19.さよなら。

 体を苛む痛みに耐えながら。

 僕たちは魔王の間を抜け、城の入口までゆっくりと戻っていた。

 やはり最終決戦なだけあって、全身はズタボロで。

 血を失い過ぎたことも相まって、足取りはとても鈍重だった。

 僕とセリアは、互いに肩を組んで支え合いながら歩いていく。

 ともすれば意識を失いそうな状態で、それでも何とか足を動かし続けた。


「……もう、ちょっとだ」

「ええ……あと少し、ね」


 迷宮を過ぎ、広間を過ぎ……やがて一階まで帰り着く。

 そこに至ってようやく、僕たちは人影を発見することができたのだった。


「……あッ……」


 僕たちを見て、彼女は小動物のようにピンと体を伸ばして驚いた。


「トウマ、セリア!」


 珍しく、うるうると瞳を潤ませながら彼女はこちらへ駆けてくる。

 そんな彼女の軽い体を、僕は何とか受け止めた。


「ふふ……ただいま、ナギちゃん」

「おかえり……二人とも!」


 タックルは中々応えたが、喜んでいる彼女が見れたので良しとしよう。

 胸の中に埋まっている彼女の頭を、僕は優しく撫でてあげた。


「……終わったんだね」

「うん。魔王を倒して、帰ってきたよ」

「そっか。……終わったんだなあ、これで」


 自分が関わってきた大仕事が終わったような感じだろう、ナギちゃんは感慨深そうに溜め息を吐く。

 それからしばらくして……彼女は不在の人物に気付いた。


「……え? レオさんは……?」

「……うん。レオさんは……僕たちのために、力を尽くしてくれた」

「え――」


 ナギちゃんは言葉を詰まらせる。

 僕の答えは――彼女にとって想定外のものだったのだ。


「勇者、だったわ。レオは。私は……レオのこと、誇らしく思う」

「僕もだ。……レオさんは、本当に立派な勇者だった。僕なんかより、ずっとずっと」

「そんな……」


 レオさんに対し棘のある態度で接し続けてきたナギちゃん。

 けれどそれも彼女なりの付き合い方であることは、僕たちには分かっていた。

 だから、レオさんの訃報に彼女はショックを受け……涙を流す。

 そして相変わらずの憎まれ口で、悲しみを吐き出すのだった。


「何やってるんだよ、あのバカ勇者は……二人を見守るって言ったんじゃないの……この先も見守っていくつもりだったんじゃないの……?」

「……本当に。これからも、ずっと幼馴染としていてほしかったのに。格好つけてさ、私たちのために……命まで投げ出しちゃうんだから……」


 ナギちゃんは僕の胸から離れ。

 その代わりに今度は、セリアの胸でさめざめと泣いた。

 善き力と悪しき力。

 畢竟、それはこの世界で相殺されるべく生まれたものであり。

 勇者と魔王の力がぶつかり合うこと以外に、収束の手段はないのだろうか。

 もしも……それを変えるとしたら。


「ボクたちグリーンウィッチは、勇者と魔王の仕組みだけでなく、いつかは世界全体の仕組みも変えたいと思ってる。悪魔に支配された世界からの解放……それは今回以上に困難な道のりだけれど、きっと」

「世界全体の仕組み、か」

「うん。でなきゃ二人の魂が解放されても、別の誰かが勇者役と魔王役を担うことになるかもしれないしね。同じ方法で生き残ろうとしても、レオさんが犠牲にならなくてはいけなかったことを考えたら……難しそうだし」


 やはり、もっと大きな枠組み……悪魔が作り出した世界構造そのものを変えるというやり方を考えなくてはならないのだろう。


「二人……ううん、三人が変えてみせた運命を希望にして。ボクたちも頑張っていかなくちゃ」

「ナギちゃん――」


 僕が呼びかけたところで、遠くから別の声が聞こえてきた。

 どうやら、四つの尖塔を攻略していた皆も無事に帰還してきたようだ。

 ローランドさん、ニーナさん、ギリーさん、フィルさん、ルディさん……ちょっとだけ怪我をしている人もいたが、皆笑顔でこちらに歩いてくる。僕たちの姿がここにあることに、安堵してくれている。


「やりよったなー、二人とも!」

「おつかれさん。やり遂げたってこったな」

「うむ。……信じておったぞ」

「といいつつローランドさん、ずっと険しい表情だった気がしますが」

「これは元々だ、フィルくん」

「お、フィルくん怒られたー」


 誰も彼もが、嬉しそうに言葉を交わし。

 そして、さっきのナギちゃんと同じように違和感を抱く。

 ここにいるべきもう一人の不在と、僕たちの決して満足とは言えぬ表情。

 それらが示すものに気付いて、問うのである。

 彼はどこに、と。

 僕たちは改めて、彼の勇敢な最期を語った。

 勇者として、正々堂々と魔王に立ち向かったレオ=ディーンの最期を。

 誇るべきは、生き残った僕たちの方ではなく。

 僕たちの未来を切り拓いてくれた、彼の方に相違ない。


「……そうか。立派な青年だったな、レオくんは」

「ギルドに居候して、依頼も沢山こなしてたんやってな? 魔皇討伐のときも頑張ってたし、できる男やなーって思ってたけど……」

「責任感というか、使命感が強い男だったんだろうな、レオくんは」


 ギリーさんの言う通りなのかもしれない。

 レオさんは、そのどちらもが強い人だったように思う。

 自分が勇者であるために、その証を追い求めたけれど。

 その過程で傷付けたセリアに対して、責任を感じ続けていた。

 彼の最期は、自身が勇者であるという証明とともに。

 セリアへの、彼なりの償いだったのだろうか。

 だとしたら、それはあまりにも悲し過ぎる償いだ。

 一方的過ぎる償い方だ。


「……これで、トウマとセリアは死の運命から解放された」


 魔王城を見やり、ナギちゃんは言う。

 城は今――天辺からゆっくりと消失を始めていた。

 崩れ落ちるのかと思いきや、魔王の死と同じように、黒い塵となってハラハラと散っていく。

 あと十分もしない内に、城の全てがあのように散りゆくのだろう。


「勇者と従士は生きて帰らない。その歴史を変えて、二人は生き続けていく」

「……うん」

「だから、そうだね。忘れずにいるべきだろう。二人が今ここにいる未来を、共に築いてくれた彼のことを」

「そんなの、当たり前よ。ずっと、忘れるもんですか」


 また、溢れてくる涙を拭いながら、セリアは言った。

 僕も同じ気持ちだし――皆も決して、忘れることはないだろう。

 歴史的な今日この日の出来事全て。

 彼の勇姿を。


 ――ありがとう、レオさん。


 消えゆく魔王城を見つめながら、僕は心の中で言葉を送った。

 貴方が開いてくれた道を、僕たちは行きます。

 だから――どうか、見守っていてください。

 僕たちの大切な親友……レオさん。


 船が、魔王城を出発する。

 僕たちは、全てを成し遂げてグランウェールへ帰っていく。

 やがて、城が跡形もなく消え去るのを見届けて。

 僕は改めて、旅の終わりを実感したのだった。


 ――さよなら。

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