6.この星の未来を賭けて①
ヒュー=アルベインは、僕の宣戦布告に不敵な笑みを浮かべると、腰かけていた席からゆっくりと立ち上がり、そして杖を軽く振るった。
ふわり、と彼の体が浮かび上がり、机を乗り越えて静かに着地する。
「積み上げてきた勇者の力……見せていただくとしましょうか」
「……望むところだ」
武器が杖なら、ヒューのクラスは魔術士から癒術士だろう。一人で戦おうとするところから考えると、魔術士の可能性が高い。
これまで彼が戦うところなど一度も見たことがなかったが、闇の組織のリーダーを務めるほどには、やはり実力を有しているに違いない。
隙があればセリアを奪還して……とも考えてみたけれど、そんな余裕はなさそうだし、仮に助けられてもセリアの体力は限界そうだ。この戦いは、ナギちゃんとの共闘で最後までやるしかないな。
「相手は裏組織のリーダー格だ。ただの教会の司祭だなんて考えず、全力で挑むよ」
「うん。オリヴィアちゃん以上だと思って戦わないとね」
ナギちゃんはオリヴィアちゃんの戦いぶりを見ていないので、例えが悪かったかもしれないが、とりあえず頷いてはくれた。
そして彼女は、僕より先にヒューへ向かって走り出す。相手の実力を図ろうとしてくれているのだろう。
「こっちも星見会のリーダーがどんなものか……見せてもらうよ!」
「はは、ナギ=トウスイさんでしたか。貴方がそちら側というのは驚きました」
「――レンジショット」
意外性を狙ったのだろう、ナギちゃんは短剣で攻撃すると思いきや、至近距離で弓術士スキルを発動させた。
ヒューの懐に潜り込むような形で、その腹部めがけて発射された複数の矢。だが、その内軌道がヒューに向いているものだけが一瞬で炭化して砕けてしまう。
「――フレイ」
初級の火属性魔法で、ピンポイントに当たりそうな矢だけを黒焦げにしたのか。正確無比な上に、判断も素早い。
けれど、正確さと素早さはナギちゃんも負けてはいない。
「はっ!」
軽やかに中空へ飛び上がると、ヒューの頭上で三本の矢を連続で放つ。勿論ヒューは最小限の動きでそれを躱すが、後ろへ下がったところでナギちゃんの第二撃が飛んでくる。
「――交破斬!」
着地してすぐに繰り出された斬撃。背後からのその攻撃を、ヒューさんはくるりと振り返って対処する。
「――ゼム」
無駄のない捌き方だ。初級魔法の発動タイミングが速く、大抵の攻撃は相殺されてしまいそうだな。
だが、ナギちゃんの攻撃は単純な二連撃ではなかった。
「……おっと」
ヒューはあと一歩、というところでそれに気付く。最初に放った矢がジリジリと燻っているのだ。
――マインショット。着弾後に爆発する、設置型に近い矢だった。
「――ブリズ」
あくまでも冷静に、ヒューは魔法でその矢を無力化する。惜しいところまでいったが、彼にダメージを与えることができない。
「ちぇっ、全然隙がないね」
「いえ、中々悪くない」
そう答えるヒューの言葉は、どこか高慢な感じがする。自分の力に、相当な自信を持っているようだ。
その自信が油断にでも繋がればいいが、今の動きを見る限り期待は薄いか。
「――ブラストショット!」
ある程度威力を持った技をと、側面に回り込んでいた僕は爆発の矢を放つ。それでもヒューは余裕を崩さず、カン、と杖で床を強く打った。
「――フリーズエッジ」
氷の刃を発生させる魔法だが、ヒューは少し違った使い方をした。床から氷の刃を出現させ、まるで柱のようにしたのだ。
氷の円錐にブラストショットがぶつかり、激しく爆発する。その衝撃で大小の氷塊がバラバラと周囲に弾け飛んだ。
「くっ……」
「油断はいけませんよ?」
何、と言おうとした瞬間、自分の立つ床に異変が生じているのに気付き、慌てて飛び退く。するとその床からもう一本、氷の刃が勢いよく突き上がってきた。
