3.再びの王都で②

 セントグラン王城。前回ここへ足を運んだのはいつのことだったか。

 魔皇テオルを倒し、お祝いパーティに参加したときだったから……多分一ヶ月ほど前のことだ。

 そう考えると、僕たちの旅は本当に駆け足だったなと思える。

 過去の勇者たちが、沢山のお膳立てをしてくれたおかげだ。


「昼休憩は終わったけど、今ならまだ隊舎におるんちゃうかなー」


 ニーナさんが言い、僕たちを隊舎へと案内してくれる。第一隊長室とプレートのついた部屋をノックすると、これまた懐かしい声がどうぞと入室を許可してくれたので、僕たちは部屋の中へ入った。


「おや? 誰かと思ったら……トウマくんにセリアちゃんじゃないか。事件に巻き込まれたと聞いていたけど……無事だったんだね、良かった」

「はは……お久しぶりです、セシルさん。それにアリエットさんも」


 セシルさんの部屋には、仲良く話をしていたのだろう、アリエットさんの姿もあった。騎士団の隊長同士、仲の良さが高じて恋愛関係に発展……というのはありがちなシチュエーションなわけだが、コーストフォードのエリオスさんとアルマさんの関係のように、セシルさんとアリエットさんも良き仲のように見える。


「ギルドやカノニア教会からも、ヒュー=アルベインの居場所を探してほしいという協力要請があってね、調べはしていたんだが……解決できたんだな」

「はい。協力してくださってありがとうございます。おかげさまで、ヒューも捕まえることができました」

「そうだったんですね……万事解決、というところでしょうか」


 アリエットさんがにこりと笑い、それに釣られるようにセシルさんも微笑んだ。


「彼はただの司祭だとばかり思っていたんだが、まさか悪の組織のリーダーだとはね」

「ホンマに。そういうんはフィクションの中だけにしてほしいもんやけどなあ」

「しかし、どうしてセリアちゃんが攫われたんだろう」

「本人もまだ詳しい理由を聞いてないんですけどねー、トウマがまた明日って言うから」

「ん……まあ、僕たちの旅を邪魔することが目的だったみたいです」


 勇者と従士の旅を邪魔することにメリットがあるとは思えなかったのだろう、僕の答えになおさら全員が困惑する。

 なので慌てて補足説明をしなければならなかった。


「僕たちは、魔王討伐後に生きて帰る方法を考えながら旅をしてきました。それが世界の秩序に反している、みたいな理由でヒューは阻止しようとしてきたんですよ」

「信仰の果て、行き過ぎた思想に辿り着いてしまった……ということかな。そうだ、コーストンでも同じような事件があって、君たちが巻き込まれていたんだったね」

「ええ。その犯人は獄中で亡くなってしまったようですけど……」


 ヒューに唆され、暴走してしまったキルスさん。もちろん、罪を犯したことをよしとするわけじゃないけれど、その命が喪われたのは悲しいことだ。

 もしもそれが、組織を守るために消されたという理由であるなら、なおさら。

 ……ヒューは組織のリーダー格らしいが、もしかすればキルスさんのように消されてしまう可能性もあるな。警備は厳重にするよう、進言しておいた方がいいかもしれない。


「ヒューの組織が国王暗殺計画に関わってたっぽいし、ウチらんとこに捜査要請がきたら頑張らんとあかんなーってさっき話してたんよ。セシルとアリエットも頼むでー」

「ああ、もちろん。あの件は未解決なままで悶々としていたし、捜査が進むなら願ったり叶ったりだ」


 セシルさんはそう言うと、掌に拳を打ち付けてニヤリと笑った。


「……これから少し準備期間を置いてから、僕たちは魔王城に向かう予定です。そこで魔王を倒せば、繰り返されてきた歴史通り、世界から魔物の数も減り、平穏が戻るでしょう。でも、勇者と従士の道筋は歴史通りとはいかせない。僕たちは、必ず帰ってきます」

