#3 基地の名湯、レールガン検査部隊のこと
消防隊とレスキュー隊が取り巻く中、アイオノクラフトの機体は、ゆっくりと地上に下ろされた。
爆発などの危険がなさそうなことを確認し、レスキュー隊が機体に取り付く。ロックが掛かったドアを焼ききり、中から救出されたパイロットは、やはり十六、七歳と思われる色白の女の子だった。完全に気を失った彼女は、乱れた長い黒髪に顔を半分覆われて目をつむっていた。
「何か必死で追いかけてるなと思ったら、お前、こういう娘が好みだったんだな」
大南少尉があごひげを撫でながら、にやにやと笑う。
「あれがナンパなら、まさに命がけで捕まえた娘ってことになるでしょうけどね。こんな子供じゃ、しょうがありませんよ」
地面に座り込んだ鹿賀が、疲労のにじんだ声でそう返す。
「しかし、一体何だってこんな子が、あんなのに乗ってここら辺りまで飛んでくることになったんだろうな」
「その辺は、あの子が元気になり次第、警察が事情聴取するらしいですけどね」
そう話す二人の目の前で、セーラー服姿の少女は担架に乗せられ、救急車で運ばれて行った。ドップラー効果で悲しげに偏移したサイレンの音が、いつまでもかすかに聞こえていた。
紀伊半島南部に一箇所造られることになっていたレールガン基地の場所が南紀白浜に決まったのは、この地には元々二千メートル級の滑走路を持つ空港があって軍事用への転用が容易であったこと、またその空港に隣接して広大な敷地を持っていたテーマパークの跡地があり、こちらも基地への利用が可能であったのがその理由だった。
しかし、基地に所属する兵士たちにとって一番ありがたいのは、この白浜が古来から全国にその名を知られた名湯の地であるということだった。
兵舎に設置された共同浴場は、白浜温泉の湯が源泉掛け流しで提供されているという、他に例を見ない贅沢な風呂だった。
毎日温泉に入るおかげか、隊員はみんな体調が改善されるらしく、定期検診で要治療の結果が出る率は他の基地に比べて著しく低いらしいという話だった。おまけに、炭酸水素塩泉の美肌効果で肌までつるつるになってくるのだった。
「お前、ほんとに肌きれいになったよなあ」
浴槽に浸かった大南少尉が、洗い場で体を流している鹿賀少尉の背中に向かって、そう声をかけた。二人は奇妙な一日となった今日の勤務を終えて、一緒にひと風呂浴びに来ているところだった。
「肌なんて、きれいになっても仕方ないんですがね」
「そんなことないさ、後ろ姿が綺麗だと、抱きつきたくなるぞ」
「ちょっと、変なこと言うのやめてくださいよ」
鹿賀は端正な顔をしかめて、鏡の中に映った大南の髭面をにらみつけた。
「やっぱり女子高生がいいか、ははは」
大南が、楽し気に笑った。
「それより、管制の亜矢ちゃん、落とせそうかなって気がしてるんですけどね」
鹿賀は話題を変えようとする。
「石上亜矢軍曹か。確かに美人だが、ありゃ結構気が強いぞ」
「そこがいいんじゃないですか」
「石上さん、どうも恋人がいはるみたいですけどね」
浴槽の端のほうで、黙ってお湯に浸かっていた男が、不意に口を開いた。砲術部の根来曹長だった。
「大阪の本局に。作戦部のエリートらしいですよ」
「え? ほんとに? というか、なんで根来君そんなの知ってるの」
頭がシャンプーの泡だらけのまま、鹿賀が振り返る。
「石上さんを狙ってる奴、結構多いんですよ。誰とは言えへんですが、そのうちの一人が彼女に振られたときに、そう言われたらしいですよ」
「残念だったな、そりゃ」
大南がにやにやと笑う。
「本局と言えば、今度本局の監査室からレールガンの検査部隊が来るらしいじゃないか」
「そうなんですよ」
根来は恨めしそうな顔をする。
「こっちは大変ですよ、整備状況の資料だけでも段ボール十箱分は用意しなきゃあかんのですからね」
「そんなの、形だけ並べとくだけなんだろ?」
目を閉じて頭を流しながら、今度は鹿賀が訊いた。
「いや駄目です、あの連中は本気で徹底的に検査しにかかりますからね。資料も一通りは目を通すと思いますよ。その上で、実際にレールガンの稼働試験までして帰るってんですから」
「お、それって実際に撃つってこと? 俺、まだ主砲が発射されるとこ、見たことないんだ」
大南少尉が目を輝かせた。
「残念ながら、発射まではせえへんと思いますね。レールの通電テストまででしょう」
「なんだ、つまらん」
「じゃ俺、先に上がりますよ」
シャンプーを流し終えた鹿賀が、洗い場の風呂椅子から立ち上がった。
「おう、じゃ俺も上がるよ」
大南少尉も豪快に湯を掻き分けて、浴槽から出てくる。
「ついてこなくていいですって」
「へへ、冷たいこと言うなって」
大南はあご髭から水滴をぽたぽたと落としながら、またにやりとした。
(続く)
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