#5 テロ計画、少女が救いたい人
再びEVで白浜基地に戻った鹿賀少尉は、園部怜子の言葉を心の奥に一旦しまい込んで、その日の通常勤務を冷静にこなした。
そして勤務の終了後、急いで兵舎の士官用個室に戻ると、机の上のポータブルホロコミュニケータが、メールの着信を知らせるパイロットランプを点滅させていた。
ドアが施錠されているのを確かめてから、彼は制服姿のままベッドの上に腰掛け、ホロコミュニケータの再生キーを叩く。目の前の空間に、園部怜子の姿が立体的に浮かび上がった。
「今朝は、ありがとうございました」
彼女の映像は、そう言って頭を下げた。
「ごめんなさい、さっそくですけど用件をお伝えしなければなりません。時間があまりないかも知れないのです。恐らく近いうちにですが、
鹿賀は、昨日の浴場での会話を思い出した。監査室から今度やってくるという、レールガンの検査部隊。そのことを言っているんだろうか。
「その人たちの中に……」
映像の中の彼女は一旦言葉を切り、辺りをうかがうような様子を見せた。
「『大大阪独立戦線』のメンバーがいます。その人たちは、恐ろしい計画の実行を予定しています。基地の中で、大規模なテロを計画しているのです。その標的が、基地にあるレールガンらしいのです」
その言葉に、彼は衝撃を受けた。大大阪独立戦線? レールガンにテロを仕掛けるだって?
「大大阪独立戦線」とは、大阪を首都とした独立国家である「関西国政府」の樹立を目指す政治運動結社だ。
道州制へと移行してもなお、首都として強い支配力を持ち続けている東京特別州に反感を持つ一部の人々によって、結成されたと言われる。
厄介なことに、大大阪特別市の上層部にも、この独立戦線のシンパが数多く入り込んでいると言われていた。当然、防衛局の中枢に対しても、影響力を持っていることになる。そんな彼らが、直接的なテロ行為に出る?
「どうやってそんなことを知ったんだって、当然そう思われると思います。それは、実は……」
彼女の立体像は一旦うつむき、やがて意を決したように顔を上げた。
「その実行メンバーの中に、わたしの兄がいるのです。わたしは兄に、そんなことに荷担して欲しくない。この計画を、どうしても阻止しなくてはいけません。わたしは、そのためにここへやって来ました。でも、わたし一人の力ではどうにもならない。あなたの協力がどうしても必要なのです」
舞鶴の実家に休暇で帰ってきた兄の様子がどうもおかしいと感じた怜子は、兄が入浴した隙に、部屋に置きっぱなしになっていたホロコミュニケータの保存メールを密かに再生して、その事実を知ったのだった。
しかし、そのテロがどのような形で行われるのか、さらにその詳しい時期などまでは分からない。それを鹿賀に調べて欲しいのだ、というのが彼女の頼みだった。
この話にはかなりの信憑性があるのではないか、と鹿賀は感じた。もしこれが本当のことなら、すぐに情報を上に上げなければならないはずだ。
しかし、もしもその計画に本局上層部の人間が関わっていたりしたら。下手に情報を上げれば、握りつぶされる可能性がある。それが分かっているからこそ、彼女だって一人で直接ここまでやってきたのだ。
こうなれば、自分自身で動くよりほかはない。そして、そんな時に頼りになりそうな人間を、鹿賀は一人しか思いつかなかった。
「おお、珍しいな。お前が直に俺の部屋を訪ねてくるなんて」
鹿賀のノックにドアを開いた大南少尉は、おおげさな驚きの表情を作ってそう言った。
「すみません、ちょっとご相談したいことがありまして」
「いや、全然構わんさ。まあ、入れ入れ」
大南は、彼を自室に招き入れた。室内は、いかにも大雑把そうな大南の雰囲気に似合わず、まるで女性の部屋のようにきれいに整理されていた。
ドアを閉めた鹿賀は、即座にドアノブのロックボタンを押した。
「おいおい、いきなりドアをロックして、何の真似だ。襲う気か? この俺を」
大南少尉がにやにや笑う。
「実は、重大な話なんです。他の人間には聞かれたくないので。済みません」
「ほう」
大南少尉は、不意に真剣な顔になった。
「で、何があった」
絨毯の上に大南と向かい合って座った鹿賀は、園部怜子から聞いた話を、ほぼそのままに大南に伝えた。
「なるほどな」
話を聞き終えた大南はわずかに顔をしかめて髭を撫でながら、唸るような声を出した。
「大大阪独立戦線か。俺も、本局にいた時は、噂をよく聞いたもんだ。○○将軍も実はシンパだ、とかな」
「どう思われますか、彼女の話」
「不思議なのは、何が奴らの狙いなのかということだな。こんな二線級の基地にテロをかけて、それが大阪の独立とやらにどうつながるっていうんだ?」
「分かりません。ただ、この話には信憑性があると思うんです。実際、本局からは検査部隊が来るんだし、彼らなら当然レールガンに近づくのも容易です。話がきれいに符合しています」
「俺も、そう思う」
「大南さんなら、話を上に上げますか?」
「いや、それは危険だな。そのテロ計画は、実はかなり上の誰かまで話が通ってるって可能性がある。下手に動けば、こっちが拘束される恐れまであるな。ここはぎりぎりまで様子を見て、現場を押さえるのがベストだろう」
「やっぱり、そう思われますか」
「ここは俺たち二人で、情報収集に動いてみようじゃないか。自慢じゃないが俺もこの基地じゃ顔広いからな、かなりのところまでは情報集められるはずだ」
「よろしく、お願いします」
鹿賀少尉は立ち上がり、大南少尉に敬礼して見せた。
(続く)
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