20.ただいま。

 船がグランウェールの港町、アクアゲートまで帰り着くと、港には既に沢山の人々が集まっていた。

 勇者一行が魔王城へ向かったことは、王都中に広まっていたようだ。魔王城の消滅を確認した住民たちは、協力者として共に城へ向かった騎士団とギルドの帰還を出迎えようと集まったのだった。

 勇者と従士の帰還は、恐らく期待されていなかった。これまでの歴史上、そんなことは有り得ないと考えられていたからだ。

 船から僕たちが下りていくまでは、ハンナさんやギリーさん、ローランドさんやナギちゃんの名前を呼ぶ声くらいしか聞こえてこなかった。


「――え……」


 だから、集まった住民たちは一斉に固まってしまった。

 そこにいるはずのない帰還者を見て、絶句してしまう。

 しかし、それは決して悪い意味の絶句ではなく。

 何秒か後、正しく事態を理解した誰かの口から祝福の言葉が発せられるまでの、短いタイムラグだった。


「勇者様が……帰ってきた……」

「勇者様だああぁああッ!」


 魔皇テオル討伐の際に、僕とセリアの顔は広く認知されていたので、下船した僕たちが勇者と従士であることを理解した人は大勢いた。

 そのおかげというか、そのせいというか――とにかく、僕たちが生還した事実に人々の興奮は最高潮に達し、耳をつんざくほどの歓声が沸き上がったのだった。


「勇者様と従士様のお帰りだぞぉーッ!」

「こりゃあとんでもねえことになったなあ、おい!」


 歴史上初めての生還者。

 そんな僕とセリアに、人々は驚き、喜び、勢い余って迫ってきた。

 色んな方向から手を差し出され、握手を求められたのだが……三十秒もしないうちに人が集まり過ぎてすし詰め状態になり、ほとんど手を動かすことも難しい状況に追い込まれてしまう。

 とんでもないことなのは確かだが、この状況も中々とんでもない……。


「ちょい待ちー! アンタら、勇者圧し潰すつもりかいな! ほらほら、魔王倒してようやく帰ってきたんや、邪魔せずに通したり!」

「はーい、ちょっとそこ道開けてくれな」


 見かねたニーナさんとギリーさんが、まるでイベントスタッフのように住民たちを制してくれる。ローランドさんたちも僕とセリアを警護するようにしながら、港の外まで引っ張っていってくれた。

 なるほど、魔王城から生還したというのはそれほどに凄いことなんだなあと、僕もセリアも改めて認識させられた。……正直かなり怖かったのは内緒だ。

 街中でも、僕たちの姿に驚いて声を掛けてくる人は絶えなかった。それを何とかやり過ごしながら、飛空船のある場所まで向かう。サイズがサイズなのでよく目立ち、そこにも多少の人だかりができていたけれど、皆に助けられて無事に乗り込むことができた。

 アクアゲートを発った飛空船は、行きと同じく一時間もかけずにセントグランに着陸する。幸いこちらは国際便などが定期的に出ている関係か、群衆の姿はどこにもなかった。

 空港を抜け、僕たちはグランウェール王城へ。ニーナさんとギリーさんが勇者の帰還を伝え、兵士たちは度肝を抜かれた様子で報告に向かった。今もまだ国王様は病床に伏しており、秘書のイヴさんとカノニア教会教皇のワイズさんが内政を行っているそうだ。


「おお……ご帰還されましたか。素晴らしいことです、本当に……」

「勇者殿、従士殿。ご苦労だった。貴殿らはまさしく、世界を救い、歴史を塗り替えた英雄だ」


 謁見の間にてありがたい言葉を頂いて。

 僕とセリアは、感謝とともに、恭しくお辞儀をするのだった。

 セントグランへ帰還したその日のうちに、記念式典の予定は着々と組まれていった。何というか、帰ってきてからの方が色々と忙しい感じがする。

 基本的にはホテルで休ませてもらっていたのだが、頻繁に通信がかかってくるし、体は幾らか休まっても、気持ちは全く休まらなかった。

 勇者になったときから有名人なのは変わりないけれど、生還したことで更に知名度が上がってしまったな。

 記念式典は、帰還から二日後に行われることになった。式典そのものは毎回恒例だったようだが、本人のいる式典はやはり歴史上初ということで、その内容もがらりと変わったらしい。葬送は褒賞に代わり、各国から様々なお偉いさん、また僕たちが関わってきた人たちが呼び寄せられるということに、照れ臭くも胸が温かくなる思いだった。