「そうね。もういよいよだけど……そこが私たちの最期、なんてことにはなりたくないわ」


 勇者と従士の旅が終わっても、僕たちの人生は終わらせない。

 この先もまだまだ、続けていかなくちゃならないんだ。


「応援してるよ、二人とも。多分ニーナやギリーも先に言ってるんだろうけど、協力は惜しまないつもりだ」

「私たちにできることがあれば、何でも言ってくださいね」

「……ありがとうございます、皆さん」


 魔皇テオルとの戦いでも感じたけれど、やはり頼りになる人たちだ。

 こんな人たちと出会えて良かった。


「それじゃ、挨拶も済んだことだしそろそろお暇することにします。お忙しいでしょうしね」

「そんなこともないんやけどね。ま、また何かあったら気軽に呼んでええからなー」

「頼りにしてますよ。……あと、ライノさんにも挨拶しておきたいんですけど」

「ああ、ライノはちょっとイヴさんに頼まれて書類整理をしてるから……今は駄目だろうな」

「ありゃ」


 セリアが仕方ないという風に肩を下げる仕草をした。ライノさんの体格からすると、書類に目を通すとかじゃなく運搬作業みたいなことをやらされていそうだな。

 何にせよ、仕事の邪魔はしたくないし、今日のところは四人に挨拶できただけでも十分だと思うことにする。

 ニーナさんの見送りで、僕たちは王城から辞去した。かつて共に戦った人との再会はやはり嬉しい気持ちになるものだ。

 まだまだ時間にも余裕がある。騎士団の次は、ギルドの人たちにも挨拶しておきたい。僕たちはそのまま、ギルド連合セントグラン支部へ足を伸ばすことにした。

 一ヶ月が過ぎても、案外この街の構造は憶えているようで、案内図を見なくともギルドの建物まで辿り着くことができた。ここも懐かしい、依然と同じ佇まいだ。

 少しだけ息を整えてから、僕たちは扉を押し開けて中へ入る。

 チリンチリンと、鈴の音が鳴った。


「こんにちは、こちらギルド連合……って、あ!」

「あはは……お久しぶりです、マルクさん」


 些かオーバーリアクション気味に迎えてくれたのは、マルク=ルインハースさんだった。今日も今日とて受付のお仕事を頑張っているようだ。


「お久しぶりです、トウマさんにセリアさん! いやあ、またお会いできるとは」

「ええ。僕たちも王都に戻って来ることになるとは思ってなかったんですが」

「行きがかり上ってやつですなー」

「行きがかり上ですか?」


 セリアが言うのに、マルクさんは首を傾げながら詳細を訊ねてくる。なので僕はまた掻い摘んで事の経緯を説明する羽目になった。

 当然ながらダグリン支部からの連絡で、セリア誘拐の件はこちらにも情報が入っていたので、それについて驚かれるようなことはなかった。

 一点だけマルクさんが驚いたのは、救出班にナギちゃんがいたことだ。


「ナギが……。そうですか、あの子も立派にお二人をサポートできていたんですね」

「ナギちゃんがいなかったら、僕たちはここにいないと思いますよ」

「本当にねー。ナギちゃん様様だわ」


 自分の部下――というか妹のように感じているのだろうか、とにかくナギちゃんの活躍に、マルクさんも鼻が高いようだ。

 話し込んでいると、奥の扉がガチャリと開く。そこから出てくる人物が誰なのかは自明だった。

 熟練の剣術士、ローランド=ブレイザーさんだ。


「む。……ほう、久しぶりだな。また会えて嬉しいよ」

「どうもです、ローランドさん」


 ローランドさんはすぐに握手を求めてきたので、手を差し出してそれに応えた。


「ナギ、というのが聞こえたが」

「ああ、はい。セントグランを出てから、結構ナギちゃんに助けられてきたので」

「なるほど。流石はナギだな」


 ローランドさんはローランドさんで、ナギちゃんのことを娘のように思っているのかもしれないな。彼女、父親のような存在が何人もいるわけだ。可愛がられそうな性格だもんな。

 今、ギルドから彼女がいなくなっている状況に、二人とも寂しさを感じているのかもしれない。


「僕たち、ナギちゃんとこの街に戻ってきたんです。なんで、明日くらいに彼女もここへ挨拶に来るんじゃないですかね」

「あ、そうなんですか。あいつ、あんまり連絡してこなかったからなあ。ちょっとキツく言っておこうかな」

「フ、そんなことをせんでもいいだろう。素直におかえりと言ってやるのが一番だ」

「……ですね」


 やっぱり、ギルドには美しい絆がある。

 ナギちゃんも、疲れには勝てなかったわけだが、なるべく早く顔を見せたいと思っていることだろう。


「ところでトウマくんにセリアくん。魔王城が出現したということは……いよいよ最後の戦いなのだね」

「ええ。準備が整い次第、魔王城へ向かうつもりです」

「そうか。……早いものだな。これだけの短期間で、魔王との決戦まで辿り着くとは」

「沢山の支えがありましたからね」


 この旅の中でも、それ以前からも。

 多くの支えを受けて、僕たちは駆け抜けてこれた。

 遥か昔から、道が作られてきたようなものだ。

 その上を僕たちは走り、そしてゴールしようとしている。


「前回の魔皇討伐には、遠征隊として参加することはできなかったが……魔王討伐で協力できるようなことがあれば、今回は是非とも力になりたいと考えている」

「どうぞ、遠慮なく僕たちを使ってください」

「ありがとうございます。とても心強いです」

「頼りにしてます!」


 魔王との戦いがどんなシステムなのかは理解しているが、それまでにどんな障害があるかは分からない。

 騎士団の人たちにも、ギルドの人たちにも。サポートしてもらわなければならない可能性は高そうだ。


「あ、そうだ。ヘイスティさんって、今はどちらに?」

「あの人なら、お店のあった土地を売り渡したんで、そのお金で家を買ったそうですよ」

「一度、住所も聞いているのでな。もし訪ねるつもりなら教えておこう」

「すいません、お願いしてもいいですか」


 ローランドさんは当然だと頷くと、手近にあった紙に住所をさらさらと書き記し、僕に手渡してくれた。

 装備のメンテナンスとかもしてもらえそうだし、ヘイスティさんのところにも挨拶には行っておきたいものだ。


「よし。じゃあ、今日のところはこれで失礼します。また何かあれば、連絡させてもらいますね」

「うむ、待っている。最終決戦までは、この街でゆっくりゆっくりと休むのだぞ」

「はい。……それじゃ、また」

「さようならー!」


 こうしてギルドの二人とも挨拶を済ませ、僕たちはセントグラン支部を後にした。

 余裕があればヘイスティさんのところにも寄りたかったが、流石に今日はもうヘトヘトだ。考えてみればヒューとの戦いから数時間しか立っていないわけだし、無理に一日で全てを終わらせなくてもいいだろう。

 というわけで、今日はもう宿をとって休むことに決め、僕たちはホテルのあるエリアへと歩いていくのだった。

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