5.星を見る者

 階段を上り切ると、そこには両開きの扉があり。

 ゆっくりと扉を開くと、その先に僕たちを待つ人物の姿があった。


「……来たようですね」


 無駄に広い室内、長い会議用のテーブル。

 中央に座るその人物は……ヒュー=アルベイン。

 僕たちの旅に幾度か関わり、その度に優しい声援を送ってくれた男。

 その裏で、沢山の悪事に手を染めていたであろう男――。


「トウ、マ……!」


 聞きたかった声もこの耳に届いた。

 部屋の左端に、縛られたままでいる少女。

 呪われた運命を共有する、僕の――勇者の、大切な少女だ。

 杖は傍らに置かれている。

 魔を封じる、ではなく魔を封じた杖。

 従士を蝕む杖……。


「……迎えに来たよ、セリア」

「ひゅう、カッコいい」


 ……せっかく格好良く言ってみたのに、ナギちゃんにそう言われると台無しだなあ。

 まあ、その方が僕らしいか。

 セリアは酷く衰弱しているようで、頭を上げることも辛そうだ。早く解放してやりたいが、ヒューは隙を見せずにこちらを注視し続けている。


「待っててね。すぐに助けるから」

「……うん。ありがとう……トウマ」

「まずは――この人を倒す」


 そして僕は、視線を彼へと向けた。


「正直なところ、君がレオ=ディーンに勝つ可能性はそう高くないと踏んでいたのですが。いやはや、地球育ちの軟弱者、という認識を改める必要がありました」

「……やっぱり、貴方はこの世界のことをよく知っているようですね」

「君たちには、ただのカノニア教会の司祭としか映らなかったでしょう。これでも何十年と二重生活を続けてきましたからね、年端もいかない子どもたちに見抜かれるはずがない」

「ボクは注意してたけどね」

「それはダン=ブラムの忠告に従ったまででしょう」


 この世界を作った人物のことまで知っているとは。普通に生きていても知り得ないはずの秘密を、彼はどうやって知ったのだろう。

 ……ネイヴァンの民がその能力ゆえにカノニア教会から狙われた歴史があることは、ロレンスさんから聞いたことがある。もしかすると、実際にカノニア教会はネイヴァンの民を捕らえ、世界の秘密を強引に暴いた過去があるのかもしれない。

 その秘密をヒューさんは手に入れた、と考えるべきか。


「ヒューさん。貴方の目的は、勇者と魔王の仕組みを守り、世界のルールを守ることなんですね」

「ええ、その通り。この世界が穏やかに続いていくためには、規則が必要なのですよ。それを破ろうとするなど、あってはならないこと」


 彼は傍に置いていた杖を手に取り、杖先を床にカツンと打ち付けた。


「世界の秩序は守られねばならないのです」

「そのために、どんな手段を使ってでも?」

「むしろあくどい手段を使おうとしているのは、そちら側だと思うのですがね」


 ヒュー=アルベインはくっくと嗤った。

 これまでに浮かべたことのない、奇怪な笑顔だった。


「私は聖職者です。この世界を作り給うた神の意思に従い、リバンティアを守り続けることが使命。そのためには、多少の犠牲を躊躇ってなどいられないのですよ」

「世界のために、人は犠牲になるべきだと」

「それこそ礎です。とても尊いものだ」

「やっぱ最低だね。……アンタ、自分をこの世界の支配者だとでも思ってる?」

「フフ……支配者などではありません。我々は『星を見る者』なのですから」


 ヒューさんはそこで、意味深な言葉を発した。


「星を見る者……?」


 僕が聞き返すと、ヒューさんは再びニヤリと笑う。


「この星の行く末を見る者たち。それが我々『星見会』なのです」


 星見会。

 それが彼ら組織の名称……ということか。


「……なるほど。暗き星の導きっていうのは星見会の合言葉ってコトね」

「ええ。世界を陰で支えるは、六つの暗き星々……」

「お仲間がまだまだいるわけだ」

「私は私なりに、この世界を導かんとしているわけですがね」


 このやりとりに軽く衝撃を受けたのだが、どうやらナギちゃんはヒューさんの言葉を予想していたらしい。

 六つの暗き星々……星見会という組織には、ヒューさんの他にもリーダー格の人物が存在する……?


