14.勇者と魔王の物語⑥
勇者アンガスと従士シャロットは、セントグランにて国王より表彰を賜り、兵に見送られながら王城を後にした。
魔皇を討伐した際に、既に十字章は授与されていたが、今回はそれとは別件だった。
彼らは行きがかり上ではあるが、とある国際事件の解決に一役買ったのである。
それは、飛空船のハイジャック事件であった。
リバンティア歴一〇〇年の記念すべき祝祭の中、同時に開催された世界会議。そこで飛空船プロジェクトが発足し、一一〇年にはグランウェール、ラインの共同開発によって最初の試作機『GR-1』が公開された。
そこから時を経た現在、一五三年。未だに飛空船は改良段階で、交通手段として使われることは非常に稀だったが、要人が他国へ急ぎ向かわなければならないときや、或いは物資を送らねばならないときには飛空船に頼る場面も度々あった。
アンガスとシャロットは、たまたま飛空船が利用されるときにグランウェールに滞在していたため、ライン帝国へ向かうのに同乗させてもらえることになったのだ。そのときはグランウェールの政治的要人が、ラインに出張し会議に出席するため飛空船が準備されていたのだった。
事件はその飛空船内で起きた。
整備士と思われていた二人の男が、突如武器を取り出し飛空船を占拠したのだ。
当時、そんな言葉はまだ使われていなかったが、いわゆるハイジャックである。
二人組の男は、要人たちだけでなく、勇者と従者が乗り合わせた飛空船をハイジャックしたのだった。
彼らの正体は、ライン帝国のレジスタンス。
帝国へと統一された後も是正なされなかった、州毎の格差。それを変革するために立ち上がった者たちだった。
もちろん、彼らはハイジャックした飛空船の中に勇者と従士がいることを知らなかった。
ゆえに、簡単に制圧することができると高を括り――結果としてアンガスたちに返り討ちにされた。
そういった経緯で、アンガスとシャロットはハイジャック阻止の立役者として、グランウェール国王より表彰を受けたのであった。
「……しかし、レジスタンスと言ったか。あの男たちの目は、真剣そのものだったな」
「そうですね。自分たちの未来のため……必死に戦っているという感じに見えました」
男たちの目。
命を奪うことまではしなかったが……ともすれば、彼ら自身が命を投げ出しても、飛空船を落とそうとしていたかもしれない。
そんな彼らに、悪しき心があったかと問われると……あったと決めつけることはできなかった。
彼らには、彼らなりの正義があっただろうから。
「難しい問題だな。止めざるを得ないこともあるけれど……果たしてどちらが正しいのか、分からない問題もある」
「ある意味では、勇者と魔王の関係は分かりやすいのかもしれませんね」
「ああ。分かりやすいからこそ、人々はそこに希望や救いを求めている。そういうことなのかもな」
「私たちの旅自体が、一つの象徴……ということですか」
「代償行動みたいなものか」
人類全体としての、代償行動。
自分たちの旅は、簡単に表すならそういうものなのだろう。
世界が表面上だけでも平和になるなら、それでも構わないとアンガスは思う。
ただ、それすらも上手く運ぶか……この動乱の時代ではまるで分からなかった。
「まあ、上手い仕組みなんてできるはずもない。世界なんてのは、その時々で変わっていくのが正しい在り方だ」
だから――アンガスは思う。
せめていつの世も、世界が正しく変わり続けてくれるように。
一つの道標として、俺たちは歩いて行かなくてはならないのだと。
*
魔王はこちらを睨み、仁王立ちしたまま動くことはない。
隙がなく、どう攻めていくべきか悩むが、とにかく行動してみなければ。
封魔の杖が武器であること、これまでの魔皇四体がそれぞれ武術士、剣術士、弓術士、そして癒術士であったことから考えれば、魔王のメインクラスは魔術士なのだろうが……勝手に決めつけるのは止めておこう。でないと痛い目をみることになりそうだ。
「――ブラストショットッ!」
先手を打って、爆発する矢を放つ。腹部めがけて飛んでいくその矢は、しかし魔王の体に届くよりも前、何かにぶつかって爆発した。
別に手も、尻尾も出してはいなかったはずなのに……まさか、魔力のシールドのようなものがあるのだろうか。
「あのローブ……」
さっき、ローブから魔力を感じ取ったけれど、それがシールドを生み出しているのかもしれない。とは言え、それを引っぺがすことも恐らく不可能だ。シールドをぶち破れるほどの攻撃をするしかなさそうだが。
「上だ!」
レオさんが叫ぶ。反射的に上を見ると、そこには無数の――それこそ何十個以上もの――火球がずらりと並んでいた。
『――フレイ』
ただの初級魔法。しかし、それもこれだけの数となれば話は別だ。
一つ一つがまるで隕石のように降り注ぎ、僕たちを襲った。
レオさんは空間のギリギリ、廊下の辺りまで後退しているので巻き添えを食うことは少なそうだが、僕たちはほぼ逃げ場がない。
