8.この星の未来を賭けて③
「……ポートのことはバレちゃったし、積極的に使っていくことにするよ」
「うん。隙を作れる可能性はかなり高そうだね」
任せて、とナギちゃんはウインクして、僕から離れていく。近くにいるとまた範囲魔法でやられてしまうだろうし、正しい判断だ。
合流は最小限にして、それぞれの方向から猛攻撃……こういう作戦しか通用しないだろうな。
「――ブリザード」
様子見していると、ヒューの方から攻撃を繰り出してきた。範囲魔法は室内のほぼ全てを呑み込み、極寒の領域がこの身を痛めつける。
下手をすればセリアまで巻き込まれかねない範囲だが、それはヒューも上手く調整して当たらないようにしているようだ。重要人物だから不用意に傷付けないようにしているだけであっても、とにかく安心できた。
「――光円陣!」
光の陣を張り、猛吹雪から身を守る。寒さまではシャットアウトできなかったが、ブリザードやプリズムスノーの脅威は無数に舞う微小な氷の礫なので、それを防げるのなら問題ない。
ナギちゃんはマインショットを自分の周囲で爆発させるという荒業で攻撃を凌いでいる。ブリザードの効果時間はそこまで長くないので、ギリギリ大丈夫なようだ。
「――フリーズエッジ」
「うわッ!?」
吹雪が止んだのと同時に、槍のような氷塊が飛んでくる。一番気の抜ける瞬間を読んで、追撃を仕掛けてきているわけだ。ちょうど光円陣の効果も切れたところだったので、僕はかなり慌て気味に流水刃を発動させ、氷塊を受け流した。
「二対一だって言うのにな……!」
スキルの知識や使い方を、辞書から一瞬で引用するかの如く引っ張り出してこれるのは強力だ。どうしても僕たちの方が後手に回る場面が多くなってしまう。
どんどん攻めていきたいところなのだが……。
「この空間を広くとったのは正解でしたね。戦い易くて助かります」
「……この戦いを予測していたと?」
「ひょっとすれば、期待していたのかもしれません。長らくこのように全力で戦える機会など、訪れなかったのですから」
ヒューにとってはこれでもブランクがあるらしい。その空白を補って余りあるのがアクセスの能力か。
奴の読みより一歩先の攻撃を。それが至難の業でも、やり遂げなくては勝利が見えてこない。
「――ナイトメア」
ヒューの次なる技は目潰し。周囲を暗黒に染め上げ、僕たちの視界と思考を奪い去ろうとする。
だが、それは相殺させてもらう。
「――サンライズ!」
輝く陽光が、闇を晴らす。相手は生粋の魔術士なので分が悪いとは言え、室内を完全な闇で満たすことはこれで防げる。
ただ、ヒューは切り替えが早く、早々にナイトメアでの目潰しに見切りをつけて次なる魔法を準備し始めた。魔力の底が見えないのも、奴の恐ろしいところだ。
「――フリーズエッジ」
またも発動されたのはフリーズエッジ。それも、地面だけでなく天井からも次々に氷の棘が突き上がってくる。僕のところにも、ナギちゃんのところにも棘は出現していき、その個数は五個、十個とどんどん増えていった。
「こんなに連続で……!」
地面や天井が凍り始める度に回避を余儀なくされ、僕たちは必死に逃げ回る。隙あらば反撃と矢を放ってみるも、それらは悉く躱されてしまうだけ。
そして、氷の柱がとうとう二十に達しようかというところで。
ヒューは次なる一手を打ってきた。
「――チェインサンダー」
「あッ……!」
雷が氷柱に衝突する。
氷柱は雷を反射させつつ、砕けていく。
美しく、奇怪なる雷の乱反射。
それはとても複雑な軌道を描きつつも、超高速で駆け抜ける一瞬の出来事。
「があぁッ……!」
予測も出来ず、時間すらも与えてくれない攻撃に、僕もナギちゃんもまともに雷を浴び、その痛みと衝撃に悶えた。
全身が引き千切れそうな振動。頭が真っ白になりそうな苦痛。
「トウマぁ……!」
衰弱し、項垂れていたセリアも、僕たちの窮地を見て力なく叫ぶ。
そんな顔をさせたくはないのに……情けない様を晒してしまっている。
……すまない、セリア。
「……がはッ……中々、効くね」
「ある程度の人間なら、これを食らっただけでも意識を失っている筈ですが……流石です」
「そりゃ、どうも」
立ち上がろうとするナギちゃんの元へ、ヒューが一歩、また一歩と近づいていく。
……セリアも、ナギちゃんまでも苦しませて。誰一人守れないようじゃ、勇者なんて本当に名ばかりだ。
やられっぱなしで堪るものか。歯を食い縛り、痺れる体を無理矢理立ち上がらせる。
