第3話 物書きという生き物
目を覚ますと、マスターがカウンターのスツールに座って大きな煙草をふかしていた。他にも二人ほど爬虫人類がテーブルに突っ伏して寝ていた。昨日話しかけてきた彼もいた。
どのくらい眠ったのだろう。この世界がどのような時間の概念で動いているのかわからないが、外が明るい。とりあえず朝にはなったようだ。昨晩の頭痛の種が酒を注がれて花開いている。この世界の時間の概念について考えられる状態ではない。出来れば一生考えたくない。異世界の時間の概念なんて。
「吸うかい?」
マスターが六本目の指のような煙草を差し出してくる。
「結構です」
私はこめかみをさすりながら答える。二日酔いに対してこれほど無意味な行為はない。
「あんた、トんできたんだろ?」
唐突に、しかしどこか嬉々とした様子で耳元にささやいてくる。昨日のマスターの顔が脳裏に浮ぶ。
「やはり、あなたは何かを知っているんですね?」
半分観念した心持で尋ねる。
「いや、まったくわからん。時々なじみのないのがこの店には来る。種族は様々だ。やつらは決まって困った顔をしている。客たちは頭の弱い爬虫人類なうえに、酔ってて気にしてない。トんできたやつは皆動揺しているようだから強い酒を最初に出すようにしてる。騒がれちゃたまらんからな。やつらは目が覚めると皆都市へ向かう。その後見かけた者はいない。これぐらいしか知らん」
「なぜ、『トんできた』と?」
「今まで来たやつらはいずれも話が通じなかった。だからおそらく他の世界からワームホール的なものをくぐって、ビューっと飛んできたんだろうって、SF風に自分の中でおもしろおかしく消化してただけさ。特別害がなければ、酒を一杯出して見送って終わり。研究機関なんかに報告しようもんなら面倒なのが目に見えてる。こっちとしては次元の超越なんかに関わりたくない。面倒はごめんだ」
「しかし、僕は言葉が通じる」
「今回面倒なのはそこだ。お前は今までのやつらとは違う。昨日酔っぱらいの話に反応してるのを見て驚いたぜ。まあ、下位種族どうしのよしみだ。何でも言いな。面倒はごめんだがな」
言ってることに矛盾が見受けられるが、協力的なようだ。また、この世界の言語は元の世界と同じなのではなく、なぜか私に彼らと話す能力が備わっているようだ。「異世界モノ」においては、主人公が何らかの特殊能力を持って転移なり転生なりをするのが通例であるが、なるほど「言語」ときたか。マスターは過去にも異世界のものが来たといったが、彼らの中には死んでも生き返ったり、超人的な身体能力を授かった者もいたかもしれない。しかし、それでも言葉が通じなければどうにもならない。何にもまして必要な能力を獲得できたのかもしれない。
「まあ、混乱しているだろうし、ゆっくりしてな。俺は裏にいるぜ。仕込みがあるからな」
そう言ってマスターは店の裏に入っていった。昨日の客はまだいびきをかいて寝ている。だが、不思議と煩わしい感じはしない。バーにおける酔っぱらいのいびきとは、静寂と同義なのだ。
今後のことを考える。当分の間はマスターにお世話になろう。この世界のことを知らなければならない。しかし、知ったところで私は物書きだ。何ができるというのだろう。元の世界へは帰れるのだろうか。考えれば考えるほど、不安と焦燥に駆られる。
こういう時、私は決まって筆を執る。自分の気持ちを言語化することによって、今の状況を客観的にとらえることができる。そうすれば、どんな状況でもある程度クリアな頭で判断を下すことができる。今がまさにその時なのではないか。
スマートフォンの電源を入れ、メモ帳を開く。スマートフォンを使う習慣があまりないので、転移してから今まで気にしなかったが、もちろん電波はない。充電は73%。ひとまずはメモ帳にこれまでの顛末を書いていこう。充電がなくなったら、マスターからペンとノートを貰おう。
異世界に渡った男の自叙伝。なんとも心躍るではないか。こうなると、物書きという生き物は、文章の糧になるのなら喜んで困難な状況に身を置いてしまう節がある。
『私は今、爬人虫類たちがうつむくバーでこの自叙伝を書き始めた。』
こうして私は、頭痛も忘れてスマホのキーボードに指を走らせたのである。
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読んでいただきありがとうございます。
翫弄 威(がんろう たける)と申します。
ちまちま書いていければと思っております。
稚拙なものではございますが、フォロー、コメント等していただけるとトびます。
2話にて応援コメントをくださった姫乃只紫様(@murasakikohaku75)
大変励みになりました。ありがとうございます。
文学的異世界転移自叙 翫弄 威 @ganreimituru
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