どうしようもないので、向かってくる火球だけは迎撃することにした。
「――フリーズエッジ!」
僕もセリアも、同じ水魔法にて火球を消滅させる。
それ以外の残りが地面に衝突し、カーペットを黒く焼き焦がした。
「初っ端から、中々のことをしてくれるわね……!」
「ああ、それにこっちの攻撃も生半可なものじゃ通らない……!」
……というより。
戦うのが勇者という前提があるのだから、攻撃を通すにはアレが必要なのではないか。
だとすると、そもそも攻撃のチャンスがかなり限られることになってしまうのだが。
「レオさん、僕が呼んだタイミングで、近くに来ることはできそうですか?」
「ああ、それくらいなら。……なるほど、面倒だな」
「ええ……絶対破壊がキーになってる気がします」
発動後、無条件にて攻撃をヒットさせることができる特殊スキル――絶対破壊。
そのシステムが最も活きるとすれば、まさに今なはずだ。
悪魔たちも、そんな想定でスキルを作ったんじゃないだろうか。まあ、それはあくまで妄想だけれど。
「じゃあ、攻撃のチャンスがあれば!」
「了解した!」
そのチャンスは中々やって来なさそうだ。フレイをやり過ごしたのも束の間、今度は部屋の左右に氷の刃が整列していた。
僕たちが今しがた使ったフリーズエッジ。魔王の次なるスキルはそれのようだ。
『――フリーズエッジ』
行使の宣言とともに、左右に並んだ刃たちが、まるで獣の噛み付きのように襲い掛かってくる。ただ、幸いなことに大きさは並のスキルとほぼ変わらなかったので、僕はセリアを抱えて高く跳躍し、氷牙の噛み付きを回避するのだった。
『――ブラックアウト』
「なッ!?」
間髪入れず、闇魔法が僕たちを襲った。暗黒空間にすっぽりと呑み込まれ、前後も左右も全く分からなくなる。
「がはッ」
咄嗟にセリアを庇ったが、電属性のスキルが飛んできた。スパークル程度の初級スキルなのか、威力はそこまでだったが、それでも痛いし体が痺れる。
「トウマ!」
セリアはすぐ僕にリカバーをかけてくれ、何とか痛みは治まった。
「ふう――シャイニング!」
光魔法を発動させ、闇を打ち払う。
晴れた視界の先には――杖を向ける魔王の姿。
レオさんは、その直前に危険を知らせてくれていたようだが、ブラックアウトの能力でそれは伝わってこず。
防御が僅かに遅れてしまう。
『――ヘルフレイム』
業火がとぐろを巻き、僕たちを焼き尽くそうと襲い来る。
「――ブリザード!」
咄嗟にセリアは吹雪を自分たちの周囲に発生させることで、それを相殺させようと試みた。
「……くっ……!」
熱いのか冷たいのか、訳が分からなくなりそうだ。
炎と吹雪とが交互に、或いは同時に僕たちを苛む。
けれどそのおかげで、僕たちは何とか大ダメージを回避できていた。
「っはあ……危なかったわ……!」
「ありがと、セリア――ヒーリングブレス」
火傷と凍傷らしきものが、互いの肌に薄っすらできていたので、僕は回復魔法でそれを癒した。
しかし――防戦一方だ。魔王はその無尽蔵に近い魔力で、どんどん魔法をぶつけてくる。
細かく動いて隙を突くしかなさそうだが、セリアが逃げられるかどうかは気にしておかなくちゃいけないな。
『――スパークル』
無数の電撃が魔王の周囲に展開され、矢のように一本一本飛んでくる。僕とセリアは別方向に散開し、それを躱し始めた。
その間にレオさんへ目配せをしておく。彼は口を真一文字に結んだまま頷いた。
『ファイアピラー』
「――エナジーブラストッ!」
こちらを狙った火属性魔法に対し、バックステップで避けた僕は爆発魔法を発動させる。
火柱を巻き込んだ爆風は黒煙を生じさせ、僕の姿を魔王から隠した。
「レオさん……!」
「分かってる!」
何とか近づいてきてくれたレオさんに、勇者の剣を差し出され、僕は手をかざしたまま再びスキルを紡ぐ。
「――絶対破壊」
不可避のバフを武器に付与し、それを弓へと変化させ、一息に引き絞る。
そして躊躇することなく、黒煙の先目掛けて放つ。
「――スナイピング!」
音速すら超える正確無比の矢が、黒煙を穿ち魔王の元へ飛んでいく。
これならどうだ――緊張の一瞬だったが、放たれた一本の矢は、さっきのように目前で爆散することなく魔王の体に届いた。
バン、という衝撃音とともに、矢は魔王の体、それからローブを貫いて、向こう側の壁に突き刺さる。
僅かに遅れて魔王が傷口に手を当てようとすると、その部分からどす黒い血が噴出するのだった。
「……いける!」
やはり、鍵を握るのは絶対破壊のようだ。
これを使うことで、魔王に何とかダメージを与えることができる。
中々厳しい条件だが、攻略法はきちんとあるのだ。
なら、僕たちが負ける道理など、ない。
「あともう少し頼みます、レオさん!」
「ああ、もちろんだ!」
勇者二人の力を重ね、魔王を攻略してみせる――。
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