10.勇者と魔王の物語②
グランドブリッジを越えた勇者ダグラスと従士ティリーは、グランウェールの小さな村で宿をとり、夕食を楽しんでいた。
時はリバンティア歴二六五年。グランドブリッジが完成し、約七年が過ぎた頃だった。
「しかし、便利になったもんだね。昔はコーストンとグランウェールを行き来するのが大変だったと聞くけど」
「そうですね。あの橋が完成してからは、こんな風に短時間で渡れるんですから」
温かいスープに舌鼓を打ちながら、二人は談笑する。
世界は良い方向に変わり続けている。彼らの話はそれに尽きた。
二二七年の世界大戦終結から、凡そ三十年をかけて世界は復興を遂げてきた。
この間のことを識者たちは復興期と称し、数々の功績を後世に伝えようと記録に残す活動に勤しんでいる。
また、二五〇年以降……つまりダグラスたちの生きている今については発展期と称され、原状を回復した世界が新たなステップに移行していくことが期待されているのだった。
「定期船も整備されたみたいだし、飛空船についても定期便にする計画が進んでいるんだって。これからは勇者と従士の旅も、どんどん楽になってくかもしれないな」
「だと良いですね。今までの勇者たちは、苦労してきたようですし……」
ティリーの言葉に、そうだねと返すと、ダグラスは鞄の中から手記を取り出した。
過去の勇者が書いたとされる手記だ。個人的なもののはずだが、どういうわけか勇者が旅の終わりにこれを残し、死後に書籍として出版されるというのが習わしになっている。奇妙な慣例だ。
しかし、同じ勇者がこれを読めば、かつての勇者がどんな風に旅し、どんなことを考えていたかが分かり、自身も旅をする上で大いに参考になることは間違いなかった。とりわけどういう場所が危険なのか、魔皇にはどう立ち向かえばいいのかがある程度分かるのは助けになる。
「俺も買ったはいいけれど、自分が書くとなると中々いい文章が思いつかないね。せめて次の勇者に、これは役に立つなと思われたくはあるんだが」
「ふふ、その気持ちは分かりますよ。ううん……旅の予定ルートなんかを書いてみるのはどうです?」
「ああ……グランドブリッジや定期船のおかげで、時計回りに巡れるようになったもんね。いずれはまた変わるかもしれないけど、とりあえず書いておくのはいいかも」
ティリーのアイデアを採用することにして、ダグラスは一先ず手記を畳む。
「それにしても、これまでの勇者が皆ジア遺跡へ向かっているのは気になる点だね」
「もしかすると、それも後の勇者のためのヒントなのかもしれませんよ」
「うん。僕も立ち寄ってみるつもりだ」
その言葉に、ティリーはどこまでも付いて行きますよ、と微笑んだ。
……ゆっくりと、夜は更けていく。
旅はまだ、始まったばかり。
やがて訪れる終わりからは目を背け。
勇者と従士は、今日も二人、夜を過ごす。
*
魔王城内部は驚くほど広かった。ホールは血を想起させる深紅のカーペットが敷かれ、前と左右に廊下が伸びている。ここには階段がないので、何れかの廊下を進んだ先に上階へ進む階段があるものと思われた。
「どう進めばいいんだろう?」
「えっと、魔王城の構造はサフィアから聞いてきてる。どうも真ん中の道が魔王の間へ続いているみたいだけど、それ以外に四つの尖塔があるんだ」
「ふむ、確かに外から尖塔は見えていたな」
「うん。支部長の言うように、対角線上に尖塔が伸びていて、各塔の頂上に門番のようなヤツがいる。そいつを倒さないと、魔王の間への道が開かれないってカンジだね」
つまり、四つの塔をクリアした後に中央の廊下から魔王の間へ行く。これが正規ルートというところか。
「なら丁度いいな。トウマくんには真ん中を行ってもらうとして、俺たちは別々の塔を攻略していくことにしよう」
「うむ、フィルくんの意見に賛成だ。これだけの数が揃っているのだから、別れて四つの塔を上るべきだろう」
フィルさんの提案に、ローランドさんが同調する。特に異論もなかったので、その案が採用となり振り分けをすることになった。
四つの塔を代わりに攻略してくれるなら、労力も五分の一で済む。非常にありがたい提案だ。
ナギちゃんは作戦のブレーンとして、レオさんは勇者の剣の所持者として僕たちと行動を共にするので、残る五人での振り分けとなる。慎重にいくならチームを組んで二つずつ攻略すべきなのだろうが、そこは戦闘力の高い五人だ、なるべく一気に攻略したいとの声が多数だった。
その結果、フィルさんとルディさんだけがチームを組むことになり、残るニーナさん、ギリーさん、ローランドさんは単独で塔を上ることを決めた。少し心配にはなるが、そこは彼らの腕を信じることにする。
「すいません、頼みました」
「任しとき。これくらい、すぐに攻略したるからなー」
「心配しなさんな、何だかんだ、皆腕はいいから」
ニーナさんがウインクし、ギリーさんがニヤリと笑った。まあ、こんな錚々たるメンバーなのだから、心配する必要はないだろうな。
「……では、行くとしようか」
「了解、各自速やかに塔を攻略しよう!」
フィルさんの掛け声で、五人は左右の廊下へ走っていった。伸びた廊下の先から更に二手に分かれ、尖塔に進むことができるのだろう。
……任せました、皆さん。
「流石の自信、それにチームワークね。さっさと方針決めて行っちゃうんだから」
「それが組織ってもんだよ。ギルドっていいトコでしょ」
「そうだね。ナギちゃんが入ってるのも分かる」
「トウマとセリアなら歓迎するけど?」
「俺は?」
「レオさん? まあ、仕事はできるもんね」
「ぐぬう……」
やっぱりナギちゃん、レオさんにだけは若干棘があるなあ。というか、それで反応を楽しんでいる節もありそうだ。
僕がナギちゃんに似たようなことをし過ぎたせいかな? ……それはちょっと反省しておこう。
「ま、それはともかく。塔のギミックは皆に頑張ってもらうということで、ボクたちはど真ん中を突っ切っていこう」
「そうね。真ん中のルートにだって、障害はわんさかあるんでしょ?」
「だと思う。長い道のりになるだろうし、慎重に、だけど迅速に進んでいかなくちゃ」
「うん。僕たちも、スタートしよう」
四人で軽く拳をぶつけ合い、気合を入れる。そして目の前の廊下を見据え――走り出す。
「行くわよー!」
魔王の間を目指し、ひたすらに前へ。
後はがむしゃらに、進むだけだ。
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