4.要塞の深部へ
飛行要塞の第二階層。
階段を駆け上がった僕たちを歓迎してくれたのは、やはりクローンたちだった。
しっかりと武装しているわけでもなく、ただ無地の衣服を纏い、各々剣や槍を持っているだけ。特攻兵のようなものだ。
僕たちの戦意を削ぐために配置されたというのだろうか。だとすれば、なんて性質の悪い。
「――レンジショット」
ナギちゃんが短弓でクローンたちを射抜いていく。倒しきれなかった相手は、僕が剣で斬り伏せた。
防御をとることもなく、ただ武器を振るいながら倒れるクローン兵。確かに、彼らを倒さねば進めないというのは心苦しい。
「もう元の記憶なんてないだろうけど……こんな風に生きていたくはないだろうからね」
「……そうだね」
そう思いながら、歪められた命に終わりを与えるしかないのだ。
「こっち側に階段がないなあ」
「わざと複雑にしてるのかも。一応、侵入を想定した造りってことかな」
「面倒この上ないね」
とは言え、部屋を調べていけばセリアがいるかもしれないし、いずれにせよ下の階層と同じように全ての部屋を確認していくつもりだった。
必然的に、要塞内部にいるほぼ全ての敵を倒していくということになるが。
「一階は整備室と寝室だけだったから、二階と三階に色んな設備がありそうだね。敵の数も多そうだ、気を引き締めていこう」
「了解」
廊下の形はほぼ一階と変わりなかったが、左右に分かれている部分が一つ多い。
部屋数も多いと見た方がいいか。
さっきと同じようにナギちゃんと手分けして、内部を探索していく。僕は左、ナギちゃんは右を担当だ。
まず手近な扉を開けると、そこには厨房があって、料理の最中に警報を聞き慌てて飛び出したのだろう、調理台の上には切りかけの食材が放置されていた。
流石にここにはいないか、と踵を返そうとしたとき、背後に微かな気配を感じた。すぐさま三の型・迅を発動させ、風の流れを読んで攻撃を躱す。飛んできたのは矢のようだ。木がたわむビィン、という独特の音が聞こえた。
「馬鹿な――」
「――閃撃」
少し威力を抑えめに、狙いを定めて斬撃を放つ。冷蔵庫の横に潜んでいた司祭は、逆に逃げ場を失い避けることもできないまま、肩口を裂かれて痛みで気を失った。
「……ちょっと可哀そうになってくるな」
まともな戦力がもう少しいても良さそうなものだが、襲ってくるのは戦闘経験のほとんどなさそうな者ばかりだ。
グランウェールで国王暗殺を企てていたのも同じ組織のはずなのに……ここに彼らのような戦力はいないのだろうか。
こちらとしては、手練れがいないことはラッキーだけれど、どうも引っ掛かってしまう。
「油断させる作戦かもしれないしな……」
気は抜かずにいなければ。
厨房の次に入ったのは食堂で、こちらは綺麗なままの状態だった。厨房で作られた昼食を、あと一時間もすれば食べるところだったのだろうが、僕たちの侵入でふいになったという感じか。
食堂は反対側にも扉があるので、奥側の廊下にも繋がっているようだった。今調べている廊下はもうお手洗いしかないし、僕は食堂を突っ切って奥へ向かう。
「いたぞ!」
右手側から声が飛んできた。また司祭たちが駆けつけてきたようだが、その手には魔導兵器らしきものを持っている。
「撃てッ!」
横に並んだ三人が、一斉に魔力の弾を撃ち込んでくる。僕は七の型・影で速度を向上させると、高く跳躍して天井を蹴り、その勢いで司祭たちに突っ込んでいった。
「何!?」
「――五の型・舞」
コンマ一秒で、三人ともに強烈な拳をお見舞いした。全員仲良く同じタイミングで倒れ、取り落とした魔導兵器がガシャリと音を立てた。
やはり、戦いには慣れていない人たちばかりだ。
「……うーん」
真ん中の廊下の先――つまり僕たちが上った階段の反対側に、最上階へ続く階段があるようだが、先ほどの警報とともに非常装置でも作動させたのだろう、強固そうなシャッターが下りていた。要塞内の何処かに監視室のようなものがありそうだな。
