7.この星の未来を賭けて②
ヒューの杖に、黒々とした魔力が集束していく。
その様は、見ていて吐き気を催すほどに――おぞましい。
やがて黒い霧が杖に纏わりつくと、それを胸の前に構えてヒューは魔法を行使した。
「――デモンズサクリファイス」
直後、黒い霧は明確な形となり、杖を呑み込んで死神の鎌へと変貌する。
魔力によって大きさや形状が変化するのであろうその闇魔法は、実にヒューの身長の二倍ほど――三メートル以上の大きさにまでなっていた。
本物の鎌であれば、その重さで振り回すことなど不可能なはずだが、あれは魔力の鎌。それまでに持っていた杖と同じように、ヒューは軽々と鎌を振るう。
「――ステップブレス、パワーブレス」
全体の補助魔法でナギちゃんにもバフを付与し、攻撃に備える。二人で固まっていては危険過ぎるので、違う方向へ散るように。
「ふっ」
ヒューが跳躍する。最初もそうだったが、魔力の運用によってか浮遊するような、或いはワイヤーアクションのような動きでこちらへ迫ってくる。そうして、巨大な黒き鎌を勢いに任せて横薙ぎに振るってきた。
ナギちゃんは軽く跳躍し、僕は後方へ一度飛び退いて回避する。そこからヒューが追撃のターゲットにしたのは僕だった。
「これはどうです」
「なっ――」
鎌を振るったかと思うと、ヒューは手を放していた――鎌をブーメランのように放ったのだ。
全長三メートルという巨大なブーメランは正確に僕を捉え、クルクルと回転しながら飛んでくる。
「――流水刃」
回避するための時間も少なかったので、その動きを辛うじて見極め、剣を縦に沿わせて前のめりになり受け流す。ヒュン、という風の音が聞こえた。
しかし、何とかなったと安心する暇もない。鎌はまさにブーメランのような軌道を描いて、後方からこちらに戻ってきたのだ。
今度は流石にジャンプで躱す。ただ、相手もそれを読んでいるだろう。案の定ヒューは距離を縮めてきていて、僕の真下付近で戻ってきた鎌をキャッチすると、そのまま追撃を浴びせてきた。
「――斬鬼!」
巨大な鎌に対抗するには、巨大な剣だ。僕は剣を魔力で倍化させ、真っ向切ってぶつかった。魔力のオーラが衝突しているというのに、金属質な音が部屋を満たし、火花のような光が飛散する。
「うおお……ッ!」
「中々、やりますな」
僕の必死な形相に対し、ヒューは未だに涼しげな表情だ。力は拮抗しているはずだし、事実ヒューの腕は震えているほどなのだが、何か余裕の根拠があるのだろうか。
――と。
「……え?」
目の錯覚かと一瞬疑ったが、そうではない。鎌の切先が目に見えて小さくなっていた。
どういうことかと考える。切先が小さくなるということは、そこに割いていた魔力が減ったということ……。
「あ――エナジーブラスト!」
まさに危機一髪、だった。僕がヒューとの間にエナジーブラストを発生させて、爆発の反動で離れていった直後。
柄部分から伸びた、デモンズサクリファイスの二本目の切先が、僕がいたところに勢いよく伸びていったのだ。
魔力で出来た鎌であれば、その形はある程度操れる。ヒューは二つ目の切先を伸ばし、それで僕を貫こうとしたわけだ。
「トウマさんも、スキルを上手く運用できているではありませんか」
「……なんて人だ」
デモンズサクリファイス――十番目の魔法をこれだけ使いこなせるのだから、恐らく彼はまだ上位の魔法を習得している。やはり、オリヴィアちゃん以上の使い手であることは間違いない。下手をすれば彼は、ロレンスさんに匹敵するほどの魔術士なのではないだろうか……。
「……おっと」
攻撃の手が止んだところで、死角からナギちゃんの矢が放たれた。気配が無かったことからスナイピングを発動させたのだろうが、ギリギリのところでそれも躱されてしまう。
「はあッ!」
そこから更に、短剣で追い打ちをかけたものの、杖で受け止められた上、魔法によるカウンターを発動された。
「――スパークル」
「ぐぁッ」
ナギちゃんの左肩に雷が命中し、黒煙を上げながら彼女は吹き飛ばされた。
「ナギちゃん!」
僕は慌てて駆け寄るが、ナギちゃんは何とか倒れることなく、膝をついた状態で留まった。
「……くう、強いなあ」
「――ハイリカバー」
僕の回復魔法で、傷口は治癒していく。雷魔法による痺れも残っていたようなので、キュアーでの状態異常解除も施しておいた。
「全てのスキルを使えるのは非常に厄介ですね……回復役まで担えてしまうとは。ただ、魔力の消費も早いでしょうが」
「……問題ありませんよ」
「私がトウマさんの能力値を計測したときは、魔力の値は65でしたね。他には体力120、攻撃力80、防御力70……今ではどうなっているのか、少し気にはなります」
「……まさか、全部覚えて?」
「このくらいは当然」
何を当たり前のことを、と言わんばかりにヒューは鼻で笑う。
しかし、いくら勇者だったからとはいえ、他にも多くの人を計測してきただろうに、細かな数字を覚えていられるとは……。
「……そして、こういうときでも気を抜くべきじゃありませんね」
「何……!?」
ヒューが素早く杖を振るう。
瞬間、僕たちのいる地点が急激に熱くなっていく。
まずい、初めから二人が同じ場所にくるのを待っていたのか――。
「――ビッグ・バン」