「これまでに各地で起きてた事件は、大体アンタの仕業?」

「そういうものもありますな。キルスくんには悪いことをした」

「……まさか、あの事件も貴方が?」


 あれはクリフィア教会の活動を貶めようとして、キルスさんが暴走したものだとばかり思っていた。その後、彼が自殺した際に暗き星の導きと口にしていたので、彼が組織の一員であったことは分かったが……それでも彼の行動が、誰かに唆されてのことだとまでは思わなかった。


「実を言えば、恥ずかしながら初めて会ったときには、お二人が勇者と従士だとは思っていなかったのですよ。イストミアに到着してようやく事態を把握したわけでね。そこで、イストミアからノナークへ連絡を入れ、キルスにかねてよりの作戦を実行に移すべきだと提案したのです。足止めにはなりましたか」

「……そして最後には、キルスさんを殺したんですか」

「それについては残念ながら、私ではありません。大方、他の誰かが情報の漏洩を恐れ排除してしまったのでしょう。まあ……私も時間があれば、そうしたでしょうが」


 それはつまり、彼がキルスさんを唆したことで、結果的にキルスさんが消されることになってしまったということじゃないか。

 世界のためだと大言壮語しているけれど……そんな風に命を軽んじられる者が、世界を幸せに導けるだろうか?

 僕には、そうは思えない。

 思いたくない。


「今回の勇者がイレギュラーになるであろうことは、既に把握していました。ただ、どういう齟齬が生じるかまでは分からなかった。私は計画もそこそこに、まずはイストミアに向かうことにしたのですが……レオ=ディーンと出会えたことは僥倖でしたよ」


 ヒューさんは、レオさんに出会って彼に勇者の紋が発現しかけているのを知ってから、具体的な計画を立てていったのだろう。何も知らないレオさんの嫉妬心を焚きつけて、僕を殺させ勇者の役目を全うさせる……そんな計画。


「重要人物である彼を、私はしっかり育て上げたつもりだったのですが。やはり大量のスキルを得ているというアドバンテージは大きかったようです。勇者同士の戦いでは、勇者の剣もただの剣とほぼ変わらないでしょうし」

「……レオさんは強かった。ただ、彼が嫉妬に呑まれて無茶な戦い方をしたから、何とか勝てたんです」

「何にせよ、負けたことには変わりありません。なので、保険として考えていた方法へ計画を変更したわけです」

「それが……勇者でなく従士をルールに乗せてしまうこと」

「その通り」


 よくできましたとでも言うように、ヒューさんは満足げに頷いた。

 ……セリアは、従士の真実を伝えられているのだろうか。こちらを見つめるその表情には戸惑いの色が窺え、まだ全ての事情は知らないようにも感じられる。

 できれば真実は、僕の口から伝えたいと思っていたから、もしまだ知らないというのなら、その方がよかった。

 大事なことは、自分の言葉で伝えたい。


「……ヒューさん。僕は、貴方のことを心優しい司祭さんだと思っていました。正直言えば、まだ信じられないという気持ちもある。けれど、貴方の関わってきた事件、その理念には全く賛同できない」

「ええ。相容れないことは十分に理解していますとも」

「世界のため……僕だってその思いはあります。だけど、そのために他の犠牲を厭わないのは違う。精一杯足掻いて、全てを救ってやるくらいの意思を持つべきだ」

「それは子どものワガママに近いのではないですか?」

「諦める方が、ずっとワガママだと思います」


 彼はその言葉に、僅かに眉をひそめる。


「僕は……世界のルールを変えます」

「そんなことは、私が許しません」

「変わらない世界より、変わる世界の方がより良い明日を見られること。僕は、それを信じてる」

「変わらないことで、世界は平和を維持できるのです」

「でもそこに、幸せはどれくらいあるんですか」


 分かっている。未来のカタチなど、誰にも明確な予測をつけることはできないと。

 だからこそ……今まで通りの世界より、幸せになれる世界を求めた方が、いいじゃないか。

 僕も、そうだ。

 そのために、何人もの『僕』が積み重ねてきた。

 今までを脱却し幸せを掴み取る。

 そのために――世界を変える。


「……貴方を倒して、セリアを守って。そして、幸せを掴み取ってみせる」

「させません。貴方たちは、世界のために死ななくてはならない存在なのですから」

「世界のために死ななくてはならない人なんて、いない」


 剣を、強く握り込み。

 僕は、躊躇いを振り払うように叫んだ。


「ヒュー=アルベイン……貴方を倒す!」

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