9.暗き星の墜ちる日

 世界に、光が戻っていく。

 僕たちを呑み込もうとした闇も、結局その触手を触れさせることのできないまま、消えていった。

 絶対防御……従士だけが使える、特殊スキル。

 死以外のあらゆるものから対象を『隔絶する』スキルだ。

 今まで何度も、このスキルに助けられてきた。

 今回も、やっぱりセリアに守られてしまったな。


「……ありがとう、セリア」

「どういたしまして。……やっちゃえ、トウマ……!」

「……了解!」


 奥の手であろう魔法を防ぎ切り、僕たちは立ち上がる。

 対してヒューは、自らの失態を悔やむように歯軋りをしながらこちらを睨んでいる。


「ぐ……絶対封印……認識が甘かったか……!」


 ロスト系の魔法は相当に魔力消費が大きいようで、ヒューは脂汗をだらだらと流していた。


「従士を痛めつけておけば……」

「……その発言は、許せないな」


 これまでの発言だって、許せないものは多かったけれども。


「ナギちゃん。全力であいつをぶん殴ろう」

「いいね。一発じゃなくてもいい?」

「もちろん!」


 僕とナギちゃんは同時に駆け出し、やや間隔を開きながらヒューに特攻をかけた。


「愚かな……!」


 ヒューは杖を掲げるが、見るからに疲れの色が出ている。

 そうだ。アクセスが知識や判断力を与えたとしても、体力や魔力まで与えるわけじゃない。

 実戦にブランクがあったのだとしたら……それが長かったとしたら。肉体に限界がきてもおかしくなかった。

 次は僕たち――若者の手番だ。


「――トルネードアロー!」


 ナギちゃんが強力な弓術士スキルをお見舞いする。放たれた矢は竜巻を生じ、ヒューは否応なしにその竜巻へ吸い込まれていく。


「何の……! ――フリーズエッジ」


 彼は自身の吸い込まれていく方向に氷の壁を発生させて遮った。だが、それは逃げ場を一つ塞いだのと同義だ。


「――フリーズエッジ!」

「む……!?」


 僕はヒューが壁を作り出した反対側に、同じような氷壁を作った。これで左右が塞がり、後は直線状の道しかなくなる。


「――ビッグバスター!」


 その直線状を、ナギちゃんの極太レーザーが突き抜ける。元々の身体能力がそう高くないヒューは、飛んで避けることもままならず、防御行動を余儀なくされた。


「――ビッグ・バン!」


 特大の爆発。それはレーザーを一瞬で爆散させてしまった。地面や天井も僅かにひび割れ、ヒューの左右にあった氷壁も粉々に砕け散っている。

 ヒュー自身も、爆風に巻き込まれ咳き込んでいた。


「まだまだッ!」


 お次は僕だ。一連の攻防の合間にヒューへ接近していた僕は、彼に全体重をかけた拳をお見舞いする。

 それも、二人でだ。


「ぬ……ぐぶぉッ!?」


 流石に気付くのが遅れたようだ。……無型・陽炎。自らの分身を作り出す武術士の第十一スキル……!


「――爆!」


 両サイドから抉るようにスマッシュした後の、爆発。

 無論受け身などとりようもなかったヒューは、無防備なまま全てを受け止めて、派手に血を吐きくずおれた。


「馬鹿な……そん、な……馬鹿な」

「アンタが一番の大バカ者だよ」


 ナギちゃんが、そんな言葉で引導を渡し。


「――交破斬!」


 僕と彼女の同時技にて、ヒューにトドメの一撃を浴びせたのだった。


「……が……はッ……」


 左右からの強烈な斬撃に、二つの十字傷を受けたヒューは、血を迸らせて俯せに倒れる。ドサリという音の後、彼が手にしていた杖がカランと小気味いい音を立てて転がっていった。

