2.飛翔・追随・侵攻

『発見しました!』


 船内のスピーカーから、エリスさんの声が聞こえた。それは、敵の飛行要塞発見を知らせる声だ。

 僕とナギちゃんも、長い窓から外の景色を食い入るように眺める。すると、前方上空に黒い物体が浮かぶのを確かに捉えた。


「……あれが、飛行要塞か」

「まさに要塞だねー。ヒューの奴もオーパーツを手に入れたりしてたのかな、技術レベルが高い」

「本当に、お城が浮いてるように見えるもんね……」


 恐らく、こちらの飛空船とは違って、あの飛行要塞はヘリコプターのような動力で浮かんでいる。その証拠に、船体には複数のプロペラが取り付けられていた。

 頼りないプロペラに見えるが、大方自走車のように魔力をエネルギー変換して、相当な威力で動かしているのだろう。


「でも、大きさはこの飛空船より少し大きいくらいか。流石にデカすぎたら持ち上がらないもんね。……さてさて、どう侵入するかな」

「あ、それは考えてないんだ」


 とは言え、侵入の選択肢など限られているんだろうけど。

 少なくとも、安全な方法なんて何一つないはずだ。


『接近します!』


 再びエリスさんの声。それを受け、ナギちゃんは近くにあった伝声管で、


「了解!」


 と返答をした。飛空船内にぐんと引力がかかり、飛行要塞へ向かって速度を増していく。


「相手も気付いてるだろうね。攻撃がくるとみていい」

「攻撃……」


 飛空船には何の武装もないが、あちらの要塞には砲台などの武装が確かに見える。……こちらとしては、砲撃を何とか掻い潜りながら接近するしかない、というわけだ。

 エリスさんの操縦に、僕たちの命が掛かっている。

 相手の砲撃が始まった。どうやら武器は全て魔導兵器のようで、ビーム状の攻撃がこちらに向かって飛んでくる。

 エリスさんは最小限の動きでそれらを躱しながら、飛行要塞に近づいていった。


「凄い……」

「スピードが出ない分、動きは最小限にしないといけないんだ。でも、それでキッチリ躱せるって流石だよね」


 研究だけでなく、操縦の仕事まで完璧にこなせるとは、流石エリスさんだ。……とは言え、スピードが遅ければそもそも避けられない攻撃だってある。安心するのは早計だな。


「よし。ボクたちは外へ出よう」

「そ、外?」

「上さ!」


 言うや否や、ナギちゃんに腕を引っ張られ、僕は船内の階段を上がった。……どうやら最上部から天辺に上がれる弁があるようで、そこに待機しておくつもりのようだ。

 弁を開くと、体を持っていかれそうなほどの突風が襲う。……幸い手すりはあるものの、明らかに点検用のものであって、飛行中にここへ出て景色を楽しむようなものではない。

 だが、ここからしか外には出れない構造のようだ。


「いい? トウマ」

「いいというか、諦めたけど」


 風のせいで声が聞こえ辛い。気を抜いていると本当に飛ばされそうだ。ゴオオ、という音がずっと耳の中で暴れていて気持ち悪かった。


「要塞とギリギリまで接近したら、乗り込める場所に飛び移る。それだけ。シンプルでしょ?」

「そいつはシンプルだ!」


 まあ、そりゃそうなるよねという作戦内容だ。この身一つで飛び込むしかない、命懸けの作戦。

 でも、それくらいどうってことない。

 僕たちの前に、大した障害となりはしない。


「……トウマ、攻撃がくるよ!」

「大丈夫!」


 要塞からのレーザーが一本、こちらへ飛んできた。僕はヴァリアブルウェポンを構え、レーザーを受け流す。


「――流水刃」


 方向を変えられたレーザーはそのまま空の彼方へと飛んでいき、やがて消失した。

 レーザーも、そこまでの脅威ではないな。


「――ブラストショット!」