 忙しなく日々は過ぎ、式典の日は瞬く間にやってくる。

 ありがたいことに、その日は雲一つない快晴だった。

 勇者の装備も従士の装備も脱ぎ捨てて、代わりにちょっぴり堅苦しい正装に身を包み。

 僕とセリアは、一足先に王城へ出向く。

 それから、あれこれとリハーサルを行いながら。

 式典の始まりを、騎士団の隊長たちとともに待つのだった。

 一時間以上前から、来場者の姿が現れ始めた。

 世界各国から僕たちのために駆け付けてくれた人たち。

 政治的な意味合いもあるのだろうが――特にコーストフォードのヴァレス大公が来ているのは間違いなく――それでも見知った顔があることは、とても嬉しかった。

 また様々な人と再会できること――約束を果たせることが、嬉しかった。

 そして、午後六時になって式典が始まる。

 形式的な進行の後、勇者と従士の名前が呼ばれる。

 そこで僕たちは、魔王討伐を果たしたことを宣言し。

 これまでの歴史を覆したこともまた、知らしめたのであった。


「それでは、ここで会食の時間とさせていただきます」


 式典は滞りなく進み、僕たちの待ち望んでいた時間がやって来る。

 セリアはともかく、僕が待っていたのは食事そのものではなくもちろん交流だ。

 勇者と従士も会場内を歩き回れることになっていたので、皆に挨拶していこうと張り切っていた。

 まあ、それは相手も同じ気持ちだったのだが。


「ようやく会えたぜ……久しぶりだなあ、トウマ、セリア」

「久しぶりー、また会えるのを待ってたんだよ!」


 コーストフォードでお世話になった、アーネストさんにミレアさん。それだけじゃなく、ローランドさんにマルクさん……各国のギルド員たちが勢揃いしているようだった。

 流石にこれだけの数が集まっていると壮観だ。こういう機会だから、久々に全員で親睦を深めよう、ということになったのかもしれない。


「よくやったでござるよ、トウマ殿」

「うん、お疲れさまだ」

「っは、心配なんてしてなかったけどよ」

「一番心配してたトウゴがそれ、言う?」

「うるせえぞ、ワラビ」


 リューズ組は相も変わらず賑やかだ。服装が他とはちょっと浮いているのも面白い。

 トウゴさんは他国のギルド員と話すことがかなり久々、というか初めての人もいるようで、早速ワラビさんに弄られながら仲良く交流していた。


「俺たちも、帰国せずに参加させてもらったよ」

「ヘクターは残念ねー。マジメだから」

「お前の金でお土産買っていこうな」

「えっ?」


 フィルさんとルディさんも、会場の雰囲気もあっていつもよりテンション高めだ。

 ルディさんは性格の似ているミレアさんやワラビさんといった女性メンバーにベタベタ寄っていったりもしている。


「うむ、やはりこういう集まりも良いものだな」

「ボクはあんまり……だってほら、こんなことされるんだし」

「ナギちゃん可愛いー!」


