おかえりなさい

 何だか息苦しい──。

 身体がダルい──。

 強烈な倦怠感や痛みを全身に感じながら、私はゆっくりと目を開いた。

「千枝っ!?」

 亜久斗君の叫び声が近くで響いた。

 ベッドの上に、私は機器に繋がれた状態で横たわっていた。心拍数や脈拍の計測が再開され、電子音が病室に鳴り響く。

「亜久斗君……」

 酸素マスクで口元が塞がれ、喉に管が入れられているので上手く喋れなかった。それでも私は、辛うじて最愛の人の名前を口にした。

 振り絞って出した言葉は亜久斗君の耳にも届いたようだ。

「よかった! 千枝!」

「……待っていたわよ。……おかえりなさい」

 私は嬉しそうな亜久斗君に、精一杯に笑顔を浮かべた。

「それはこっちの台詞だよ。おかえり」

 亜久斗君も目に涙を浮かべながら笑顔を返してくれた。

 私たちはしばらく見つめ合い——そして微笑み合った。


 私がゆっくりと伸ばした手が、亜久斗君の頬に触れる。貫通することなく、そこには確かに温もりがあった。


 亜久斗君が居て、私が居て──。

 そんな日常がまた私たちの元に、戻ってきたのだった。

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一夜の死神 霜月ふたご @simotuki_hutago

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