 ……そうして、あんなに派手な音が鳴り響いていた室内は、一気に静寂に満ちたのだった。


「……僕たちの、勝ちだ」


 その宣言に、答えは返ってこなかったけれど。

 それこそが、答えに等しく。

 ヒューはもう、指先一つ動かすことはせず。

 彼の意識が無くなっていることは、最早明白だった。


「……勝った。ふー……何とかなったんだね、ボクら」

「うん。本当に助かったよ、ナギちゃん」

「お、お礼なんて別に。それよりほら、お姫サマを助けなよ、嫉妬されないうちに」

「あはは……そうだね」


 倒れ伏すヒューを一瞥する。

 自らの思想のため、世界を統べようとした暗き星。

 その星も今、地に墜ちた。

 後は然るべき場所で、己の罪を償っていくことになるだろう。

 ……彼から目を背け、僕はお姫サマの元へと歩いていく。

 もう長いこと待たせてしまった、愛しのお姫様だ。

 今だけじゃなく、きっと……何十年、何百年と待たせてしまっている。

 次こそは添い遂げようと誓い合って、その度に引き裂かれてきた、大切な存在……。


「……セリア」

「……トウマ」


 確かめ合うように、互いの名を呼ぶ。

 それから僕は、彼女を縛る縄を慎重に解いていった。

 痛ましい縄の後が、彼女の白い肌に残っていたけれど。

 そんなものはまるで気にもせず、彼女は僕に抱きついてきたのだった。


「ありがと、トウマ!」

「……どういたしまして」


 首筋に、冷たい雫。

 それは彼女が流した涙だったのだろう。

 抱きつかれていて表情は見えないけれど……僅かに見える頬は、少し赤らんでいた。

 僕は彼女の髪を、そっと撫でた。


「帰ろう」

「……うん。心配かけて、ごめんなさい」

「セリアのせいじゃないよ」


 悪い奴は、もうやっつけたのだから。

 セリアが謝る必要なんて、ないんだ。


「うはー、見せつけてくれるね」

「な、ナギちゃん」

「ともあれ良かったよ。無事にセリアを救うことができて」

「ん。ナギちゃんもありがとうね」

「どういたしまして」


 鼻の下を擦りながら、ナギちゃんは照れ臭そうに言った。

 ナギちゃんがいなければセリア救出は成し遂げられなかったし、彼女には本当に感謝しかない。


「よし。それじゃあ――」


 皆で帰ろう。そう言いかけたのだが、僕の言葉を遮るように別の声が聞こえてきた。

 それは、この場にいる誰が発したものでもない――機械音声じみたもの。

 この旅で何度か聞いたことのあるものだ。


≪――条件達成確認、『コレクト』を使用しますか?≫

 

「おっと。そういうことね」


 ナギちゃんがヒューの方に目を向けながら呟く。

 そう、僕がヒューを戦闘不能にしたことで、コレクトの発動条件が満たされたのだ。

 敵を倒すか、双方の合意でスキルが『収集』される――思えばこれまではスキルを集めてきたのが魔皇だけだったわけだが、対人だとどういう扱いになるのだろう。

 僕が覚えていないスキルを奪ったとき、ヒューはその魔法が未収得の状態になる……という感じなのだろうか。


「――コレクト」


 まあ、彼からスキルを奪取できるのならその方がいいだろう。強大な力を以て、再び悪しき行いに手を染めるかもしれないし、その力はなるべく無くしておくべきだ。

 もちろん、そんな可能性がないことを信じたいが。


≪――『コレクト』します≫


 光が、ヒューの体からじわりと膨らんでいき、その体全体を包み込むくらいに大きくなったところで弾け、僕の元へと集束する。

 僕がまだ習得していなかった複数のスキルが、コレクトによって僕の中へ『収集』される。


≪――魔術士スキル二種をコレクト≫

≪――その他スキル二種をコレクト≫

≪――計四のスキルをコレクトしました≫


「……四つのスキル、か。かなり色々と収集できたみたいだ」

「えっと、トウマが覚えてない魔術士スキルって、十一番目と十二番目だっけ」

「うん。だから魔術士スキルも十二番目まで習得したってことだね」

「ひえー……トウマもオリヴィアちゃんと同じってことかあ」


 流石にオリヴィアちゃんと比べるのは畏れ多いのだけれど。ロスト系を習得できたというのは確かに同じではある。それは素直に嬉しいことだ。

 そして、その他スキルも二つ習得できた。


「……アナリシスと、アクセスってコトだね」

「だね。ナギちゃんはアクセスのこと知ってたみたいだけど?」

「まあ、特殊スキルについてはある程度聞きかじってたからさ。ボクがポートの宝珠を見つけてスキルを覚えたとき、サフィアが教えてくれたんだ」

「なるほど……」


 サフィアくんはネイヴァンの民だ。世界の創造主たる悪魔たちと交信ができる存在なのだから、当然特殊スキルについても知っているわけだ。

 しかし、特殊スキルも含めて全てのスキルを収集できるコレクトは、本当に素晴らしい……というか、恐ろしいくらいの便利スキルだなと、改めて思う。

 ナギちゃんと僕の間で合意があれば、ポートだって収集できるのだし……いつかは全スキルのコンプリートというのも不可能ではないかもしれない。とんでもないな。


「アクセスってどんな感じなのかしらね」


 セリアが首を傾げる。体調が悪そうなので、早くここを脱出すべきだとは思うが、スキルの感想くらいならすぐに答えてあげようと、僕は早速試してみることにする。


「じゃあ、ちょっと使ってみるかな」

「ん、お願い」


 幸い、使用難度の高いスキルではなさそうで、軽く集中すればすぐにスキル発動の準備ができる。

 そして僕は、スキルの行使を宣言した。


「――アクセス」


 その瞬間、僕の意識は真っ暗闇の中に落ち込んでいった。

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