 後ろから抱き着いているワラビさんと、冷たい表情のまま突っ立っているナギちゃん。

 その光景を見て思わず吹き出しそうになってしまった。


「勇者の使命を果たして、無事に……まあ無事にだ。帰ってこれたわけだけどよ。これからどう生きるか、予定はあるのか?」

「まだ具体的には。……しばらくはのんびりしたいですけどね」

「そうかそうか。その気があればギルドにどうかとも思ってるんだけどなあ」

「お、アーネストの勧誘が始まった」


 アーネストさんからは、以前もお誘いを受けたことがあったな。カイという人が行方知れずになってから、コーストフォード支部はずっと二人体制だと言うし。

 選択肢としてアリかもとは思うのだが、お誘いしたいのはアーネストさんだけではないようで。


「セントグラン支部に来てくださいよー。毎日結構忙しいんですから」

「マルクさん、帝国の方が難しい仕事が多いんで譲ってほしいんだがなあ」

「それならぼくらも勧誘しちゃおうか?」

「それならってオーガストさん、適当に誘うのやめてもらえます?」


 ……全部の国から引っ張りだこだなあ。下手をしたら、各支部を渡り歩く存在になってしまいそうだ。


「ま、まあ考えておきますから。……色々ありがとうございました。そしてこれからもきっと、お世話になります」

「どうもありがとうございましたー」

「はは、トウマくんとセリアくんが、一番礼儀正しいようだな」

「支部長の言う通り。その次がボクかな」

「それはない」


 調子のいいことを言うものだから、ナギちゃんは総ツッコミを食らっていた。

 分かって言ったんだろうけど。

 話し込み過ぎると時間がなくなるので、とりあえずギルドの人たちとはこの辺りで別れる。

 次の席に立っていたのは、コーストフォードで私設兵団を組織していた、ランドルさんたち三人だった。


「魔王討伐、おめでとうございます。このような式典に参加できて、とても光栄ですよ」

「あはは……ありがとうございます。ランドルさんは以前も参加したのでは?」

「前回は、式典というよりも国葬に近いものでした。これほどまでにめでたい会ではなかったんです」

「……なるほど」


 今回の討伐も、手放しで喜べるような結果ではない。ただ、多くの国民たちにとっては、勇者と従士の生還が一番のビッグニュースなのには違いないのだ。


「色々と、葛藤もあるようだな。だが……今日はこの式典を、そのムードを楽しむといい」

「……そうですね。そうすることにします、セレスタさん」


 心を見透かされたような台詞だったが、それは素直に受け止めておくことにする。

 そんなやり取りをしているところに、別の人が近付いてきた。誰かと思えばエリオス=ライズナーさんだ。

 守護隊の仕事が忙しいのか、彼以外の人の姿は見当たらなかった。まあ、ドランさんが抜けてから三人なわけだし、ヴァレス大公の指示もあるだろうし、人員を割けなかったんだろうな。

