十九章 はるか昔に目指した道を
1.創世の場所
ナギちゃんの持つ特殊スキル『ポート』により、ヒュー=アルベインの飛行要塞から脱出した僕たちは、世界の創世主とも呼べるダン=ブラムさんのアジトまで転移してきた。
到着地点だった玄関ホールは古めかしいながらも荘厳で、明らかにこちら側のものではない装飾品などがちらほら置かれているのが分かった。
セリアと僕を転移させた後、ナギちゃんはもう一回ポートを使用し、意識を失っていたヒュー=アルベインも連れてきた。如何に犯罪者といえども、あの場で見殺しにすることはできないし、ナギちゃんには負担をかけたがこれで良かったと思う。
後は、出来れば意識を取り戻すより前に騎士団か教会に突き出したいところだ。
……まあ、今はそれよりも、色々と聞きたいことが多い。
「グリーンウィッチ天文台……ここはつまり、グリニッジ天文台と同じ場所ってことでいいのかな?」
「そういうこと。リバンティアが創られたときから、この天文台はずっとここにある。内装は住みやすいように色々変えちゃったけど、外見はほとんどそのまんまだよ」
「なるほど……」
そこで、意識に上ってくるものがあった。この感覚を僕は憶えている。
最初にセントグランへやってきたとき、王城からホテルまでの帰り道に見かけた古い建物。蔦の這うその建物について付近の住民に聞くと、あれは天文台のはずだという答えが返ってきたのだ。恐らくあのとき見た建物こそ、今僕たちがいるこの場所なのだろう。
ホールから外へ出ていけば、きっとあのときの風景がそこにあるはずだ。
「大通りに面してないから、ちょうどアジトとして使い続けられてありがたいんだよね。ちなみに、中にある見慣れない置物とかは――まあトウマには見慣れてるかもだけど、地球から流れてきたものだから」
「ナギちゃん、どうして地球なんて言葉知ってるのよ?」
「ああ……セリアにはまだ言ってないもんね。それはまた後で話すよ。ちょっと、体力の限界ってヤツだー……」
言い終わるか終わらないかで、ナギちゃんは大欠伸をして目を擦る。飛行要塞とこの天文台を何度も往復したのだ、とんでもなく魔力を消費したのは間違いない。
彼女のおかげでセリアを救うことができたのだし、ゆっくり休んでもらいたい。質問なんかはまた後で聞くのがいいだろう。
「ナギちゃんはもう休んでよ。僕たちのために力を尽くしてくれたんだから。ここに寝室とかあったりするのかな?」
「ん、そりゃセントグランにいる間はここで寝泊まりしてるからね。サフィア以外には仲間もほぼいないし、静かに過ごせるんだ」
「そっか。じゃあ、また明日改めて話そう」
「りょーかい。結構マジメにヘトヘトだから、悪いんだけどヒューの奴は連れていってくれる?」
「もちろん、承ったよ」
ナギちゃんはぷらぷらと手を振ると、ホールから続く廊下の向こうへと去っていく。僕たちも手を振り返してから、ふう、と一つ溜め息を吐いた。
「……何だか、私のいない間に色々あったのね」
「まあ、ね。それについてはナギちゃんも言ってたけど、明日集まって話そう」
「それはいいけど。知らないうちに仲良くなっちゃって」
「ん?」
「べ、別に何でもないわ」
どうも勘繰られているような気がしないでもないが、全くの誤解なので気にしないことにする。
代わりに、セリアの頭にポンと手を乗せた。
「へっ?」
「ほら、帰ろう。ちゃんと二人で戻ってこれたんだから」
「……うん」
頬を赤らめ、俯きながら彼女は答えた。
まだ運命の輪を知らない、僕の大切な人は。
気絶したヒューは僕が担ぐことにして、ホールの玄関扉を開いた僕たちは外へ出る。久々の外という感じがしたし、セリアにとっては本当に久々なはずだ。
グランウェールから見る空も晴れ渡っていて、今の僕たちの気分を表しているようにも思えた。
「……やっぱり、ここだったんだな」
「え? ……ああ、本当ね」
懐かしい、蔦の這うレンガ造りの建物。あの日、黄昏の中目にした天文台は今、青空の下に佇んでいる。
それだけでも、印象はかなり違って見えた。
「……そう言えば、天文台のニュースをしてたことがあったな」
「ニュース?」
「そう……新聞記事みたいなものかな」
卒業式の日……僕が明日花に突き落とされ、リバンティアへ転移することになった日だ。
グリニッジ天文台の報時球が何故かチカチカと光ったというニュースが報道されていた。
多分だけど、それが報せだったんだろう。
地球とリバンティアを繋ぐワームホールのようなものが開いたという、暗示。
明日花は誰か……恐らくダン=ブラムという人物からそれを聞いていて、作戦を決行したのだ。
