#4 何かを伝えたがっている少女
「基地司令殿に、敬礼!」
副司令の号令とともに、新司令部棟前の広場に集められた全隊員が一斉に白浜基地司令官に敬礼し、毎朝の朝礼が終了した。基地司令は満足げに、無骨な鉄材で出来た演説台から降りる。
やれやれ、こんなもの何の意味があるんだ、と思いながら持ち場に戻ろうとした鹿賀少尉は、SST部隊の隊長である善光寺大尉に、突然呼び止められた。
「は。何でありましょうか」
鹿賀は、大尉の前で直立不動の姿勢を取った。
「ああ、いいからそう言うの。普通にしてくれ」
善光寺は面倒臭そうに言った。
「お前が昨日助けた侵入機の女の子、あの子が、助けてくれたお前にお礼を言いたいらしい。悪いが、病院まで行ってきてくれ」
「そんなことよりも、空域不法侵入の取り調べが先でしょう」
鹿賀は怪訝そうな顔をする。
「ああ、それはもういいらしい。父親のアイオノクラフトに興味があって、試しに動かしてみたら、暴走してここまで来ちまったそうだ。結局、ただのいたずらで事件性なしってことで、厳重注意程度で終わるらしいな」
「こっちは、そのいたずらとやらで死にかけたんですけどね」
「だからこそ、助けてくれたお礼が言いたいんだろ。と言うか、察しろよ。馬鹿高いアイオノクラフト持ってるような親父なんだぞ。どういう立場の人間かは、分かるだろ? その娘なんだ、問題にはできんのさ」
そう言って、大尉は咳払いを一つした。
「と言うわけで、お転婆女子高生の見舞いに行くように。これは、上官としての命令である」
何が上官命令だと思いながらも、鹿賀は軍用EVを走らせて、女子高生が入院しているという州立白浜温泉病院へと向かった。
命懸けで助けた相手からお礼を言われるというのも、まあ悪くは無い。ちゃんと途中で、花束も買っておいた。
案内カウンターで彼女の病室を教えてもらい、エレベーターでその病棟へと向かう。
彼女のいる場所は、ドアの横の「園部怜子」という名札を見るまでもなく、すぐに分かった。病室の前に、禿頭で黒ずくめの服装をした、見るからに怪しげな大男が陣取っていたからだ。
「どうも、御苦労様です」
防衛局の制服姿の鹿賀はその大男に挨拶して、左手の花束を指さした。
「お見舞に来たんですが、いいですかね」
「失礼ですが、あなたさまは?」
大男は、見た目に似合わない丁寧な口調で、彼の身分を誰何した。
「白浜基地所属の、鹿賀と言う者です」
彼はそう言って防衛局のIDカードをポケットから取り出し、顔写真をかざして見せた。少尉の階級入りのそのカードは、普段はナンパの小道具として活躍している。
「ああ、あなたが。どうぞ、お入りください」
ボディーガードらしき男は半歩後ろに下がり、頭を下げた。
ドアをノックして静かに開き、おじゃましますよと中に入ると、陽の光がたっぷりと差し込む広々とした病室に置かれたベッドの上の少女が、顔を上げた。
もうセーラー服姿ではなく、入院患者用のパジャマを着ている。長い髪も頭の後ろできちんとまとめられていて、色白の頬も血色を取り戻していた。
「こんにちは。具合はいかがですか?」
花束を持った鹿賀はそう言って、にっこりとほほ笑んだ。
「あなたは? もしかして……」
園部怜子は澄んだ瞳を彼に向けて、何かを言おうとした。
「白浜基地の、鹿賀と言います。あなたに会うのは、実はこれが二度目なんですよ。一度目は、空の上でしたけどね」
「じゃあやっぱり、あなたが私を助けてくれた方なんですね」
「まあ、そういうことです。ごめんなさいよ、もっと丁寧にやりたかったんだけど、あれが俺の操縦技術の限界でね」
「いえ、とんでもないです。ありがとうございます、お陰で死なないで済みました」
「ちょっと危ない所だったね。それにしても」
鹿賀はベッドのそばのテーブルに花束を置いた。
「何でまた、お父さんのアイオノクラフトをいたずらしようなんて思ったの? そんなことをしそうには見えないんだけどな、君は」
「それは……」
怜子は、うつむいて長いまつげを伏せた。
「俺も若い頃は、むしゃくしゃしてe-バイクで走り回ったりしたことはあったけどな。さすがに、基地に突入したりはしなかったけどね」
「実は」
彼女は顔を上げた。
「どうしても、この基地に急いで来なければいけない事情があったんです」
「へえ、じゃあいたずらしてて偶然に着いたってわけじゃないわけか。しかし、あのふらふら運転でここまで良く着けたね」
彼女の話は、警察が聴取したという内容と全く違っていた。やはり、何かわけがあるらしいなと思いながら、彼はとぼけた返事を返した。
「でも次からは、ちゃんと基地の見学申し込みをしてから来たほうがいいな」
「あの、鹿賀さんは、
「俺が? いや、俺は生まれも育ちもこの近くの田辺ってところでね。そのまま軍に入ってパイロットさ。本局だとか、そういうエリートコースには縁がないな」
唐突な質問に戸惑いながらも、鹿賀は答える。
「あの。もし良かったら」
しばらく黙り込んだ後、彼女は大きな瞳で鹿賀をまっすぐに見つめた。
「ホロメールのアドレスを教えてもらっていいですか?」
「ああ、全然いいよ」
笑顔でそう言いながら、鹿賀は少し不安になる。まさかこの子、俺のことが好きになってしまったとかじゃないだろうな。
「本当は、急いでお話したいことがあるんです。でも、ここじゃ言えないことなので……。後で必ずホロメールします。どうか、わたしを信じてください。わたしも、あなたを信じますから」
園部怜子は、真剣な目をしてそう言った。
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