8.総力戦

 決戦の日が来た。

 快い眠りから目覚めた僕たちは、しっかりと身支度を整えて宿を発つ。

 安らかな場所に名残惜しさはあったけれど、それはすぐにまた戻れる場所だ。

 そう信じて歩き出す。

 セントグランの街並みを往き、まずはヘイスティさんの家に向かう。

 訪ねたときには、彼はもう装備を玄関前に用意して待っていてくれた。


「完璧な仕上がりだ。……これで魔王なんてぶっ倒してこい」


 熱い激励と完璧な装備を受け取って、僕たちはお礼を残し彼の家から立ち去った。

 道を引き返し、今度はメインストリートから外れて裏路地へ。人気のない道を進めば、蔦の絡んだ建物が現れる。

 グリーンウィッチ天文台。今日の待ち合わせもこの場所だった。

 古めかしいながらも錆のない扉を開き、僕たちは天文台の中へ。玄関ホールには誰もいなかったが、開扉の音に気付いてナギちゃんが出てきてくれる。


「おはよう。……お、何かいい顔してるね。覚悟が決まったってカンジ」

「ん、おはよう。最後の戦いだからね、生半可な気持ちじゃいけないし」

「なのでバッチリ決めてきましたよっと」

「ふーん? 一体何を決めてきたのかな?」

「いや、覚悟だってば」


 変に勘繰られてしまうと恥ずかしい。別に劇的なことは何もしてません。


「はは、ごめんごめん。最近二人を見てると悪戯心がねー」

「それってどういうことよ、ナギちゃん」

「爆発しろってヤツ?」

「それは地球でしか通用しないかと……」


 というか、そういうスラングも何故か知ってるんだな……ナギちゃん。


「ま、そんな雑談はこの辺にして。もうすぐ出発しようとは思ってるんだけど、その前にセリアへ渡しておきたいものがあるんだ」

「私に?」

「そ。だから二人とも、ちょっとこっちに」


 手招きされ、僕たちはナギちゃんの後に続いて廊下を進んでいく。そして左手側、二つ目の扉を開くと、そこには衣装室のような部屋があった。

 基本的には服や装飾品などが並んでいたり、タンスがあったりという感じだが、その中に戦闘用の防具や武器も幾つかある。ナギちゃんや他にここを使う人は、いつもここで着替えをおこなっているんだろう。


「はい、これ」

「んん?」


 部屋に入ると、ナギちゃんはセリアに何かを手渡す。

 長い棒――それはどうやら杖のようだった。


「これを、私に?」

「うん。だって、魔王の封印を解いてしまったら、封魔の杖には触れられなくなるからね」

「ああ……紐づけの問題があったんだっけ」

「そういうこと。だから、これがセリアの杖」


 ポンと簡単に手渡したものだが、そのフォルムはとても美しい線形を描いており、先端部分には空のように青いオーブがついている。素人目にも、その杖が安物でないことくらいは分かった。


