5.魔王城へ向けて①

 快晴の空の下、僕たちはヘイスティさんの家を目指していた。

 グリーンウィッチ天文台へ行くまでに、まずは昨日挨拶できなかったヘイスティさんに会っておきたかったのだ。

 ローランドさんからもらった住所を頼りに、ホテルから歩くこと実にニ十分ほど。

 以前住居にしていた鍛冶屋よりもっと街外れの家に、ヘイスティさんは隠居しているのだった。

 玄関口にはチャイムもなく、僕たちは開き戸をトントンと叩いて来訪を知らせる。

 声は遠かったが、間違いなく懐かしいヘイスティさんの声だったので、僕は扉を開いて中へ入った。


「まーたローランドか? ……って、お前さんたちは……」

「久しぶりです、ヘイスティさん」

「トウマ、それにセリアちゃんじゃねえか。ローランドの奴から事件に巻き込まれたって聞いて心配してたんじゃぞ」


 ヘイスティさんのところにも、当然の如く話は伝わっていたようだ。なので僕たちは、彼にもまた事の経緯を説明することになった。

 ヒューの悪事についてはヘイスティさんも詳しくは知らないので、あまり関係ない部分は端折りつつ、セリア救出までの流れを簡単に話し終えると、彼は大きな溜息とともに僕たちの冒険を労ってくれたのだった。


「いやあ、魔皇だけかと思っていたが、単純な旅じゃあなかったんだな。よく乗り切ってきたもんだ」

「ヘイスティさんの作ってくれた装備のおかげでもあります。特にヴァリアブルウェポンは最高ですよ」

「ハハッ、そう言ってくれると嬉しいねえ」


 ヴァリアブルウェポンは、間違いなくヘイスティさんにとっての最高傑作であり、集大成だっただろう。それを褒められることは、彼の鍛冶屋としての生き様を褒められたことに等しいわけで、こんな風に破顔するのも当然のことなのだ。


「そう言えば、その装備は今日していないようだが」

「まあ、今日は戦いに出向く予定もないので。……ただ、装備に関してちょっとお願いがあるんです」

「む?」


 僕は予め鞄に入れておいた防具を取り出す。結構な大きさだったので取り出しにくかったが、服に手袋、そして靴の三点を取り出して床に並べた。


「不躾なお願いなんですが、何度も戦う中でちょっと破損してしまったんで、繕ってもらえないかと」

「ああ……なるほどな。それくらいならお安い御用じゃ」

「本当ですか!」

「うむ。ただ、儂はもう鍛冶師を引退しておるんでな。この家にも道具はないんじゃ」


 確かに、この小さな家の中を軽く見回してみても、鍛冶を行えるようなものは一切ない。ここに移り住んでからはまるで鍛冶師の仕事をしてこなかったのだろう。

 鍛冶屋としての人生には、もう区切りをつけたのだ。


「じゃあ、どうやって……?」

「ザックス商会に場所を借りることにしよう。彼奴らなら、断りはせんはずだ」

「あー……」


 そう言えば、最初にこの装備を作るときもザックス商会の工房を借りたのだったか。元々ヘイスティさんとザックス商会は、土地を巡って揉め事があった相手だが、今はそこまで険悪な仲ではないのかな。


「あっさり貸してくれるんですね?」

「多分な。儂もまだ、商会を許したわけではないが……今の暮らしができているのは商会から得た金のおかげじゃ。嫌うわけにもいかん」

「それなりの売買代金だったわけですね」

「うむ」


 この家はこじんまりしているので、それほどお金がかかっているわけではなさそうだ。恐らくは第二の人生を自由に暮らせるよう、かなりの額を貯金に回しているのだろうな。


「あの土地が未だに手付かずなのは少々気になっておるがな。あれだけの大企業だ、色々とやることはあるんじゃろう。手放した場所のことは忘れて、後は好きに生きていくつもりだわい」

「あはは……すいません、そんなときに装備の修理なんかお願いして」

「それは気にせんでくれ。儂はお前さんたちの役には是非とも立ちたいからな」


 ヘイスティさんはそう言って、豪快に笑った。


「そうじゃな、工房を使えるなら、これくらい一日で直せるだろう。もうじき魔王との決戦なんだろうし、すぐに取り掛からせてもらうとしよう」

「ありがとうございます。お願いしますね」

「任せておけ」


 これまで散々お世話になってきた装備品だ。そのポテンシャルはよく理解している。

 万全な状態で魔王に挑むことは、必要不可欠だろう。

 ヘイスティさんが快く引き受けてくれて、本当に助かった。


「魔王の攻撃にも耐えられるよう、きっちり修繕しておくからな」


 そんな頼もしい言葉を受け、僕たちはヘイスティさんの家から立ち去るのだった。





 グリーンウィッチ天文台。

 この世界の発展からあえて取り残されるのを選んだような建物。

 地球とリバンティアが重なる建物。

 そこに僕たちは、再び足を運ぶ。

 この日も、いやいつもなのだろう。この細い路地には人気が無い。

 だから、グリーンウィッチ天文台は誰にも知られることなく、今日まであり続けたのだ。

 そこでの活動もまた、知られることなく。


「やほ、待ってたよー」


 やって来た僕たちを、ナギちゃんは笑顔で迎えてくれる。

 サフィアくんはまだいないようで、建物内は昨日からナギちゃん一人だけのようだった。

 こんな場所とはいえ、女の子一人は少し危ないよなと思う。……まあ、彼女のことだし、変な輩が来ても一瞬で対処はできそうだけれど。


「んじゃ、とりあえず応接まで来てもらおうかな」


 ナギちゃんの案内を受け、僕たちは応接室に向かう。古びた建物だが、元々住居でなく天文台ということもあり、それなりの広さがあるようだ。階段もあるし、外から見た感じだと三階くらいはあるのだろうか。

 応接室には、玄関ホール以上に地球のものが置かれていた。幾つかはナギちゃんが回収してきたオーパーツなのだろうが、大半は意図的に持ち込まれたもののように思える。

 ダン=ブラムという人物は、『管理人』という役割上、地球とリバンティアを行き来できるということだし、この世界にも地球のものを置いておきたいと考えて持ち込んだのかもしれないな。


「……さて」


 全員がソファに座ると、ナギちゃんがいよいよとばかりに、前のめりになって口を開いた。


「後回しになってしまったけれど、セリアにも伝えさせてもらうよ。この世界の真実と……君自身の真実についてもね」

「……やっぱり、私にも関係のあることなわけね」

「うん。でなければ、ヒューはセリアを攫ったりなんかしなかったさ」


 それくらいは彼女もよく理解しているだろう。攫う意味があったから攫ったのだ。分かっていないのは、その理由だけ。

 そしてその真実に耐えれるかどうかは……彼女の強さを信じるしかない。


「色々と、ショックを受ける話だと思う。でも、僕は……全てを知ってもらった上で、セリアと最後まで戦いたい」

「……トウマのくせに、格好良いこと言うじゃない。大丈夫よ、どんな真実だって、私は受け止めるから」

「……そっか」


 そう、今までだって、多くの真実を受け止めてきてくれた彼女だ。心配なんて、きっと無用だろう。

 だから……隣にいるだけでいい。彼女の心を、ちょっとだけ支えてやればそれでいいのだ。


「じゃあ、話を始めるとしよう。この世界の真実の話をね――」


 そして、あの日サフィアくんが話してくれた物語を、今度はナギちゃんが繰り返すのだった。

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