6.魔王城へ向けて②

「……じゃあ、私……私が、魔王になるってことなのね――」


 ナギちゃんの口から全てが語られて。

 自身の運命を知ったセリアがまず発したのは、そんな言葉だった。

 強がっていた彼女だが、やはりその真実は重く。

 膝の上に置かれた両の手は、ぎゅっと強く握られたまま小刻みに震えていた。


「……セリア」

「……ううん、大丈夫よ」


 あくまでも強がりを続けて、セリアはにこりと笑う。

 ぎこちない笑みだ。でも、それができるだけでも十分だと思う。

 造り物の世界の真実を知った上で、そうやって笑えるなら。


「このリバンティアが創世されてから、勇者と従士はそんな運命を繰り返してきた。四体の魔皇を倒し、封魔の杖の封印を解き……魔王城で魔王となった従士を討つ。残酷すぎる旅の結末さ」

「一緒に魔王を倒して帰ろうって、きっといつの時代の勇者たちもそう言ってきたはずなのに……約束した相手が魔王になって、倒さなければいけなくなって……そんな繰り返しだったのね」


 そして、絶望の中勇者と魔王は、その対立する善と悪の力によって、対消滅する。

 生きて帰ろうと誓い合った二人は互いを消し去り合い、全ては無に帰すのだ。

 ナギちゃんの言う通り、これを残酷と言わずして何と言うのか。

 歪み切った悪魔たちの決め事……。


「……だけど」


 ナギちゃんはそこで語気を強める。


「君たちの旅は、その結末で終わらせるわけにはいかない。……そのために戦ってきたんだ」

「うん。僕たちは……今度こそ生きて帰る。何度も何度も繰り返し、悲しんできた彼らの意思を継いで」

「できるのかしら」

「やり遂げる。……そうでしょ?」


 僕が問いかけると、セリアは頬を赤らめて……それから、力強く頷いた。


「……ええ、もちろん」


 その返事に、僕も勇気を貰えた。


「フフ、流石はセリアだね。ボクなんか、しばらくこの世界の構造を受け入れられなかったのに」


 そう言えば、前にもナギちゃんは同じことを言っていたか。この世界で普通に暮らす人にとっては、理解できないのがむしろ当たり前だ。

 僕と旅をしてきたことが、今の彼女を形成している。

 それはとても嬉しいことだった。


「……よし。セリアがちゃんと受け止めてくれたところで、これからの話に移るとしようか」

「最後の戦いについて、だね」

「そうそう」


 勇者と魔王――従士の最終決戦。

 そのまま向かってしまえば、きっとこれまで通りの歴史が繰り返されてしまう、悲劇の舞台だ。

 その悲劇を起こさないため、僕たちはどんなことをすればよいのだろうか。


「呪われた運命から脱却するため、過去の二人は幾つかの方法を試みてきた。結果的に君たちに至るまで救済は無かったけれど、それでも彼らの死は決して無駄じゃあなかったんだ」


 言いながら、ナギちゃんは指を立てて見せる。


「まず一点、善と悪の力は、それぞれ勇者の剣と封魔の杖が媒介になっていることが分かった。また、紐づけされている勇者と従士は、剣と杖が消滅してしまうと、その命が尽きてしまう」

「つまり、勇者と従士のもう一つの心臓、みたいなものと考えていいのかしら?」

「その認識でまあいいと思う。エネルギーの供給源、だね」

「なら、剣と杖が壊れないようにすればいいってこと?」

「いや、残念ながらそれは不可能なんだ」


 セリアの問いに、ナギちゃんは緩々と首を振った。


「二点目、勇者と魔王の旅は、善と悪の力の相殺によって終息する。戦いの決着というのは、互いの武器の消滅……要するに相打ちでしかつかないんだよ」

「そんな……」


 その言葉通りだというなら、勇者と従士に逃げ場などないように聞こえる。

 武器と武器をぶつけ合い、どちらもが消滅する結末。それしか道がないというのなら。


「そこで、先代である勇者グレンが考えたのが、勇者に剣を抜かせないことだった」

「あ……」

「前提条件である紐づけ。グレンはそれを回避しようとしたってワケだね」


 勇者となる者は、必ずブレイブロックで勇者の剣を引き抜く。

 それが儀式として定着してしまっている以上、旅立ちまでに確実に剣は抜かれてしまう。

 世界の真実に気付いたときには時すでに遅し……待つのは絶望的な結末しかない。

 だが、一番最初の儀式をやり過ごすことがもしも出来たなら――。


「勇者の資格は持ちつつも、剣との紐づけがされなかったら……勇者は死なない」

「うん。剣を持っていないのだから、とりあえず対消滅によって死ぬことはない。じゃあ魔王討伐はどうするのかって問題が出てくるけれど、とにかく第一関門はクリアできるとグレンは考えたのさ」

「ちょっと待って。勇者はそれでいいかもしれないけど、従士はどうなるの? 封魔の杖は、イストミアに住む魔術士を従士として選定するのよ。そっちは逃げようがないし、第一私は今こうして杖を持ってるわ」


 確かに、剣の方は回避できているが、杖はもうセリアを主として認めてしまっている。紐づけが完了しているわけだ。

 今の流れでいくと、杖の紐づけもどうにかしなければ、セリアは助からないことになってしまうのだが……。


「そこで三つ目なんだけど、勇者の剣は所有することイコール紐づけになるのに対して、封魔の杖はもう一段階、紐づけの条件があるんだ」

「……魔王になる瞬間?」

「せーかい。魔王の方だけは、従士に魔王が憑りつくという段階を経なければならない。すなわち杖から従士に魔王が憑りつく瞬間、それをどうにかできれば活路は見出せるはずなんだ」


 従士側の紐づけも回避できるのであれば、剣と杖の消滅によってはどちらも命を奪われることはなくなる……それは確かに理屈の通った話ではある。しかし、そうなった場合、決着そのものはどうやってつければよくなるのだろう?