 ナギちゃんも、飛空船に直撃しかけたレーザーを一つ、弓術士スキルで見事に消滅させる。飛び移れる距離になるまでは、こうやって時間を稼ぐしかなさそうだ。

 要塞の右側につけたので、砲撃も片側の砲台からしか飛んでこない。かなり近づいてきたし、これならなんとかなるだろう。


「――交破斬!」


 そして、いよいよ飛空船は要塞の至近距離にまで到達する。ぶつかってしまうと危険なので、この距離が限界のようだ。

 飛空船の端から要塞までは五メートルほど。単純なジャンプではもちろん届かないが、スキルを使って跳躍すれば、届かない距離ではない。

 僕とナギちゃんは、覚悟を決めて飛空船の上部を走り始めた。


「……飛べる!?」

「いけるよ、ナギちゃん!」


 先に跳んだのは、ナギちゃんだった。彼女は鮮やかに宙を舞い、何らのスキルも使わずに、要塞の側面甲板に着地する。僕はそこまでの自信がなかったので、武器を弓に換装して、スキルを推進力に変えることにした。


「――ビッグバスター!」


 この技を攻撃以外に使うことも多くなってきた。飛空船に当たらないよう注意しながら、僕はスキルの衝撃で大ジャンプを果たす。そして無事にナギちゃんの隣へ着地すると、ふう、と安堵の息を一つ吐くのだった。


「……侵入成功、だね」

「うん。でも、ここから本番だ」


 まだ要塞の中にすら入っていない。

 きっと、手荒い歓迎が待っているだろう。


「――ほらね」


 扉を開いた途端、幾つもの視線がこちらへ向けられた。

 それは、要塞内で待機していた何人もの、司祭たち。

 どうやら入った先にあったのは、要塞の整備室だったようだ。

 カノニア教会の司祭服ではなく、作業服を着込んでいる。


「……通してくれる……わけもなしと」

「全員目が血走ってるなー、怖い怖い」


 ナギちゃんの言う通り、よく見れば全員目が赤い。

 揃って寝不足とか、そういうわけでもないだろう。

 何か、怪しい薬でも飲まされているのだろうか……。


「――ブリザード!」


 司祭の一人が、突如魔法を放ってきた。襲い来る吹雪を躱し、術士に拳での一撃を食らわせる。


「――破!」

「ぐふぅッ」


 ナギちゃんにも別の司祭が襲い掛かっているようだが、彼女も難なくそいつを返り討ちにしていた。


「――閃撃」


 短剣での二連撃……というかナギちゃん、剣術士スキルも使えるんだな。


「賊が侵入したと伝えろ!」


 位の高そうな司祭が、整備室の出入口にいた別の司祭に叫ぶ。侵入されたのがバレてしまうが、どうせ飛空船でやって来た時点でこうなることは予測しているだろう、最早関係ない。


「――交破斬!」


 出ていく司祭は止められなかったが、リーダー格の男はさっくりと倒す。ナギちゃんも二人目を倒すところだった。


「っと……!」


 死角から攻撃が飛んでくる。間一髪気付いたので良かったが、整備室に設置されていた銃座を使い、司祭の一人が闇雲に銃を乱射してきたようだった。


「――流水刃」


 スキルの腕もそれなりに上達した。こんな風に、放たれる銃弾の雨を受け流すことも十分にできるレベルだ。

 自身がここまでやってこれたことを意識しつつ、銃座に着いていた司祭を峰打ちで倒した。


「つ、強い……!」

「まあ、そりゃあ勇者だしね」

「そっちは盗賊のお頭だし」

「お、言うねー」


 そんなやりとりが終わった後、室内に立っているのはもう、僕とナギちゃんだけだった。


「……ふう、そんじゃ攻め込んでいきますか」

「了解。……それじゃ、行こう」


 死屍累々――気絶しているだけだが――の整備室を抜け、僕たちは本格的に要塞内部へ攻め込んでいく。

 ここのどこかに、ヒューさんとセリアがいるはずだ。

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