そして僕は、無事にリバンティアへ送られた……。
「皆がバトンを繋いで、僕たちはここにいるんだな」
「何よ、突然」
「はは……ごめんごめん」
「でも、確かにそういうものよね」
こちら側だけでなく、あちら側でも。
きっと沢山の人に背を押され、手を引かれ、僕たちはいる。
その思いにも答えたいし、何より一番は単純な気持ち。
セリアと共に生きる未来を、現実にしたい。
「もうすぐ、最後の戦いだ。魔王城も海に現れたし」
「……みたいね。ソイツが要塞の中で海上を見て叫んでたわ」
「ああ、言ってそうだ」
世界の構造を守ろうとし、世界のために人を犠牲にしようとした男、ヒュー=アルベイン。
彼の考えも、完全に否定できるものではないけれど……人の未来は、人の手に委ねられるものだ。
だから、全てが世界に隷属するのはやはり、素晴らしき未来ではない。
そんな風に変わっていくのは、見過ごせない。
「結構重そうだけど……ソイツ、どこに連れていく?」
「キルスさんのときもそうだったし、とりあえず教会かな。オリヴィアちゃん曰く、ワイズさんがヒューの背信好意を見抜いてたってことらしくて。彼女もヒューを追ってダグリンに来てたみたいなんだ」
「へー……オリヴィアちゃん、やっぱり凄い子だったのね」
カノニア教会トップの秘蔵っ子とも言える子だ。十二番目の魔法も使えるし、本当に凄い子だと思う。
まあ、それはともかく、早いとこヒューを教会に運ぶことにしよう。セリアの言う通り、背負うのは重い。
街の看板を頼りに歩き、僕たちは十数分ほどをかけて教会へ辿り着く。
セントグランにあるこの教会こそが、カノニア教会の総本山だ。
各国で目にしてきた建物も荘厳でかなりの大きさがあったけれど、やはりセントグランの教会は一回り違っていた。
大聖堂、と呼ぶのが相応しいほどの外観を誇っている。
「中に入るのだけでも緊張しちゃうわね、これ」
「あはは……そうかも。まあ仕方ないさ」
入口の扉も縦に長く伸びていたが、開け放たれているので苦労して開く必要はなかった。僕たちはやや薄暗い教会の内部へと足を踏み入れる。
美しいステンドグラスの光。内部に光源が少ないのは、きっとこの光の造形をハッキリと映し出すためなのだろう。広い身廊の床面に、天使や神々の姿が浮かび上がっていた。
「おや……どうされましたか」
入口に立っていた司祭の一人が、僕たちに気付いて声をかけてくる。怪我人か病人を抱えていると思われたようだ。
しかし、その抱えられた人物の顔を見ると、司祭の表情が忽ち驚きに満ちたものになった。
「こ、この方は……ヒュー司祭ではありませんか!」
「ええ。あの……すいませんが、ワイズ教皇を呼んで来てはもらえませんか?」
「まさか、貴方がたは」
「勇者と従士です!」
セリアが告げると、失礼しましたと司祭はすぐに奥へ引っ込んだ。今の感じを見る限り、ワイズさんはこの教会内にいるようだ。礼拝に来た人の奇異の目に耐えながらしばらく待っていると、やがて奥の扉からワイズさんがやって来た。
「久方ぶりだね、勇者殿、従士殿。……よもや二人がヒューを捕らえてくれることになるとは」
「被害者でしたからねー。コイツが私を誘拐して、トウマが助け出してくれたんです」
「事件については、ワイズさんも聞き及びですね?」
僕が訊ねると、ワイズさんは神妙な面持ちで頷いた。
「従士誘拐のほか、犯罪組織のトップとして各国で悪事を働いていたようだな。……捕縛のためオリヴィアを向かわせたのだが、遅きに失した。二人に大変な迷惑をかけて申し訳ない」
「いえ、ワイズさんも捕まえようと動いてくれていたわけですから……何にせよ、こうして連れてくることができて良かったです」
「そう言ってもらえるならありがたい。まだ組織の全容は解明できていないが、この男には洗いざらい吐いてもらって、必ずや壊滅させてみせよう」
「お願いします。そうなれば、グランウェールだけじゃなく世界中が、もっと平和になるはずですから」
宗教の諍いも、国王の暗殺も、領家の対立も、非情なる実験も。
全てが無くなり、明るい未来がやってきてほしいものだ。
「この件に関しては、騎士団とも連携して解決に向け動いていくことになっている。後は我々に任せ、二人は自分たちの旅に集中するといい」
「はい。もう、旅も終わりですしね」
「生きて帰ってくるのを心待ちにしている。……世界のため、そして君たち自身のためにも。頑張ってくるのだよ」
「……はい!」
温かい声援を受けて。
僕もセリアも、元気よく返事をするのだった。
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