12.勇者と魔王の物語④

 世界は悪意に満ちている――。

 勇者ヴィクターはもう何度目か、そんな思いを抱いた。

 今から四年前、リバンティア歴二〇〇年に起きた世界的悲劇。

 俗に言う二百年祭事件が契機となり、溜め込まれた悪意が放出するかのように、世界は混沌に傾いていったようだった。

 グランウェール王国が統治する形で平和を守ってきたコーストン。それがあの祝祭の日、自治兵団の反乱によって領主が殺害され、独立国家、コーストン王国の誕生が宣言された。

 当然ながらグランウェール王国はそれを認めず、内乱が始まり。それは四年経った現在でも収まっていない。


「……痛て……」


 未だ治癒しない傷口がじくじくと痛む。

 それは、二国の戦いに巻き込まれて負った傷だ。

 二十年ほどまえ、ちょうど前回の勇者が旅をしていたときに発生した大地震により、コーストンとグランウェールを繋いでいた自然の橋が崩落し、それから二つの大陸の行き来は船を使うしかなかった。

 その船旅の途中、勇者ヴィクターと従士マルティアは、二国間の海戦に巻き込まれてしまったのだ。

 幸運だったとは思う。船は沈没し、結局乗客のほとんどは助からなかったらしい。

 ヴィクターたちは、奇跡的に船の残骸にしがみついているところを、リューズの船に救助されたのだった。

 あそこでリューズの船が通らなければ、確実に自分たちは死んでいた。

 だからヴィクターやマルティア、それに他の救助された人々は、船に乗っていたリューズ人を命の恩人だと、感謝し通しだった。

 走馬灯のように当時のことを振り返っていると、部屋の扉がノックされる。

 ヴィクターはどうぞと答え、ノックの主を迎え入れた。

 あの人物は、ちょうど今考えていた命の恩人。

 名をレツ=トウスイと言った。


「もう、動けるようにはなったようだね」

「はい。よくしてくださったこと、感謝しています。もう何日かすれば、完治するかと」

「ふ、そう急がずとも。貴殿は勇者、しっかりと傷が癒えるまでいてくれれば良い」

「……ありがとうございます」


 ここは、レツ=トウスイの屋敷だった。海上で救助された人たちは皆、この屋敷に住まわせてもらえることになったのだ。命を救われ、治療もされた上に衣食住まで提供してくれることには、本当に感謝しかない。