衝撃、轟音、白と黄色と赤の明滅。
やられた――そんな言葉が何度も頭の中を巡り続けた。
……けれど、不思議なことにどこにも痛みはなく。
ただ、温かな手の感触だけが、僕の右腕に残り続けていた。
「ふー、危なかった」
「……ほう?」
流石のヒューも、この展開には驚いていた。
気付けば僕とナギちゃんは、さっきの位置からヒューを挟んで全く反対の位置に座り込んでいたのだ。
当然ビッグ・バンという大技を直撃することもなく。
全くの無傷でいることができたのである。
「……ナギちゃんが?」
「まあ、出し惜しみはできないよね」
苦笑しつつも、ナギちゃんは言う。
何とか二人して危機を脱せたことに安堵しているのだろう。
……そう言えば、同じような場面はリューズ共和国でもあった。
魔皇アルフにナギちゃんが喰らわれそうになったとき、いつの間にやら彼女はアルフの手中から脱していたのだ。
上手くすり抜けたのかと勝手に納得していたが――そうではないのか。
そこにはカラクリがあったわけだ。
「……『ポート』ですね? よもや貴方もその類を手にしているとは」
「へえ……知ってるんだ?」
すぐに正解を導かれるとまでは思っていなかったようで、ナギちゃんは少し声を上ずらせた。
……ポート。その単語からして、スキルの一種のようだが。
「世界に七つ存在する特殊スキルのうちの一つ。ある地点を設定しておき、もう一度スキルを発動させることでそこに移動できるという不思議な力を持ったスキルと、そんな風に認識していますが」
「百点の解答だよ。……アンタ、本当にあれこれ知識を持ってるんだね」
「お褒めいただき光栄ですな」
つまり……ナギちゃんもまた、特殊スキルを保有する一人だったということか。しかも『ポート』という移動系のスキルを持っているとは便利過ぎる。
戦闘中の脱出手段として使っていたのは間違いなさそうだが、恐らくは彼女の二重生活の助けにもなっていたのだろう。でなければ、ギルドと盗賊、二つの人生を両立させることは困難なはずだ。
「けど……何となくボクも分かったよ。アンタもアナリシス以外に特殊スキルを持ってる……そうでしょ?」
「……おや、そこまで鋭いとは」
今度はヒューが驚く番だった。
「……ど、どういう?」
若干置いてきぼりな感がある僕は、何とか理解したくてナギちゃんに訊ねる。
すると彼女は、指で頭をコツコツと叩き、
「知識と判断力……そして、貴方も手にしているのかってセリフ。それでもしかしたら、くらいにはね」
「カマをかけたのでしょうが、まあ私も隠す必要がありませんのでね」
「……『アクセス』か。そんなものを持っているなんてなあ」
苦々しげにナギちゃんは言う。そして、ヒューもそれを否定することなく、ニヤリと笑う。
アクセス……ヒューが持つその特殊スキルとはどんなものだというのか。
「簡単なものだよ。自分の好きなときに、これまで自身が経験してきた記憶を引っ張ってこれるんだ。だからある意味、完全記憶ってヤツに近いよね」
「完全、記憶……」
その昔、テレビ番組なんかで見たことくらいはあるが……自分の人生全ての記憶を保持していられるのが、完全記憶能力。
アクセスは、それをスキルによって再現したものということか……。
「元々記憶力は良い方なのですがね、『アクセス』を習得できたことによって、瞬時の判断能力が身につきました。相手がどんなスキルを使い、そしてまたどんな使い方をしてくるか。そのほぼ全てを瞬時に導き出せるのですから、とても有用なスキルですよ」
――恐ろしい。
この男とアクセスというスキルの組み合わせは凶悪だ。
更に言えば、僕は大量のスキルをアドバンテージとし、それらを組み合わせて戦ってきたわけだが、今回はそれが有利に働かないと見るべきだろう。どんなスキルも知っているのなら、余程意外性のある使い方をしなくては、不意を衝くことは難しい……。
「……フフ、しかし面白い」
「……何がです」
「いえ、この場に特殊スキル七つの内、六つが揃っているという偶然がですよ」
……言われてみれば、そういうことになるのか。
絶対攻撃、絶対封印、アナリシス、コレクト、ポート、アクセス……今この場にいる四人が、六つもの特殊スキルを手にしている。それは確かに、奇跡的な確率なのかもしれない。
「最後の『トレース』は……まあ、いいでしょう。この場でコレクトが入手できたなら、他のスキルも全て入手できるのですがねえ。宝珠に戻ったりする仕組みは面倒だ。それに絶対攻撃と絶対封印は宝珠にすらならない」
それに関しては勇者と従士の固定スキルなので当然なのだが……彼の口振りからして、コレクトを使えばその奪取も可能、ということか。
コレクトを必ず勇者が手にしてきたこと。それは世界にとって幸いなことだったのだなと思う。
「さて、『ポート』を持つ少女の力を借りて……トウマさんがどこまで戦えるか、楽しませてもらいましょうか」
「……ありがとう、ナギちゃん。あともう少し、力を貸してくれ」
「トーゼン。……あのキザなオッサンに、必ず目に物見せてやろう」
僕たちは再び武器を構える。
どんな強敵だろうと……負けるわけには、いかないのだ。
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