4.再びの王都で③

 ホテルにチェックインした僕たちは、今日はこのまま外出せずに過ごすことにした。一度緊張が緩めば体の節々が痛いことを実感したし、耐えがたい眠気も襲ってきた。

 夕食の時間までは二人で仮眠をとって、六時になってから併設された食堂でお腹を満たす。そうして夜も深くなってきた頃、風呂を済ませた僕たちはダグリンのギルド支部に報告のため連絡をとった。

 通話口に出たのはフィルさんだった。ルディさんだったら別の人に代わってもらおうかと思っていたので少しホッとする。


「フィルさん、トウマです。ご心配おかけしてすいません」

『ああ、トウマくんか。今どこに?』

「セントグランにいます」

『セントグラン? ではやはり、ダグリンを飛んでいた飛空船は君たちが呼び寄せたものだったんだな』


 突如として街の空に現れた飛空船は、沢山の人に目撃されていたことだろう。フィルさんたちも見ていたに違いないし、そこから想像を働かせれば、僕たちの行動に思い至るのも自然な流れか。


「助っ人が来てくれましてね。それで、無事にヒューのいる飛行要塞へ突撃して、セリアを助けることもできました」

「フィルさん久しぶりですー、セリアです!」

『ああ……セリアちゃん。無事で良かったよ。嫌な目にはあわなかったか?』

「衣食住が満足いかなかったくらいです。私のために色々手を回してくれたみたいで、ありがとうございました」

『なに、それは当然のことだ。むしろそこまで役に立つことができず、申し訳なかった』

「いやいや、そんなことないです」


 そこで、受話器の向こうが少しだけ騒がしくなる。どうやらヘクターさんとルディさんもやって来たようだ。

 ルディさんの声は遠くからでも聞き取れる賑やかさだなあ。


『すまん、外野がうるさくてな。とりあえず、君たちは今セントグランにいると。魔王城も現れたことだ、そちらから魔王城へ乗り込むことになるんだな』

「そうなります。なので、報告とお礼の連絡を入れさせてもらいました』

『そうか……少し寂しいが、後は君たちの戦いだ。必ず勝って、生きて帰ってくるんだぞ』

『帰ったらまた連絡いれるんだぞー』


 とうとうルディさんが割り込んできたようだ。まあ、元より無事に帰ることができれば、それを伝えたい人は大勢いたので了承しておく。


「必ず。皆さんもそれまで元気に過ごしててくださいね」

『はは、決着にそう時間はかからないだろう。なるべく早く、連絡が入ることを期待しておく』

「中々プレッシャーですね。……ふふ、頑張ります」


 フィルさんなりの激励だ。ありがたく受け取っておこう。


「ええと、それからもう一点なんですけど」

『うん?』

「レオさんはまだ病院ですかね? 知ってます?」

『ああ……ルディの奴が見舞いには行ってくれてたが、医師はあと二日ほどで退院できると言っていたそうだ』

『包帯とかは取れてなかったけどねー、早く動きたいって雰囲気凄い出てたな』

「まあ、責任感じてましたしね。……できたらレオさんに、セリアを助けられたこと、伝えておいてほしいなと」

『もちろん、承った。確かに無事を報告しておかないと、病院から脱走でもしそうだ』

「そうなんですよね」

「アイツ、そんな落ち込んでたんだ」


 レオさんのことを聞いて、セリアが申し訳なさそうな顔をする。

 彼は君のことをとても大切に思っているんだよ、と言いたい気持ちにもなったが、それは止めておいた。

 僕が言っても仕方ないことだ。


「レオにも、お礼を言わないとな」

「そうだね。レオさんも、すごく心配してくれてたから」

「……ん」


 セリアは真面目な顔をして、一つ頷いた。


「それじゃ、報告もできましたしこの辺で切らせてもらいますね」

『了解。もしかしたらレオくんがそっちへ連絡をとりたいと言うかもしれないし、番号だけ控えておいてもいいか?』

「ああ、分かりました」


 出られるかどうかは分からないが、とりあえずホテルの番号を伝えておく。直接報告ができるに越したことはないものな。


「じゃあ、また」

『また、な』


 そっと、受話器を置く。フィルさんの優しい言葉が、耳にリフレインした。


「ふう。これでよし、と」

「あっちにも色々と迷惑かけたのよねー……」

「それはセリアのせいじゃないから。悪かったのは全部、あの男だ」

「ヒュー……かあ」


 セリアとしては、未だに彼の真実を受け止め切れていないようだ。

 従士の隠された役割もまだ知らされていないのだし、誘拐の理由だって彼女はいまいちピンときていないはず。

 まあ、それは彼女が酷い目にあっていないということでもあるわけだし、安心はできるのだが。

 

「彼が所属する組織――星見会とか言ってたけど、それについてセリアは何か聞いたりした?」

「ううん、あんまり。あそこに集まってた人との仲間意識は強そうだったけど、どうも会そのものとはソリが合ってなさそうだったというか」

「へえ……?」

「自分の計画こそが世界のためになるのに、とか呟いてたからさー」


 ということは、他にもいるはずのリーダーたちとは、相容れない思想・計画だったわけか。

 ……仮にヒューの悪事が僕たち勇者と魔王に関連することだけだったとすれば、もっと恐ろしい思想を持つ者が何人かいることになる。

 いや、恐らく……いるのだろう。

 ヒューの逮捕によって、そうした危険人物の情報が詳らかにされることを願うばかりだ。

 僕たちの旅が終わろうと、悪魔たちによって作られたリバンティアはずっと続いていくのだから。


「それより、明日にはちゃんと教えてくれるのよね。ナギちゃんと二人だけの秘密とか、許さないわよ」

「大丈夫だって。ただ、驚かないでよ」

「トウマとの旅は驚きの連続だったもの。何をいまさらって感じだわ」


 セリアにしてみれば、どこの馬の骨とも分からない奴を草原で拾ってから、それが勇者だと分かって一緒に旅に出て……別の世界からやって来ただの、世界の仕組みを変えるだのややこしい話ばかりが出てきて、さぞかし大変な二ヶ月間だったろうな。


「退屈はしなかったけど、ね」

「ふふ、それならまあ」


 僕も、君と一緒だったから退屈なんてしなかった。

 この旅も――そしてきっと過去の歴史でも。君は立派な従士だ。


「これからも、退屈させないでよ?」

「……ん、頑張ります」


 これからが、末永く続いていくことを二人で願いつつ。

 僕たちは早めにベッドへ潜り、疲れ切った体を癒すのだった。

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