「この動乱の時代に、レツさんのような方がいてくれることが、勇者にとっての希望です」

「……嬉しいことを言ってくれるな」

「魔王を倒しても、人々が救われなくては意味がない。その心に悪が蔓延り続けてはいけないのです」

「……うむ」


 世界は混迷の中にある。

 ライン帝国も軍備を拡張し続けていると聞くし、その裏にはかの有名なザックス商会の協力もあるとの噂だ。

 ザックス商会は特に、戦争に乗じて武器を量産し儲けていると聞く。その結果がどんな悲劇を生むか、分からないはずはないだろうに。

 争い事に乗じて、盗賊や海賊も急増しているようだし、この世界で血の流れない日はないと言っても過言ではない。

 悪に傾き始めた世界が善に転じる日は、訪れてくれるのだろうか。

 自身が魔王を倒した後には。


「人は、変わることのできる生き物だ。誰か一人が信じ続ければ、いつか必ず……良い方向に転じるものだと、私は信じているよ」

「……そうですね。俺も、そう思うことにします」


 レツ=トウスイのように、誰かが誰かを見捨てずに、手を差し伸べるのが普通になる未来。

 誰かを蹴落とさず、生きていける未来。

 難しいかもしれないが、善き者の象徴として。

 自分もそれを信じようと、ヴィクターは心に誓うのだった。





「ひえー、何よこれ!」


 セリアが典型的な悲鳴を上げる。まあ、それも無理からぬ話だった。

 待ち受ける障害は魔物くらいかと思っていたら、三階層へ上った直後、予想外のものが道を阻んでいたからだ。

 それは迷宮だった。


「完全に壁になってるから、飛び越えるのも無理よねー……頑張って攻略するしかないかしら?」

「それは面倒臭いでしょ」


 ナギちゃんがすぐ否定の言葉を述べる。


「じゃあどうするの?」

「んー、多分いけると思うんだけどなあ」


 そう言いながら、ナギちゃんはクロスボウを取り出す。

 うん、それだけでやろうとしていることはよく分かった。


「まさかナギ、それは……」

「そうだよレオさん。これがいければかなり楽になるでしょ」


 クロスボウを壁に向かって構え、息を整える。

 近づき過ぎていると危険そうなので、僕たちは数歩下がってそれを見守らせてもらった。


「――ビッグバスター!」


 レーザーが壁に激突し、凄まじい音と衝撃を生む。

 そして、いとも簡単に壁は破壊され、向こう側に行くことができる穴ができたのだった。

 穴は、目の前の壁だけでなくその奥にも、更にその奥にもできている。

 恐らく、この迷宮の半径以上は貫けたんじゃないかと思われた。


「よしオッケー。壁をぶち破れるってことさえ分かれば、詰まったときに壊して進めばいいから楽勝だね」

「はは……掟破りだなあ。良い方法だとは思うけど」

「そういうもんだよ。さ、行こっか」


 ナギちゃんは、ビッグバスターで生じた穴をさっさとくぐっていく。僕たちも、苦笑しつつ後に続いた。

 基本的には迷宮を真っ直ぐ進み、反対側まで達して出口がないのを確認してから、外周を確認して回る。

 結局、外周には出口が見当たらなかったので、内側のどこかに上階へ続く階段があると判断し、どんどん壁をぶち破っていくことにした。


「――ブラストショット!」


 ビッグバスターを連射するのは高コストなので、時折ブラストショットを織り交ぜながら、ナギちゃんは壁を破壊してくれる。

 その穴をくぐり続けて、僕たちは階段を探していった。


「魔王様も、せっかくの迷宮がこんな風に突破されちゃ泣いちゃうわね」

「ご本人がそれを言いますか」

「私は魔王になりませんー」

「あはは……それもそうだね」


 今頃、封魔の杖の中で魔王様は泣いてるところかな。


「どうせ過去の勇者も同じように突破してるよ」

「まあ、そうかもしれないな。俺も馬鹿正直には探索しなさそうだ」


 ナギちゃんとレオさんの言葉に、僕は試しにと『アクセス』で記憶を辿ってみることにした。

 思い通りの記憶を手繰るのは難しいが、意識を集中させていくと、この迷宮の風景と記憶が重なり合うのを感じる。

 その風景の中に立っているのはグレンさんではないようだが、過去の勇者には違いなかった。

 ……ああ、やはり剣術士スキルで壁を破壊しているようだ。


「……あった!」


 もう何十回目か、穴を通り抜けたところで、セリアが声を上げた。

 ようやく次の階層へ上がる階段に辿り着けたのだ。


「まあ、正規ルートよりは楽だったんでしょうけど……それでも中々大変だったわね」

「確かに。元よりこういう攻略も想定されてるんでしょ、きっと」


 中途半端な場所に階段がある辺り、その可能性も有り得そうだな。

 何はともあれ、これで迷宮は攻略完了だ。僕たちは、細く長く続いている階段を上っていく。巧妙に壁に隠されているためだろう、階段は途中で九十度折れていたりしていた。

 もうどれくらい上ってきたのか。階層としては三階だが、全ての階層で天井がかなり高い位置にあったので、城の半分以上は上ってきたはずだ。

 階段の果てが見えてくる。上り切った先は部屋ではなく廊下が伸びていて、少し先に扉のようなものがあった。

 僕たちがその扉に近づくと、触れるよりも先に扉は上に開いていき、向こう側の部屋が現れた。


「……あ……」


 その部屋の奥には、結界のようなものが張られていた。

 魔力の壁――まさしく結界だ。

 赤く揺れるその結界の両端には四つの大きな球体が左右二つずつ、積み重なるようになっており、今その球体は障壁と同じ赤色に光っていた。

 まず間違いなく、これは仲間たちが向かった四つの尖塔と連動した結界だろう。


「もうゴール付近まで来たってことね。後は皆が尖塔をクリアしてくれるのを待つだけ……」

「……ともいかないみたいだよ」


 不気味な気配。……結界の前に黒い霧が集まり始める。それはどんどん大きさを増していき、五、六メートルほどに達した。

 そして、化け物のような唸り声。部屋全体が共鳴し、ビリビリと振動する。

 霧が消え去るとそこには……巨大なガーゴイルの魔物が。


「ここにも中ボスがいるってことか」


 四つの尖塔にもボス的な存在がいるのだろうが、ここにも配置されていたわけだ。流石は最終ダンジョン、一筋縄では最奥地に辿り着くこともできない。

 他の皆も、きっと同じようなボスと戦っているのだ。僕たちも負けてられない。

 さっさと倒して、結界の解放と同時に魔王の間まで進んでやろう。


「さ、戦闘開始だ!」

「おー!」


 号令とともに、僕たちは戦闘の陣形を展開させるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る