 ヴァレス大公はと言えば、端の方でやけ食いみたいに飲み食いしているし。


「二人のことは信じていたよ。ただ、想像以上に早い再会だった。……短い間に成長したもんだ。尊敬してる」

「そ、そこまで言ってもらわなくても」

「素直な気持ちだよ。アルマやソフィもお疲れさまと伝えてほしいと言っていた」

「ありがとうございます。また、時間があれば直接会いに行きたいです」

「ふふ。君たちなら、そういう人が沢山できたことだろうな」

「私たち、また世界を巡らなきゃって思ってますからねー」


 また遊びに来るのを待ってるよと、エリオスさんは言ってくれる。

 実際に大公城へ入るのは面倒な手続きがありそうだが……まあ、一度くらいは行ってもいいかな。

 少しだけ雑談をしてから、四人とも別れる。お次はどこへと思っていると、小さな人影がこちらへ駆けてきた。

 ライルさんだ。


「ご無事でなによりです、トウマさん、セリアさん!」

「おっと。……はは、ありがとう、ライルさん」

「セリアさんが誘拐されてから、色々と心配でしたよー……でも、全部きっちり終わって、ちゃんと生きて帰ってきてくれて。嬉しいです」

「……ん。そうだね」


 他の人もそうだが、ライルさんもまだレオさんの死は知らない。

 彼にとってはあまり関わりのなかった人ではあるけれど……聞いたら悲しんでくれるだろうか。

 なんて、感傷的なことを思ってしまうが。


「トウマさんたちがやり遂げたんですから、ボクも必ず、立派な研究員になってみせますね」

「おう、期待してるぞーライルさん」


 セリアがポンポンとライルさんの頭に手を当てる。

 子ども扱いされるのは苦手なライルさんも、このときばかりはニコリと笑ってくれていた。


「ライルさんの他には、ライン帝国から来た人はいたりする?」

「ギルドの方々以外には……多分いないかと。帝国内は、やっぱりまだ不穏ですからね」

「そっかあ……そっちも早く良くなってくれたらいいな」

「ええ。トウマさんたちのおかげで、悪い空気が無くなっていくのを願ってます」


 魔王の消滅が、リバンティアにどこまでの影響を与えてくれるかは判然としないが。

 少なくとも良い方向には、変わっていってくれるはずだと信じている。


「トウマさん、お久しぶりですね」


 ライルさんとの話の後、来てくれたのはコウ=スイジンさんだ。なんでも、シキさんの方がリューズに残り仕事をしてくれているらしい。なので、ここに来られたのはコウさんだけなのかなと思っていると、


「どうもっす! 再会できるのを楽しみにしてたっすよ」

「こら、ヒュウガ。こういう場に浮かれるのは分かるが、あまりはしゃぐな」


 コテツさんのヒュウガさんのコンビもちゃっかり来ているようだった。


「リューズも少しずつ変わってきています。今回お二人が生還されたことで、なおのこと生贄の文化は否定されていくでしょう」

「諦めないことを、お二人が証明してくれたっすからね」

「うむ、そういうことだ」


 僕たちが進んできた道が、また別の誰かの道も良き方向へ変えていく。

 そうなるのなら、とても嬉しいことだな。


「……沢山の者と関わり、多くのものを築いてきたのだな。二人は」

「……ワイズさん」


 気付けば後ろに、ワイズさんとイヴさんがやって来ていた。そろそろ自由時間も終わりで、呼びに来たのかもしれない。


「君たち二人が勇者と従士であったこと……国王の代理として、心より感謝している」

「もったいないお言葉です。それに」

「私たち三人、ですからね」

「……うむ、そうであるな」


 神妙な面持ちで、ワイズさんは頷いた。

 めでたいばかりの式典ではあったが、その最後には一つだけ無理を言って、内容に追加をしてもらっていた。

 どうしても、それをないものとして進めたくはなかったからだ。

 僕たちへの褒賞授与までがとり行われた後。

 もう一人の立役者の紹介が、簡単に行われた。


 レオ=ディーン。僕たちを救い、世界を救ったもう一人の勇者。

 彼に、感謝の言葉と。そして、別れの言葉を。

 静かなる祈りを送って――式典は締め括られるのだった。





 セントグランでの式典から、三日後。

 馬車に揺られ続けてどれだけ経っただろうか。……僕たちは、懐かしい場所まで帰ってきた。

 勇者と従士が生まれる場所。

 僕たちが初めて出会った場所。

 帰って来ると誓った場所。

 始まりの町――イストミア。


「突然帰ってきたら、何ていうかしら?」

「世界中に広まってるから、突然じゃないと思うけどね」


 ほら、と僕は入口の門を指差す。

 そこにはもう、村の人たちが集まっていて。


「あー……どうしてだろ、すっごい恥ずかしくなってきたわ」

「故郷だもんね。また違った気持ちになっちゃうんでしょ」

「ああ……これからのご近所付き合いが心配」


 てっきり元気良く報告するのかと思ってたのだけど、意外に恥ずかしがるんだな。

 なら、僕が先導することにしよう。

 馬車から降り、僕たちを待つ皆の元へ、ゆっくりと歩いていく。

 町の人たちは皆、にこやかに僕たちを迎えてくれている。

 ハンナさんもいるし、イアンさんもいるし……それに。

 セリアのお祖母さんも、笑顔で待ってくれていた。

 だから、告げる。

 必ず言おうと誓った言葉を、高らかに。


「――ただいま!」


 それが、僕たちの旅の終わりだった。

 勇者と従士の旅の、終幕なのだった――。

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