「おっと、トウマか」
ナギちゃんが合流する。彼女の方にあったのは浴場と武具の保管室だったらしい。お風呂まであるとは、この要塞は長期滞在も想定して造られているわけか。
「ここ、階段があるはずだけどシャッターが下りてる。開けるための装置がどこかにあると思うんだけど」
「んー、簡単に壊せそうだけどね」
「……かも」
僕たちの力量なら、このシャッターでも確かに壊せそうだ。後の部屋を探して、もし開く装置が見つからなければ壊していけばいいか。
後、調べていないのはこちら側の廊下だけだ。僕とナギちゃんは一緒に進み、まだ入っていない部屋の扉を押し開けた。
「……どうやら、ここみたいだ」
「だね」
部屋に入ってすぐに分かった。室内は無数のモニターや機械類が壁に取り付けられており、ここまでに倒してきた司祭たちとは違った服装の人たちが作業していたからだ。
ここに侵入されることを予想していなかったのか、彼らは驚いているようだったが、その内の一人が非常用のボタンを押したようで、再びけたたましい警報音が要塞内に満ちた。
――と。
「あ……!」
監視室の奥にある扉が開くと、そこから再びクローン兵が現れた。
あの場所がクローンたちの待機室なのかもしれない。
「やれ、クローンども!」
ここにいる司祭たちは戦闘経験がまるでないらしい。それゆえにクローンを呼び寄せたのだろう。ただ、頼りにしているところを悪いが、僕たちはクローンにやられたりしない。
「――パワーショット!」
弓での一撃を、先頭のクローン兵にお見舞いする。矢は腹部に命中したが、クローンは反動で後退しただけで、後は意にも介さず襲ってくる。
「はあッ!」
それをバサリと斬り伏せて、返す刃で次なるクローンを突き刺す。そいつは虚しく手でバタつかせたが、やがて糸が切れたようにガクリと崩れ落ちた。
「――バレッジショット」
すぐ隣を、ナギちゃんの矢が飛んでいく。二つの矢はその威力で以て、並ぶように立っていたクローン二体を貫いていった。
一瞬で四体を倒しきる。
「ひ、ひい……」
圧倒的な戦力差に絶望し、逃げようとした司祭を、ナギちゃんは自慢のスピードで先回りして捕らえる。首元に短剣を突き付けられた彼は口をパクパクさせながら震え始めた。他の者たちも、その様子を見て身動きがとれなくなっている。
「セリアはどこ?」
盗賊の経験が活きている――かどうかは分からないが、容赦ない口調でナギちゃんは問い質す。あまりの威圧感に心を折られてしまった司祭は、
「……最上階に、リーダーと一緒におります……!」
「オッケー」
素早い手刀をうなじあたりに叩き込むと、司祭は一瞬で意識を失った。周囲はすっかり怯えてしまったが、ナギちゃんは情報を得られて満足げだ。
「結局、決戦ってことだね」
「……みたいだ」
ふと、壁面のモニターを見る。そこには、最上階の様子が映っていた。
落ち着いた様子で席に着くヒューさんの姿と……部屋の端、手を後ろにして、椅子に縛り付けられているセリアの姿。
もう長い間縛られたままなのだろうか、画質は荒いが疲れ切って俯いている様子が分かる。心の中でずっと、助けを求め続けているのが。
「これが解除のスイッチかな」
ナギちゃんがそれらしきスイッチを押し込むと、微かな揺れが生じた。司祭たちの反応を見るに、そのスイッチが正解のようだ。
「……行こう。セリアにこれ以上、辛い思いをさせるわけにはいかない」
「とーぜん。さっさと戦って、さっさと倒して。そんでセリアと一緒に帰ろ」
そう、一緒に帰るのだ。そして、中断された僕たちの旅に、キッチリとピリオドを打たなくちゃいけない。
ハッピーエンドのピリオドを。
階段のシャッターは開いていた。ここを上れば、さっきの映像の場所へ辿り着く。
僕とナギちゃんは気持ちを奮い立たせて、その階段へ足をかけた。
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