一度の発動で、防御分と攻撃分、二つの氷刃をセットしたということか……上手い。
相手の油断を期待していたつもりが、自分が油断してしまうなんて、情けない限りだ。
「……強いね」
「今までどんなことしてきたんだか、凄い場数を踏んでるってカンジ。全力でいかなきゃ勝てなさそうだ」
ナギちゃんの推察には同意だ。積んできた経験の分、判断力が高い。
判断が間に合わないくらい掻き乱さなくては、全てあしらわれてしまうだろう。
「ちょっと、ゴリ押してみようか」
「どうするつもり?」
「ボクもトウマも弓術士スキルを使えるから、ね」
その『ゴリ押し』の内容について、ナギちゃんは手短に伝えてくる。
それはまさにゴリ押しだったが、試してみる価値はあった。
「……じゃ、やるよ」
「了解!」
ヒューが攻撃動作に入るよりも前に、僕たちは二人、天に向かって弓を構える。
そして、
「――アローレイン!」
二人同時に、同じスキルを発動させた。
アローレイン。魔力で出来た無数の矢を雨の如く地上に降り注がせるスキルだ。それをダブルで発動させたのだから、単純な本数は二倍になる。
幾らかは途中で衝突して軌道がズレたりするだろうが、軌道が読みにくくなるのでプラスな点もあるし、これなら完全に躱しきるのは難しいのではないか。
「ふむ。――チェインサンダー」
杖を振るったヒューの頭上に、稲妻が迸る。それは魔力の矢を繋ぐように伝っていき、真ん中辺りのおよそ半分以上を粉々に爆散させた。残りの矢が地上に落ちてくるものの、それらは全てヒューを傷つけることはなかった。
あっさりと処理されたことは悔しかったが、アローレインはどちらかと言えばデコイだ。
メインはこっち――。
「――ビッグバスター!」
僕とナギちゃんが、再び同時にレーザー砲をぶちかます。
左右からエックスの軌跡を描くように、レーザーはヒューを襲った。
この威力なら簡単にあしらうような真似はできないはずだ。
そろそろ本気を見せてもらいたいところだが――。
「――フリーズエッジ」
ヒューはまたも氷の柱を出現させ、自らは後方へ飛び退いた。その体捌きはとても軽快で、恐らくはレイズステップでスピードを向上させているものと予測できた。
氷の柱の形状は菱形になっており、それが二本のレーザーが交差する地点の少し後ろ側にできあがる。するとレーザーは氷の面に沿って僅かに軌道を変え、左右の壁に直撃したのだった。
「流水刃みたいに使われるとはね」
「最適な避け方を思いつくのが早いな、奴は……」
まるで全スキルの情報が頭の中に叩き込まれているかのようだ。場数もそうだが、知識に関しても僕たちより勝っているのに違いない……!
「トウマさんも、『コレクト』で得たスキルをそれなりに使いこなせるようになったようですね。素人同然だった貴方がここまで戦えるようになるとは、正直言って驚きです」
「……まあ、素人ってわけでもないですがね」
剣術の基本は、明日花――セリアが身に付けさせてくれた。いずれ旅立つ異世界の準備というのは隠しつつ、半ば強引に勧めてくれたから。
今ではもう少し真剣にやっていればと思ったりもするけれど……流石にあの時点じゃリバンティアのことなんて知る由もないし、仕方がない。
ただ、感謝するばかりだ。
「スキルを収集できる特殊スキル『コレクト』……是非いただきたいものです。所有者が命を落とせば、通常は宝珠に戻るものですからね。グレン=ファルザーも上手くやったものだ」
「……貴方には絶対に渡さない。負けてやるわけにはいかない」
「言葉だけは勇ましい。……ですが、その強がりがいつまで続くかは知りませんよ」
ヒューはそこで、杖をクルリと回しながら、悪意に満ちた醜悪な笑みを浮かべた。
「では……こちらもいきましょう」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます