11.勇者と魔王の物語③

 ジア遺跡の隠された地下室。

 勇者シドリックは驚くべき発見に胸を高鳴らせていた。

 偶然にも入ることのできた地下室の中で、彼は神秘的な宝珠を発見したのだ。

 それは、特殊スキルの宝珠だった。


「……これが、宝珠……」


 スキル宝珠など、噂にしか聞いたことがなかった。アナリシスという教会の人間に共有されているスキルがなければ、シドリックはそれを信じさえしていなかっただろう。

 そんな伝説レベルの宝珠が今、彼の目の前にある。

 興奮せずにはいられない事態だった。


「しかし、過去の勇者様様だな……手記にジア遺跡のことが書かれてなかったら、こんなところ立ち寄らなかったし」


 シドリックは、以前読んだ勇者の手記に、何故か理由不明な寄り道をしたことが書かれているのを見て、ずっと気にかかっていた。

 そして、従士を付近の町で休ませている間に、一人潜入してみたのだ。

 結果として、奥地で怪しい仕掛けを発見し、この地下室までやってくることができた。

 スキルの宝珠が安置された、この地下室に。


「手記には詳細なんて書かれてなかったが……何のスキルなのやら」


 期待に鼓動が早鐘を打つのを感じながら、シドリックは宝珠に手を伸ばす。

 その指が触れるか触れないかのところで、宝珠は眩い光を発し――地下室は真っ白に包まれた。


「うわッ――」


 突如発した光に、シドリックは一歩後退る。視界を奪われていたこともあり、そこで小石に躓き転びかけてしまった。

 従士を連れてこなかったのは正解だな、と情けないことを思う。

 ――と。


≪特殊スキル『コレクト』を入手しました≫


 どこからともなく、そんな声が聞こえてきた。……確かに聞こえたはずなのに、その声は男性的なのか女性的なのかも分からなかったが。

 神からのメッセージ。今のシドリックには、まるでそのように感じられるものだった。


「コレクト……」


 スキルを会得した瞬間、頭の中に知識が送り込まれてくる。どうやらこのスキルは、対象を倒すか、対象から承諾を得るかすることで、対象の持つスキルを会得することができるらしい。

 熟練度までは吸収できないようなので、通常スキルならば相手側にペナルティはなさそうだし、奪うようなシステムだったとしてもすぐに習得し直すことができそうだ。

 どちらかと言えば、コレクトと同じ特殊スキルの方が、習得制限があるため奪われると大変なんだろうな。


「……凄いスキルだぞ、こいつは」


 他者のスキルを収集できるスキル。これを上手く活用できれば、自身のメインクラスである剣術士以外のスキルも使えることになる。それも、一つや二つじゃない、極めれば全職だ。

 とんでもないポテンシャルを秘めたスキルだと、シドリックはさっきよりもずっと強い興奮に体を震わせた。


「……はは! 凄いもんを見つけちまったぜ!」


 きっと過去の勇者は、これがあれば魔王なんて楽勝だから頑張れと、手記にヒントを残してくれたのだろう。

 彼には感謝してもしきれないくらいだ。

 心の中で何度もお礼を言うとともに、シドリックは考える。

 自身もまた彼に倣い、ジア遺跡のことをそれとなく手記に書かねばならないな、と。

 リバンティア歴二三六年。シドリック、十八歳のときのことだった。





 回る、回る。

 僕たちは、正面廊下を進んだ先にあった螺旋階段をぐるぐると上っていた。

 階段は壁に面しているので、かなり長距離を駆け上がらねばならず、思った以上に疲れる。

 それでも足を止めずに、僕たちは上り続けた。


「やったー、あそこで終わりだわ!」


 上を見ながらセリアが声を上げる。もうそろそろ階段が天井を抜けるところまできていたのだ。天井とは、上階の床面。ようやく次の階層へ突入できるようだ。


「到着ーッ! ……っと」


 僕を抜かし、セリアが一番に上階へ辿り着く。けれど、その先の光景が目に入った途端、彼女は固まってしまった。

 すぐに僕とナギちゃんも追いついて、その光景を目にする。

 魔王城の二階層目――そこにはまた、大量の魔物たちが待ち構えているのだった。


「やっぱり、すんなりと魔王の間に通してはくれないよね」

「いいんじゃない? 皆が頑張ってくれてたから、まだそんなにウォーミングアップできてないしさ」

「そうね、ひと暴れしちゃいますか」

「お前ら、中々野蛮だな……」


 戦闘に加われないからというのもあるだろうが、このメンバーでレオさんが一番冷静で、時折ツッコミを挟んでくるのが面白い。

 そんな彼に被害が及ばぬよう、しっかり守らなくては。……お姫様かな?