「こんな高そうなものを使っていいの……?」

「当然でしょ。君たちの未来だけじゃなくって、世界の未来もかかってるんだから。万全の状態で戦ってもらわないと」

「……ありがと、ナギちゃん!」

「おわっ」


 不意打ちのハグに、ナギちゃんは顔を赤らめながらじたばたと悶える。

 まあ、抱きつかれるとは思わないよなあ、普通は。

 しかし、セリアとナギちゃんのそういうシーンが見られるとは、目の保養だな……なんて。


「……その代わり、ちゃんと生きて帰ってくること。そんで……またボクにハグすること」

「ふふ、お安い御用だぞー」


 ああ、何かあっさりとナギちゃんが懐柔されてしまった。別に悪いことではないけれど。


「ん? トウマもナギちゃんにハグしたい?」

「いや、僕はいいです」


 にやついているのを勘違いされたようで、セリアに変なことを言われる。

 そういうこと言ってると、ナギちゃんがどんどん困っていくんだぞ。


「ああもう、とりあえず用件はこれだけだったから! ……そろそろ出発しよう。気を引き締めてよ」

「了解。そんじゃ、行きましょっか」

「切り替え早いなあ、セリアは。……行きますか」


 装備は完璧、気持ちも十分。後は出発するだけだ。


「ちなみに、向かう先は空港とか?」

「とりあえずは。ただ、魔王城まで飛空船で行くわけじゃないんだ」


 ナギちゃんは緩々と首を振りながら答える。


「アクアゲートから船に乗り換えて、魔王城を目指すよ」





 魔王城までは、船旅になる。

 飛行船は魔物の襲撃を想定していないため、魔王城までの足に使うのは悪手ということらしい。

 簡素だが、装甲を備えた船舶を借りられたということで、そちらを使うことになったのだ。

 ちなみにその船舶は、セリア救出時と同じくマギアルのエリスさんと交渉し、使わせてもらえるようになったとのことだった。

 アクアゲートまでは小型の飛空船に乗せてもらうため、まずはセントグラン空港を目指す。

 空港だけあって入口の警備はアクアゲートの港よりも厳重だったが、勇者一行であることを十字章を見せながら伝えると、すぐに通ることができた。

 そして、搭乗する飛空船のところまで案内されたところで、そこに何人かの人影が立っているのに気付いた。


「……あれ?」


 初めは乗組員さんなのかとも思ったが、どうやら違うらしい。

 一番端にパイロットを務めてくれるエリスさんがいるのはいいとして、他にも僕たちの見知った顔が並んでいた。


「お、やっと来よったで」

「やっとっていうか、ニーナが先走り過ぎただけでしょうが」

「それは言わんといてや、ギリー」

「フ。まあ、俺たち全員同じようなものだ」


 そこにいたのは、ニーナさんとギリーさん、それにローランドさん。

 騎士団とギルド、違う組織である彼らが仲良く肩を並べていたのだった。


「皆さん! 来てくださったんですか」

「せやでー。ナギちゃんに頼まれてな」

「総隊長さんとかは多忙で出られなかったんで、俺たちが来たってトコさ」

「俺は、可愛い部下の頼みなんでな。マルクに店番を任せて駆けつけた」

「……ありがとうございます」


 ナギちゃんも、色々連絡してくれてたなら言ってくれればいいのに。

 戦いでもそれ以外でも、僕たちのために頑張ってくれてるんだよな。


「ニーナさんにギリーさん、それに支部長。この三人も船に乗って、魔王城で一緒に戦うことになる。乗り物関係はまたエリスさんにお願いしてる」

「お二人への協力は惜しまないので。皆さんを安全に、魔王城までお連れします」

「ニーナさんも、ありがとうございますー」


 これだけのサポートがあるなら、非常に心強い。

 ただ、一つだけ気にかかることもある。


「ちなみにナギちゃん、これまでの歴史上、魔王との決戦には勇者が一人で赴いているんだけど、勇者以外が魔王城に近づいても問題ないのかな」

「それについてはノープロブレム。魔王城にも区画があるからね、本当に最後……魔王の間だけは勇者と魔王だけの空間になってしまうけれど、そこまでは制限はない。だからグレンの遺体が奪われたりもしたんだけどね」

「ああ……そうか」


 マドック研究所の地下、悪しき実験施設にあったグレンの遺体。

 それは消えゆく魔王城から奪取されたものだった。

 だから、勇者以外の人物が魔王城にいることは、何の禁則事項でもないのだ。


「トウマはいくら強くなったと言っても、歴代の勇者よりはまだまだ弱い。だから、協力者の存在は不可欠だよ」

「全く以て。……すいませんが、どうか皆さん、力を貸してください」


 僕が頭を下げると、三人は三人とも、笑顔で了解の言葉をかけてくれるのだった。


「……じゃあ、いよいよ出発といこうか」

「うん。……乗り込もう!」


 皆が皆、それぞれ気合のこもった掛け声とともに歩き出す。

 そしてパイロットのエリスさんを先頭にして、飛空船に乗り込んでいった。

 僕とセリアが最後になり、開かれたハッチから中へ入ろうとしたとき。

 背後に微かな気配を感じ、振り返ってみた。


「頑張れ。トウマくん、セリアちゃん。悪魔たちが創ったこの世界の理を、まずは一本、打ち壊してくれ」


 囁くように、紡がれる言葉。

 いつの間にやら、そこにはサフィアくんがいた。

 戦いには参加できないようだけれど、見送りにきてくれたようだ。

 ちょっぴり気障な声援を添えて。

 だから、僕たちは答えた。

 揺るぎない意思を示すように。


「とーぜん!」


 アクアゲート経由、魔王城行き。最後の戦いへ向けて、僕たちは旅立つ――。

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