3.善悪の紛い物
要塞内に、けたたましい警報音が鳴り響く。
さっき逃げ延びた男が、僕たちの侵入を知らせたようだ。
ここへ入ってくる段階で、飛行船を横につけて飛び移るという強引な経路で来たのだし、隠密行動など最初からするつもりはない。
向かってくる敵は薙ぎ倒す。ただそれだけだ。
ヒューさんが配下にした司祭は実際、かなりの数いるようで、廊下を走っていく間にも三、四人の男が襲い掛かってきて返り討ちにした。世界規模の組織といっても、彼が手を染めてきた数々の行いに賛同する者がこんなにいるとは、正直恐ろしい。
ヒューさんが一連の行いを、もしも僕たちの邪魔をするのと同じに『この星のため』だと思っているのだとすれば、正義と悪は紙一重、というヤツなのかもしれない。思想は過激になればなるほど、変質し、歪んでいくものだ。
「トウマ、右から来てる!」
「はいはい!」
幸いなことに、乗り込んでいる司祭たちはそこまでの戦闘能力を持っていないようだ。オリヴィアちゃんクラスの人がいたらどうしようかと多少は不安だったが、流石に彼女は特殊なタイプということだな。
どたどたと足音を立ててやって来た隙だらけの男二人に、僕は出会い頭のパンチを叩き込む。
「――破!」
不意を突かれた二人は仲良く体をくの字に曲げて吹き飛び、要塞の壁にぶち当たって動かなくなった。
「ナイス」
「いやいや」
それにしても、要塞内部は結構入り組んでいるようだ。壁を薄くしてできる限りのスペースを確保しているのだろう。奥に階段も見えるし、三階層くらいにはなっていそうだ。
「僕たちが侵入したのはどうも一番下の階層みたいだね。勝手なイメージだけど、リーダーは最上階にいる感じがする」
「まあ、何となくボクもそう思うよ。違ってたら虱潰しにあたればいいさ」
「だね」
ひょっとしたら、セリアは別部屋に軟禁されているかもしれないし、そちらを先に見つけられたらその方がいい。セリアの無事を、一秒でも早く確認したいのだ。
大丈夫、ヒューさんの目的がセリアの魔王化にあるのだとすれば、まだ何も危害は加えられていないはずだ。
「……この要塞、セリアを魔王城に連れて行くためだけに造られたのかな」
「いや、それだけじゃないだろうね。今後の活動も見据えて、世界中を自由に移動できる足が欲しかったんだと思う」
「彼の活動が行き着く先って、何なんだろうね」
「さあ。……世界の仕組みをそのままにしたいという思想があるなら、それが極端になっていけばやがては、自分が世界の在り方を決めていくという道に辿り着いてもおかしくはないけど」
「……彼の方がよっぽど魔王らしいね」
全ての者を従え、世界をそのままの形で維持させていく。管理社会の思想だ。よくあるディストピアもののストーリーに出てくるような話だが、そこに見せかけの平和はあっても、幸せなんてものはないだろう。
この自由な世界に――リバンティアに、そんなものは築かせたくない。
「……何か来る」
ナギちゃんが囁いた。また司祭たちか、とも思ったのだが、どうも気配が違う。
足音を殺す技量のある人間だ。
手練れの敵が現れたか、と武器に手をかける。
……しかし、そこに現れたのは予想外のものだった。
「……な、何?」
それは、確かにヒトだ。
ヒトの形を保つものだ。
けれど、彼らには人間としての尊厳などとうに奪われていて。
ただ、戦うためだけに体を動かす人形へと成り果てていた。
「……クローン……!」
ナギちゃんがギリリと歯を食いしばり、怒りを露わにしながら呟いた。
ああ……その通り、クローンだ。マギアル研究所で目にした、人間の成れの果てが目の前に立ち塞がっていた。
「……こんな非道な行いを、ヒューさんたちはしてきたんですね」
「ああ、最低だ。……でも、止められなかったボクたちにも責任はあるんだよ」
「……それはどういう?」
「クローン研究についての情報は、既にボクたちも知っていた。でも、ボクたちはその技術を最後の手段として考えていたときがあったんだ」
短剣を抜き放ったナギちゃんは、怒りをぶつけるようにクローンたちへ斬撃を浴びせていく。
「――交破斬!」
研究所で戦ったキメラたちと同じように、紛い物のヒトたちは受け身もとらず、それを真正面から受け止めた。
傷口からは、緑色をした液体が噴出する。
「いずれにせよ、各地に研究所があってクローン研究を完全に止めるのがほぼ不可能だったこともあるんだけどさ。……ボクたちは、そのクローン技術を保険と考えていたんだね」
「クローンが……?」
残虐な実験の犠牲者たち。そんなヒトたちを欲した理由とは何なのか。