「奥に二体、リーダーみたいなヤツがいるね。倒せそうなら先に倒すべきかなー」

「そうだね。狙ってみますか」


 円形の部屋は障害物もほとんどなく、ただ魔物がひしめき合っているだけだ。天井は高いし、先にリーダーを討ち取るのも十分可能だろう。

 リーダーの魔物――ブラッドオーガが棍棒を前へ突き出す。突撃の号令のようだ。魔物たちはその指示と同時に動き出し、僕たちへ襲い掛かってきた。


「飛ぶ魔物もいるなあ」


 バットの上位種も混じっているようで、バフをかけての跳躍は阻まれそうだ。まずはある程度数を減らした方がよさそうだと判断し、範囲スキルを連射する。


「――震! ――崩魔尽!」


 武術士スキル、震で大地を揺らし、浮き上がった魔物どもを崩魔尽で斬り刻む。デーモンもバットも一緒くたに斬られ、一瞬にして死へ落ちていく。


「――マインショット!」


 ナギちゃんは、僕が斬り開いた空間に収まるようにマインショットをばらまいた。知性の低いデーモンたちは気にせずその近くに足を下ろすが、それが奴らの最期。振動を感知した矢は強烈な爆発を生じ、奴らの体を粉々に吹き飛ばす。


「――ホーリージャッジメント!」


 セリアも大技を発動させた。

 美しき光の十字架だ。

 悪しき者どもには効果抜群で、光によって体は焼け爛れ、苦痛にもがきながら地面に這いつくばる。

 痙攣がなくなったとき、もうその体に命は宿っていない。


「よし、今だッ」


 ナギちゃんと僕は、同時に宙へ舞い上がる。デーモンの顔を踏み台にして、更に高く。

 一度くるりと宙返りしてから、弓を引き絞り――そして、渾身の一発を素早く、正確に放った。


「――スナイピングッ」


 左右どちらの矢も、コンマ一秒となく目標へ到達する。

 その目標とは、魔物どもの一番後ろで指揮をとっていた親玉、ブラッドオーガの顔面だ。

 棍棒を振るうオーガの頭が、まるでスイカのように一瞬で粉砕される。

 断末魔の悲鳴すら上げることが許されず、その巨体は轟音を立てて地面に倒れたのだった。


「……決まった!」


 狙い通り、完璧なアクションだ。

 ナギちゃんも、僕に合わせて同時に動いてくれたのは凄い。

 これで統率をとる者がいなくなった。やはり魔物どもは慌てふためいている。

 これで一気に押し切って、完全勝利だ。


「セリア!」

「はいはいー!」


 杖に換装し、セリアに目配せする。彼女もすぐに僕の考えを分かってくれて、魔法の準備に入った。

 集中し、群れの真ん中に照準を定める。


「――エナジーブラスト!」


 同時に発動された爆発魔法は、その威力を倍化させ――残った全ての魔物を一挙に蹴散らしたのだった。


「ふー、バッチリね! やっぱりトウマと戦うのは楽だわ」

「ふふ、何でも分かってくれるから助かるよ」

「ボクだってちゃんと合わせられてるからね!」

「あはは……もちろん。助かってるよ、ナギちゃん」


 そんなやりとりをしつつ、三人でハイタッチを交わす。一人ひとりの動きも、連携も問題ない。最高のコンディションだ。

 後ろで観戦していたレオさんも、僕たちに拍手を送ってくれる。


「本当に、強くなったもんだ。って、俺がそんなコメントをするのも変かもしれないけど」

「いや、嬉しいですよ。ありがとう、レオさん」

「なに。俺も戦えたらいいんだがなあ」

「そこは気に病まない。いてくれるだけで助かるんだよ、レオさん」


 ナギちゃんの言葉に、レオさんは分かったよと苦笑した。


「ほら、立ち止まってられないわ。どんどん行きましょ!」

「了解だ、セリア」


 彼女に言われると、もう何も言えないようだ。もしもレオさんがセリアと好き合っていたなら、絶対尻に敷かれていたな。

 ともあれ、進軍再開だ。次は三階層。どこまであるかは分からないが、どんどん駆け上がって行こう。

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