18.勇者と魔王の物語⑩

 巡る、巡る。

 勇者の記憶が一つ、また一つと浮かんでは消えていく。

 時代が遡り、やがては原初の記憶まで辿り着き。

 これが自分たちの歩んできた長き道のりだったのかと……レオ=ディーンは感嘆した。


「……長い、物語だったんだな」


 時に甘く、時に切なく。

 何度も何度も繰り返されてきた物語。

 その積み重なった歴史の中に、自らもまた繰り込まれたことに対して、彼は悲しいような嬉しいような、複雑な感情を抱くのだった。


「……そう。これが俺たちの物語だ」


 いつの間にか。

 彼の傍に立つ青年の姿があった。

 その顔には見覚えがある。というよりも、ついさっき見たばかりの顔だ。

 グレン=ファルザー。自分たちより一つ前の勇者だった。

 彼だけではない。気付けば周りには、何人もの勇者たちがいる。

 ダグラス、シドリック、ヴィクター、アイルズ、ダール……彼ら全てが同じ運命に囚われたものであり、またレオ=ディーンの過去そのものでもあった。


「辛かっただろう、レオ。それでも……お前はよく頑張ってくれた」

「……辛くなんか、ありませんよ」

「ふふ、ここで意地を張る必要はないんだよ。もう、我慢しなくていいんだ」


 アイルズは、慰めるように彼に告げた。

 その言葉がレオの心を揺らがせて……彼の目からふいに、涙が零れてくるのだった。


「俺――上手くやれましたよね? 勇者らしい最期を、やり切れましたよね?」

「ああ……もちろんだ。君のおかげで、俺たちの悲願はもうすぐ、叶う」

「だから君は……自分を誇っていいんだよ」


 勇者たちが、レオを称賛する。

 君はよくやったんだと、労ってくれる。

 だから……それでよかった。

 それだけで、レオの心は確かに救われていた。


「君は紛うことなき勇者だ」

「……はは。ありがとうございます」


 涙を拭い、レオは感謝の言葉を述べる。

 トウマに剣を向けたあのときの比ではなく、彼は今、自分が勇者であることを確信できていた。


「皆、あんなにも過酷な旅をしてきたんですね」

「ああ。そして君たちもね」

「……その旅も、もう無くなるんでしょうか」

「さて……それは本当に世界の仕組みが変わってからの話にはなりそうだけども」


 世界の仕組み。

 このイレギュラーな旅が、システムに与える影響とはどれくらいのものなのだろう。

 願わくばそれが、何もかもを終わらせるものであればいいが。

 たとえそこまで完全でなくとも、生き残りさえすれば――彼らならやがては終わらせることができるだろう。

 レオも、他の勇者たちもそう思っている。


「……さあ、レオ。それじゃあ一緒に見届けるとしようか」

「……ええ、そうですね」


 意識だけの世界で、彼らは思いを一つにして、見守る。


「トウマ=アサギとセリア=ウェンディ。あの二人が運命を越え――幸せな未来を勝ち取るのを」





 魔王の間にこだまする、セリアの嘆き。

 僕は彼女の手をそっと握り、傍にいてやることしかできなかった。


「……どうしてなのよ……どうして、それしか選べなかったのよぉ……!」


 白き灰となって散ったレオさんに。セリアはどうしてと、投げかけ続ける。


「馬鹿……レオの馬鹿……ずっと一緒にいられるって、それが当たり前なんだって、思ってたんだよ……?」


 灰が、静かにセリアの頬に落ちた。それをそっと掴むと、彼女の目にはまた涙が溢れて。


「そんなの……そんなのって無いわよ……レオ……!」


 レオの残滓を、両手でぎゅっと握り締め。

 セリアは悲痛な泣き声を上げ続けた。


「……レオさん」


 ごめんなさい。

 僕には、謝ることしかできなかった。

 犠牲なき方法をどうしても思いつけなかったことを、謝ることしか。

 ……そのとき。


『立つんだ、トウマ』


 レオさんの声が、聞こえたような気がした。

 もう、影も形も残ってはいなかったけれど……確かにそれは、レオさんの声だった。

 どこにいるのだろうと辺りを見回そうとして、はたと気付く。

 彼はいる場所は――ここなのだと。


「……そっか」


 そうなんだ。

 レオさんは、まだここで僕たちの戦いを見ているんだ。

 だったら……彼があんなにも頑張ってくれたのに。

 僕たちが情けない姿を晒し続けてちゃ、笑われるよね……。


「……トウマ……?」

「立とう、セリア。レオさんのためにも」

「レオのため……」

「レオさんが繋いでくれた思いを。僕たちは、無駄になんかできない」


 剣を構える。

 さっきのレオさんのように。

 そして、弱り切った魔王を見据えて。

 これが最後なのだと――自らを鼓舞した。


「行こう、セリア。運命の先に」

「――……うん……」


 僕が手を差し伸べ、セリアがその手を掴んで立ち上がる。

 さあ、正真正銘最後の一撃だ。

 全てを込めて、この戦いを終わらせよう。


「力を貸して?」

「うん。……行きましょ」


 僕の剣に、セリアの光魔法を。

 込められる限りの魔力を。

 神々しく光り輝いた剣。

 それを手に、僕は走り出す。


『さあ、終わらせろ。その手で、その剣で――』


「……うおおおぉぉおおッ!」


 長い長い旅。

 僕たちが辿った二ヶ月だけじゃなく。

 何百年と繰り返されてきた、善と悪、生と死の果てなき旅。

 今ここに、

 この一撃を以て、

 その歴史に幕を下ろそう。


「これで――終わりだああああああぁぁあッ!」


 光の剣が、魔王の体をスッパリと両断した。


『グガアアアァァアアア……ッ!』


 魔王はこの世のものとは思えぬおぞましき悲鳴を上げながら……忽ち黒き灰となって風に散った。

 それはレオさんと全く同じ消え方で。

 善き力と悪しき力の相関関係を、表しているようにも思われた。


 魔王は、世界より完全に消滅した。

 僕たちは……生きていた。

 何十秒経とうと、何分経とうと。僕たちの意識が途絶えることはなかった。

 世界は――僕たちの命を攫わなかった。


「……終わっ……た……」


 そうだ。

 終わったのだ。

 あの一振りで、何百年の連鎖が。

 あまりにも呆気なく、実感はなかったけれど――確かに僕たちは、生きていて。

 倒すべき敵は、もういなくて。


「……セリア」

「……トウマ……」


 僕たちは……強く、互いを抱きしめ合う。

 ああ、間違いなく自分たちは存在している。

 その温もりを、確かめ合うように。


「……終わったのね」

「うん。……全部、終わったんだ」


 二人を苛む運命のしがらみは解け。

 僕たちはもう、どこにだって旅立っていける。

 けれど、そこにもう一人はいなくて。

 僕たちの道を開くため、彼は立ち止まってくれて。


「……レオ」


 元には戻らぬ現実を受け入れて。

 そこに、彼への感謝と労いを込めて。

 セリアは、溢れる涙を乱暴に拭うと――訣別の言葉を、静かに口にした。


「ありがとう……さよなら、レオ」


 その言葉が彼に届いただろうことを、僕は信じた。

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