にペナルティを科すという場合である。


 まず、前者について考えてみよう。ヘイトスピーチ規制法のように、権力が命令するがペナルティがない場合は、規制と呼べるだろうか。

 結論から言うと、規制に近いものと呼ぶほうがよいだろう。というのも、命令主体が権力であれば、仮に規制そのものに罰則がなかったとしても、その影響は甚大だからである。


 例に挙げたヘイトスピーチ規制法では、この法律を根拠に、排外主義団体に公共の施設を貸さないといった対処が行われている。これ自体は極めて妥当な対処であるが、しかし、表現の場を奪っていることには違いない。


 のちに詳しく述べることだが、このような命令は、日本全国で徹底して行われる傾向がある。つまり、ある土地では施設を貸しだしたのに、別の土地では貸し出さないということはあまり起こりそうにない。実際には、全く同じイベントが別の土地で行われることは稀なので比較は難しいが、少なくとも、法の公平性の観点からは、日本全土で統一された対処をされるべきであると考えられているだろう。


 また、罰則がない規制法であっても、それは罰則つきの規制法の第一歩となる可能性がある。このようなことを考えれば罰則のない規制は、狭義の意味では規制と呼べなくとも、規制にかなり近いものとして扱うべきであろう。


 では、後者ならどうだろう。業界団体がなんらかの基準を定め、そこから逸脱する作品を市場から排除するという対処である。市場から排除された作品を販売する人々は経済的な打撃を受けるわけで、一種のペナルティと理解できなくもない。


 だが、これは前者の例よりも規制に遠いものとして理解すべきだろう。

 というのも、このペナルティは大抵の場合不徹底に終わるからだ。


 業界団体は権力ではない。彼らが統制できるのは自身の業界のみで、しかもその範囲も限られている。仮に、その団体の基準を無視して市場から排除しても、創作者は別の市場を開拓するなりして、表現を流通させることができる。


 これが、権力による命令と、そうではない者による命令との一番の差異である。


 この差異は、ペナルティの種類の違いに注目してまとめなおしてもいいかもしれない。

 刑法や条例に違反した場合のペナルティは、懲役や罰金である。一方、業界の自主的なルールに背くペナルティは最大でも、市場からの追放である。換言すれば、業界が与えるペナルティは「与えない罰」であり、権力のペナルティは「奪う罰」である。流通経路を与えられずとも表現はできるかもしれないが、自由や財産を奪われれば表現は難しい。


 また、業界団体は加入するかどうか選べる場合が多く、気に入らなければ別の団体に入ることができることも多い一方で、刑法は日本に住む以上自動的に適用されるという差異もある。言い換えれば、業界のルールは「守るか選べるもの」である一方、刑法や条例はいったん決定されれば「守らなければいけないもの」となる。


 このような差異も、命令主体が権力であるかどうかにかかわるものである。権力が命令すれば、その命令はその土地において徹底される。だが、権力でない集団の命令は、せいぜいその集団に集う者たちの間でしか有効ではない。その集団に反対する者へ、権力は言うことを聞かせられる。というか、反対者をも屈服させられるから権力なのである。


 こう考えると、前節の規制観は修正すべきであろう。規制とそうではないものを区別するのは、第一に命令主体が権力か否かという点である。ペナルティが存在するかどうかは、権力の命令がより徹底されるかどうかを左右する補助的な位置づけに留まる。


 つまり、制約を命令するものが権力でなければ、少なくともそれは規制とは言えないと考えるべきだろう。この方針に従い、以下の議論では、通俗的に規制と呼ばれている反応について検討していく。

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