回復魔法で応急処置だけをして……もう一度、剣を構えた。
「うおおおぉ……ッ!」
「無謀な真似を」
ヒューが杖を振るうより、コンマ一秒でも速く。
届け、僕の一撃――。
「――虚空破断ッ!」
斬撃が、空間を歪ませる。
歪曲したその空間の中に、ヒューは一瞬にして閉じ込められた。
そこは、鋭き刃の乱れ舞う空間。
数多の斬撃に満ち満ちた、剣術士の空間――。
「……十二番目のスキル……!」
至近距離からそれを見たナギちゃんは、目を見開いて呟く。
そう、最初期から『コレクト』で覚えていながら、力不足で今まで使ってこなかった上位スキルだ。
今なら使える、という感覚は少し前からあったのだが、タイミングが無く実戦で使うのはこれが初めてだった。
使うなら、今しかなかった。
「……ぬう!」
虚空破断は光円陣の上位版とも言える。光円陣が自分中心なのに対し、これは離れた地点にでも発動可能だからだ。それに、実際に空間が断絶しているわけではなく、光円陣のように斬撃によって魔力の障壁が発生しているという感じだった。
弱っていた僕が最上級クラスのスキルを使ったのが流石に予想外だったのか、ヒューに初めて焦りの色が浮かんだ。瞬間的に対処せねば、無数の斬撃に身を斬り刻まれるのだからその焦りも当然と言えよう。
「――エナジーブラスト!」
ヒューは内部から障壁を破壊しようと試みたが、凄まじい爆発も壁の全壊までには至らない。
ドオォン、という轟音と、障壁内に満ちる煙。……狭い空間で範囲魔法など使えば、自分にもダメージがくるのは道理だ。果たしてヒューの咳き込む声が聞こえた。
「ぐおおッ……!」
斬撃の音。脱出は叶わずヒューはその全身を無慈悲に斬り刻まれていく。しかしもちろん彼が諦めるわけもなく、血を噴出させながらも新たな魔法を唱える。
「――デモンズサクリファイス!」
現れ出たる死神の鎌。エナジーブラストによって脆くなった虚空破断の障壁に、ヒューは全力での一撃を打ち込む。
「ふんッ!」
そして、ヒューは傷だらけになりながらも、虚空破断を斬り払うことに成功したのだった。
「フ……私としたことが、今のは油断でした、ね。そうですか……十二番目のスキルまで習得していましたか」
言いながら、ヒューは初級の回復魔法で傷を癒そうとする。それをナギちゃんが阻止しようとするも、彼は即座に反応し、後退しながら回復を続けた。
だが、傷口は塞がってもそれなりに血は失ったし、体力も削られただろう。少なくとも、余裕は奪えた。
その顔から、高慢な笑みを消すことができた。
「……ならば、私も最上級の力で貴方たちを消し去ることにしましょう」
ついに来たか、と思った。
彼が本気になったなら、同じように使うのではと予想していた。
そしてやはり、彼も習得しているのだ。
魔術士の、十二番目のスキルを。
ヒューが杖を構え、魔力を集中させていく。
デモンズサクリファイスのときよりも深く、濃い黒。
それが彼を覆いつくそうとしたとき――彼は叫んだ。
「――ロストムーン!」
オリヴィアちゃんが、ドラゴン戦で発動させた最上位魔法。
ロストと名を冠する、各属性の強大なる魔法……!
「……どう乗り切ろっか」
「はは……どうしよう」
ナギちゃんのポートでも、恐らく意味はない。
あまりにも強大で、逃げる場所すらもありはしないだろう。
回避は不可。ならば何とかして防ぐか、或いは相殺するしか対処法はないけれど――。
「……こっち……!」
微かな声が聞こえた。
……セリアの声だった。
「……力に、……なるから」
「セリア……」
「私は……トウマの、従士だから」
僕の、従士。
幾度運命が巡ろうとも、ずっと。
僕の大切な……。
「分かった。……頼むよ、セリア」
「ん……任せなさい」
従士の力。
やることは、単純だ。
杖はある。
条件は満たしている――。
「……食らって死になさい」
ヒューの杖が振るわれると、黒の球体は一瞬、白く染まった。
その端が少しずつ黒に浸食されていき……やがて、全てが黒に覆われる。
皆既月食のよう。
そして、何千何万の呻きのような音が響き渡ると、黒の球体は加速度を増しながら僕たちの方へ落下を始めた。
「私が……守るわ」
僕は剣。
セリアは盾。
勇者と従士。どんな困難だって、乗り越えていく。
「――絶対封印」
全てが、漆黒の中へと呑み込まれた。
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