少しだけ待っていると、ナギちゃんは小さい声ながらもその理由を語ってくれた。
もう、隠し事は要らないと思ってくれたのだろう。
「彼らのクローン研究は、主に善悪の力をコントロールするものだったんだ。この世に満ちる七つの力のうち、それだけは本来、勇者と魔王にしかコントロールできないものだから」
「七つの力……善悪と、後は火とか水とかの属性?」
「いや、属性じゃなくクラスだね。剣術士や武術士の力のことだ」
「ああ……」
確かに五つのクラスがあるから、そこに勇者と魔王を合わせれば七つか。クラスの力は適性があれば誰にでも備わっているが、勇者と魔王の力は世界に一人ずつ。生きている限り、他の誰かに力が回ってくることはないはずだ。
「それをコントロールするということは、つまり」
「クローンに勇者や魔王の代わりをさせることも可能になるってことだろうね」
それを聞いて、何となくヒューさんの思惑を察することができた。
クローンを研究し続けた目的は……要するに。
「勇者や従士が繰り返される旅を拒絶したとしても……その代わりに、クローンに役目を果たさせることができるように」
「実際、クローンが勇者の剣や封魔の杖を持つことができたとすれば、それは可能なはずなんだ」
ナギちゃんは言う。
「ただ……引っ掛かるのはそれでいいのか、というところだね。厳密に言えば、それは本来のルールから外れていそうな気がするし、事実ヒュー=アルベインは今、セリアを攫って魔王にしようとしてる。クローン技術は完成してるはずだから、トウマやセリアたちに固執しなくても、剣と杖を奪って勝手に戦わせればいいものを」
「じゃあ、クローン研究の目的は別なところにある……?」
「善悪の力のコントロールっていうのはハズレじゃないだろうけどね。それ以上は分からない」
本人の口から話してもらうしかない、ということだな。
意志を持たず、インプットされているのであろう命令に基づいて歩み寄ってくるクローンたち。せめて安らかにと剣を振るいながら、僕はナギちゃんに問う。
「……もしかして、なんだけど」
「うん」
「ナギちゃんたちがクローンを必要としたのは、そこに係ってくるのかな」
「……せーかい」
こくりと頷いて、ナギちゃんはそれを打ち明ける。
「ある意味では一番単純明快な答えなんだよ。勇者と魔王の代わりに、クローン同士を戦わせる。そうすれば本物は死ななくて済むし、世界のルールを逸脱することにもなりそうだから。でも、もちろんそんな方法はとりたくなかったし、できる保証もなかった。というわけで、グレンさんやダンさんは別の方法を考えたんだ……」
「なるほど……仮にその方法が失敗してしまったら、クローンを頼ることになるかもしれない……ということだね」
「他に打つ手がなければ、だよ。それは本当に、最悪の可能性だ」
最悪の可能性。それは僕も同意見だ。
何より、遠い遠い過去から、勇者たちが積み上げてきた方法を信じたい。
禁忌の手を借りてまで生き延びるなど許せない。
グレンも、そう強く思っていたはずだ。
「……君たちの旅が終わったら、次は世界の闇を消し去るために戦っていかなくちゃならない。そのときには必ず、非道なクローン実験の根源を断つよ」
「そうだね。僕にできることがあれば、協力する」
「ありがと。……まあ、まずは君たちの物語だ」
バタリと、最後のクローンが床に伏す。
僕たちは軽くタッチを交してから、方針を簡単に打ち合わせる。
「とりあえず、部屋を検めながら進んでいこうか」
「そうだね。セリア救出が最優先だ」
どこかにセリアが囚われている可能性は高いし、スルーしないよう各部屋を確認してから進んでいくのが良さそうだ。
仮にヒューさんを倒すことができずとも、セリアを助けられればこちらの目的はひとまず達成なのだから。
廊下は十字に伸びている。後ろは今来た道で、前には階段があるので、僕とナギちゃんは左右に分かれて各部屋を調べていくことにした。
扉は等間隔に並んでいて、開くと狭苦しい室内に小さな机と二段ベッドが設置されている。ここはどうやら司祭たちが寝泊まりする部屋のようだ。左側も右側も同様の造りで、合計六つの部屋があった。
調べ終わって十字路の真ん中まで戻ると、ナギちゃんの方も司祭たちの部屋だったと報告され、この階にはもう用はないと判断して、二階へ進むことを決める。
「……さ、行こう」
互いに頷き合うと、僕たちは細い階段を一気に駆け上がっていった。
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