十八章 それは暗き星の導き―約束を果たそう―

1.空を往くために

 世界の裏事情を知ってから一夜が明け。

 僕はセリア救出に向け、いつもより早く起床していた。

 意識し過ぎてあまり眠れなかったのもある。ベッドから起き上がったのは、午前六時を過ぎたころだった。

 体を動かしたくて、さっと運動のしやすい恰好に着替えてから、まだ薄もやに包まれた都内をジョギングしてみる。人のいない街並みは、これまでとは違ってある種幻想的にも思われた。

 連絡がきたのは、宿に戻って朝食をとったすぐ後だ。部屋の通信機が鳴り、受話器を取るとナギちゃんの声が聞こえてきた。


『おはようー。よく眠れた?』

「おはよう、まあ程々には。……連絡くれたってことは、準備できたのかな?」

『んー、もうそろそろ来るかなってトコ。なんで今から迎えに行くねー』

「あ、うん。お願い」


 短いやりとりで、通話が切られる。……もうそろそろ来る、という表現をするのなら、何か人や物を手配していた感じがするな。

 一体誰が、或いは何がこちらへ向かってきているのだろうか。

 身支度を整え、忘れ物がないか確認も済んだところで、タイミングよくチャイムが鳴る。僕は扉を開け、ナギちゃんと合流した。彼女もまた戦いに合わせた衣装をしているのだが、それは本来の在り方である、盗賊稼業の装備なのだった。


「何さ、ジロジロ見て」

「そういうわけじゃ。……ただ、やっぱり雰囲気が変わって見えるなって」

「ふふん、コッチの方がカッコいいもんね」


 動きを重視した軽装。武器は元々弓をメインにしていたが、今は二対の短剣をメインとしているようだ。これが本当の、ナギちゃんのスタイル。

 ……街中だと、若干過激な感もあるのだけど。

 ホテルをチェックアウトし、僕たちは都内を北上していく。向かう場所がどこかは聞かされていなかったが、多分ナギちゃんのことだ、教えずに行くつもりだし、こちらもわざわざ聞いたりしない。

 ただ、歩きながらナギちゃんから幾つかの報告があった。


「レオさんは残念ながら参加できないね。あの体じゃ率直に言って邪魔になっちゃうし。というワケで、彼には何も伝えずに出発するから」

「……まあ、それは仕方ないよね」


 ナギちゃんが心配する通り、レオさんなら無茶をしてでもついてきそうだ。何より彼は、セリア誘拐の責任が自分にあると思っているのだし。

 今はゆっくり休んでもらう。そしてまた、セリアを彼のところへ連れていく。それでいい。


「で、ギルドの人たちには今日が作戦決行というのを伝えてる……んだけど、あの人たちも一緒には来られない。作戦が少々特殊でね、結局ボクとトウマ以上は定員オーバーなんだよ」

「定員? やっぱり乗り物を用意してるってことか」

「正解。……ただ、行きの定員じゃないんだよね」

「うん? ……まあ、とりあえずは二人で戦うことになるわけだ」

「そういうこと」


 気になる言い方だったが、これもそのときになれば分かるだろう。何だかんだ、隠すのは気遣いだと理解しているし、詳しくは聞かないでおいた。

 北へ歩き始めて十数分、ナギちゃんはようやく方向転換し、一つの建物へと入っていった。それはよくある高級アパートのようだったが、ここに何が待つのだろうか。

 住人の誰かが、目当ての乗り物を所有しているとかかもしれない、と思っていたのだが、ナギちゃんはどんどん階段を上っていく。十階建ての建物なのに、九階まで上っても廊下に出ることはなかった。

 そしてとうとう、彼女は屋上まで上り切り、扉を開く。一瞬、太陽の光に目が眩んだ僕は、そこにあるものを確認してようやく合点がいった。


「……これは」

「発着場さ」


 高層住宅の屋上。広いスペースが確保されたそこは、発着場――つまりヘリポートのようになっていたのである。


「ここは要人や有名人が暮らしてる住宅らしくてね、宮殿と正式な空港以外に飛空船の発着場がある唯一の場所なんだ」

「なるほど……じゃあ、ナギちゃんが用意してくれたのは」

「飛空船だよ。グランウェールから取り寄せ中」


 わざわざグランウェールから、飛空船がここまで来てくれるというのか。……確かに、ライン帝国側は僕たちの手助けなどしてくれなさそうだし、頼れるのは他国しかないのかもしれない。リューズでもコーストンでもなくグランウェールなのは、性能を意識してのことかな。