「話の流れからして、従士が魔王にならなくなるって風に思えるんだけど。勇者と魔王の戦いはどうなるのかな」

「勇者の剣を持たない勇者が、肉体を伴わない魔王を倒す――そんな不可思議な戦いになってしまうだろうね。ただ、成立しない戦いではないと思う。問題は、本来出来レースに近い勝負が、この大きすぎる変化によってどうなるか、だ」


 必ず引き分けで終わる戦いが、前提条件を滅茶苦茶に壊してしまうことによってどうなるか。

 ……それは流石に、誰にも分かるまい。


「グレンがこの方法を思いつくまでは、ダンさんは星見会が作り出したクローンを利用する手をメインに考えていたみたい。要塞で、ボクが言った例の保険だね」

「善悪のクローンに戦わせるっていうアレか」

「そ。まあ……仮にの話だけど、これで君たちの試みが失敗してしまったら、今度こそクローンを犠牲にするなんてことを、しないといけなさそうだけどさ」

「……そんなのはイヤだわ。私たちもイヤだし、ナギちゃんたちの組織に辛いことをさせるのも、イヤ」

「だから、キッチリやり遂げないとね」

「そうね。何にせよ、答えは一つしかないわけだ」


 生きて帰る。その答えだけを、持っていればいい。


「で。今説明した従士の紐づけ解除を成功させるというのが作戦なわけだけど。具体的にはセリアとトウマにあるスキルを使ってほしいんだ」

「スキル?」

「勇者と従士にしか使えない、専用スキルのことさ」

「それって……絶対破壊と絶対封印のこと?」

「うん。この特殊スキル、悪魔たちもノリで決めたのかもしれないけど、ぶっ壊れスキルなんだよね」


 確かに、絶対破壊と絶対封印の二つは、世界でたった二人しか使うことのできない厳しい制約があるものの、その効果はとんでもないものだ。方や不可避の攻撃、片や死以外からの完全回避。本当に悪魔たちがノリで決めたというのなら、馬鹿げた話だ。

 でも、それを利用できるならしてやったり、という感じだな。


「セリアには、まず絶対封印を自分にかけておいてほしい。それから封魔の杖の解放を始める。魔王がセリアの肉体に宿ろうとするけれど、それは当然絶対封印の力で防御される。後はトウマが、絶対破壊を使ってセリアと魔王の繋がりを『破壊』するんだ」

「繋がりを断つ……そんなことが」

「できるはず。攻撃が物理的なものに限らないことも、過去の勇者が検証しているからね」

「なるほど……」


 絶対破壊と絶対封印の仕様を解明することも、過去の勇者たちは行ってきたようだ。

 そのことも全て、この作戦に寄与してくれている。


「……ん、ということは」

「どしたの、トウマ?」

「いや、絶対破壊を使うには勇者の剣が必要じゃないかって」

「あ、そうか」


 そう言えば、という風にセリアがポンと手を打つ。まあ、それに対する回答は分かっているんだけど。


「安心して、もう連絡は入れてるから。彼は明日にはダグリンを出発して、そのまま魔王城へ乗り込むって」

「……そっか。じゃあ魔王城で合流することになるんだね」

「レオのことかー。そこで会えるなら、ちゃんとお礼を言わないとだなあ」


 勇者の剣は、レオさんによって抜かれてしまっている。

 なら、現所有者であるレオさんは必然的に呼ばなければならないのだ。

 但し、絶対破壊のスキルは僕が入手しているので、レオさんには使えない。

 レオさんに剣を持っておいてもらい、僕がスキルを発動させる――そんな感じになるんだろう。


「レオさんが剣を抜いてなかったら、ボクの能力の出番だったんだけどねー」

「ああ……ポートを使って持ってくる予定だったんだ?」

「そう、抜けないままでも移動させるくらいは、ね」


 ということは、ナギちゃんは本来僕たちが生きて帰るためのキーパーソンだったわけだ。

 ひょっとすると、ナギちゃんがポートを習得できるよう、ダン=ブラムさんが手段を講じたのかもしれないな。


「その予定が変わっても、ナギちゃんは十分僕たちの助けになってくれてるよ」

「あ、当ったり前でしょっ」


 久しぶりにつっけんどんな反応が返ってくる。こういうところがやっぱり可愛いな。

 ……と、そんな風に見ているとセリアに怒られるからやめておこう。


「と、とにかく。これが作戦の全容だからね。説明はちゃんとしたし、後は二人がしっかりやり切ること!」

「はは……ありがと。もちろん、しっかり成功させて、しっかり討伐してみせるよ」

「そんでしっかり二人で帰ってみせるわ」

「その調子。ボクも、二人のことを信じてるから」


 僕たちのために尽力し、そして僕たちの生還を信じてくれるナギちゃん。

 彼女の気持ちを裏切るような結果には、決してしない。全力で、やりきらなくちゃ。


「出発は明日を予定してる。レオさんがダグリンを発つのに合わせたいからね。トウマもセリアも、それで大丈夫?」

「明日、だね。どうせ長引かせても同じだし、早い方がいいかな」

「私も、長すぎたらかえって緊張しちゃうしその方がいいわ」

「オッケー。二人の冒険の締め括りだ。ハッピーエンドにするため、頑張ろうよ」

「とーぜん!」


 僕たちは笑い合い、そして誓い合う。

 明日のその先を、皆で見ることを。

 さあ、もうすぐ変革のときだ。

 残酷な世界のルールなんて、僕たちの手で変えてやろう。

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