「トウマが住んでた世界は、リバンティアより科学が発展してるんだよね」

「うん。代わりに魔法なんてものは一切ないけどさ」

「ないものねだりかもしれないけど、最先端の技術ってのを見てみたいなあってのはたまに思うや。ときどき拾ってくるオーパーツも、興味津々なのがサフィアには丸分かりらしくて、ボクが管理していいよってなったくらい」

「はは、ないものねだりの気持ちは凄く分かるよ」


 僕が初めてリバンティアへ来たとき、セリアが使う魔法をもっと見せてほしいと思ったように。

 この世界の人たちが、科学の叡智をもっと見たいと思うのは、至極当然のことだ。


「リバンティアの飛空船は、そちらの技術よりは劣ってると思う。地球はもう、鉄の塊みたいなものが飛んでるってダンさんから聞いたことがあるし」

「飛行機とかヘリコプターだね。リバンティアの飛空船は……」

「……あれだよ」


 そこで、ナギちゃんが空を指差した。東の空、太陽の方角だ。……手で陽射しを遮りながら、じっと蒼穹を見ていると、ナギちゃんの示す方向に、小さな点のようなものがあるのが見て取れた。

 それは、少しずつ着実に近づいてきている。


「……飛行船に近い、か」


 船体は丸みを帯びている。中にはガスが溜まっていて、それが浮力となっているようだ。左右にはウイングもあって、ある程度のスピードも出せるような造りに見える。元いた世界では見る機会もなかった、一昔前の乗り物という感じだ。

 飛空船はやがて、僕たちの立つ発着場の上空までやって来て、それからゆっくりと下降を始めた。……空港を行き来するような大規模なものではないらしく、その大きさは発着場の面積の半分ほどだった。

 ふわりと、静かに着地を果たした飛空船。その片側のハッチが開いてスロープになる。

 船内から、一人の女性が現れた。

 彼女は、僕の知る人だった。


「……エリスさん!」

「お久しぶり。まさか貴方とまた、こんな風に再会するなんてね」


 学術都市マギアルの、マドック研究所に勤めていた研究者。

 エリス=コリアーさんだ。

 飛空船というから、てっきり専門職の人が下りてくるのかと思っていたが、これは予想外だった。

 まあ、彼女も専門職には違いない。


「実は、二人がジョイ=マドックの一件を解決してから、協力関係を結ばせてもらってねー。研究所としてじゃなく、エリスさん個人としてだけど、活躍してもらってるんだ」

「これも、目指す未来のためですから。今回は、トウマさんやセリアさんのお役にも立てますしね」

「……ありがとうございます、エリスさん」

「いえいえ」


 マギアルを発つときは自走車を貸してもらったが、今回は飛空船まで貸してくれるというわけか。太っ腹過ぎるな。

 本当に、感謝感激だ。


「操縦の心得もあるので、私が直接来たんです。お二人を安全に、確実に、目的地まで送り届けますから」

「よろしくお願いね、エリスさん」


 ナギちゃんがウインクするのに、エリスさんは微笑みで返した。

 そのとき、背後の扉が開く音がする。

 振り返るとそこには、ギルドの三人の姿があった。


「はー、間に合ったあ」

「ちょうどいいタイミングだな。二人にお知らせだ」


 急いで階段を駆け上がったのだろう、ルディさんだけは若干息を切らせていたのだが、フィルさんは涼しい顔で僕たちに告げる。


「ついさっき、シヴァ隊長から連絡があった。カーク州から、謎の建造物が飛翔するのを確認したそうだ」

「ビンゴ、結局飛行要塞はカーク州にあったわけだ。距離的に、陸地から突撃してたら間に合わなかっただろうね」

「ナギちゃんが飛空船を呼んでくれて、本当に助かったよ」


 この足がなくては、間違いなくゲームオーバーだった。

 勿論、まだ油断はできないが……道はちゃんと繋がっている。


「じゃあ、早速行こうか。短い空の旅へ」

「……うん。よろしくお願いします、エリスさん」

「こちらこそ。……さあ、乗ってください!」


 僕たちは開かれたハッチからすぐさま飛空船の中へ入った。

 扉はバタリと閉められ、僕たちは艇内の客間へ案内される。

 横に長い窓から、フィルさんたちの姿が見え、僕たちは行ってくると手を振った。

 それからすぐ、飛空船は浮上を始めた。


「……さ、いよいよ悪の親玉の本拠地だ」

「だね。……ヒューさんを倒して、必ずセリアを助けよう」


 僕とナギちゃんは、頷き合って互いの拳をぶつけた。

 さあ、待っていろ。たとえ空まで逃げようと、僕たちは追いすがって、大事な人を取り戻してみせる。

 どんな奴にだって、勇者と従士の物語は邪魔させない――。

 

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